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776.【ハル視点】納得の理由

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 カルツさんは人生経験も知識も豊富で話していて楽しい相手だ。アキトに対しても丁寧に接してくれるし、本人が幽霊なんだから当然だが幽霊が見える事についても隠す必要が無い。いつでも穏やかな笑みを浮かべていて優しい人だ。

 そんなカルツさんとの久々の再会とあって、色々と話したい事があったんだろう。口を開きかけたアキトを、カルツさんは優しい笑顔で止めに入った。

「まだこれから色々な所に行かないとでしょう?」
「まあ、そうですね」
「商売の関係で何度も辺境領に行った私の経験上、辺境領に行くための準備はやりすぎだと思うぐらいしておいた方が良いですよ」

 真剣な顔でそう忠告してくれたのは、俺とアキトを心から心配しての事だろう。 

「そうなんですか」
「ええ…でもアキトさんにはハルさんがついているんですから、こんな一商人の忠告は必要なかったですね」

 ハルさんがハロルド様だって知っているのに、ついつい口から出てしまいましたと苦笑いを浮かべたカルツさんに、俺はゆるりと首を振った。

「いいえ。アキトと俺を心配しての忠告、ありがたく受け取ります」
「そう言って頂けると助かります」

 ふふと笑ったカルツさんは、アキトと俺をじっと見つめてから口を開いた。

「それでは、またお二人にお会いできる日を楽しみにしていますね」
「はい、ありがとうございます」
「カルツさん、絶対にまた会いにきますから!」
「ええ、ぜひ。お待ちしてます」

 いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて手を振ってくれるカルツさんに、俺達も小さく手を振って別れた。



 スラテール商会の小道から更に奥へと進んだ裏路地の階段を、アキトと俺は手を繋いだままゆっくりと下っていく。狭い階段で手を繋いでいるせいでちょっと歩き難いが、前から人は来てないから問題は無いだろう。

 辺境領ではさすがに安全面的に手を繋いで歩き難いからな。今のうちに繋ぎ貯めしておきたい。

「アキト、次はどこに行きたい?」

 そう尋ねてみれば、アキトはんーと考えこんでから口を開いた。

「えーっと…ローガンさんの所はどうかな?」

 きちんと位置関係を考えてしてくれただろう提案に、俺は困り顔で頭を掻いた。普段なら確かにここから近いねとアキトを褒める所なんだけどな。

「あれ?ここからだとそんなに遠くなかったと思ったんだけど、間違ってた?」
「うん、それは正解なんだけどね…今日はたしか月に一度の買い出しで白狼亭は店休日だから…店に行っても会えないんだ」
「え、そうなの?」

 そう、白狼亭は毎月一日には必ず買い出しのための休みを取る。常連にいつが休みだっていちいち説明するのが面倒だと、ローガンがその日に決めたんだ。

 もちろんローガンの都合でそれ以外にも店が休みになる日はあるんだが、少なくとも一日だけは絶対に店は開けないと決まっている。

 常連の中では有名な話しを伝えれば、アキトはしょんぼりと肩を落とした。

「アキト、しょんぼりするのはまだ早いよ」
「え?」
「ローガンはね、買い出しの日はいつも黒鷹亭に行くらしいよ」
「黒鷹亭に?」
「ああ、良い酒があったとか珍しい食材があったとか、いちいちそういう理由をつけて顔を出すらしいんだ」

 何なら良い物があったからと大量に買ってきた食材を分ける時まであるらしい。これは白狼亭の常連が教えてくれたんだけどねと、俺は笑って続けた。

「じゃあ早く黒鷹亭に帰らないとだね!」
「うん。ちょっと急ごうか」

 俺はそう言うとすっと手を上げて細い道を指差した。

「あっちの路地の方が近道なんだ。だからあそこの白い花の花壇を右に曲がって、その次の角で左だよ」
「今日も道案内ありがとう、ハル」
「どういたしまして」

 律儀にお礼を言ってくれるアキトに、俺はおどけた笑顔で答えた。

「あ、そういえば、アキト」
「ん?」
「ちょっと気になってたんだが、クリスとカーディさんには挨拶しなくて良かったのか?アキトが挨拶したい人に入るかと思っていたんだが」
「あー…数日前にさ、カーディにばったり会ったでしょ?」

 ああ、会ったな。再会した場所がまたしても広場の屋台の前で、しかもお互い屋台飯を買い込んでる所だったからとカーディさんとアキトは二人で楽しそうに笑い合っていた。あれは何とも微笑ましい光景だったな。

――あれ、そういえば、あの時もクリスはいなかったな。

「ああ、会ったな」
「あの時にね、カーディがこっそり教えてくれたんだけど」
「そういえば二人だけで話してる時間があったな」

 久しぶりなんだし話してて良いよと声だけかけて、俺は別の屋台に並びに行ってたからな。二人の会話の内容までは知らない。

「クリスさんが、今度は水属性のドラゴンの魔石を手に入れたんだって言ってたんだ。しかもそれは前にトリクで取引して手に入れた火属性の物よりも、更に大きな魔石だったらしいよ」

 周りに聞こえないようにか声で続けられたアキトの言葉に、俺は全てを理解し呆れ顔で苦笑を浮かべた。

「あー…なるほど。もうある程度想像はできたな」

 間違いなくまたクリスが暴走して、カーディさんが振り回されているんだろう。

「その魔石のせいで、今はまた新しい魔道具開発に夢中なんだーって言ってたんだ。だからその…邪魔したら駄目かなーと思って」
「ああ、そうだな…まああの二人ならメロウかレーブンから情報が回るだろうしな」

 俺はいざとなればレーブンに伝言を頼んでおこうと笑って続けた。

「あ、黒鷹亭見えてきた!」
「普段とは違う道にしてみたんだが、こっちの道の方が近い気がするな…?」
「うん、確かにそんな感じだね」

 次からこっちの道を選ぼうか。のんびりとそんな事を喋りながら、俺達は揃って黒鷹亭のドアをくぐった。
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