生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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768.黒鷹亭に到着

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 まだ冒険者達が帰ってくる時間帯よりも早いせいか、黒鷹亭の中はしんと静まり返っている。受付カウンターの方に視線を向ければ、椅子に座って何かを読んでいるレーブンさんの姿があった。

「お、アキト、ハル。おかえり」

 俺達の視線にすぐに気づいたレーブンさんは、手にもっていた紙をそっとカウンターの上に置くとうっすらと笑顔を見せてくれた。

 最初の頃こそ笑顔が珍しいとあんなに騒がれていたレーブンさんだけど、最近はすごく自然に笑ってくれるようになったんだよね。

 しかもその笑顔は、俺達以外の宿泊客の人にも向けられている。レーブンさんいわく、アキトとハルに笑いかけてたら癖になっただけ――らしいんだけどね。

 今ではレーブンさんの笑顔を見て騒ぐ人はだいぶ減ったんだ。まあ久しぶりにトライプールに来た冒険者とか旅人さんは、三度見してたりもするんだけどね。 

「ただいま帰りました、レーブンさん!」

 元気に返事をすれば、レーブンさんはやっぱり優しく笑ってくれた。

「レーブン、ただいま」

 ハルの返事も、だいぶ自然になったなーと思うとなんだか嬉しい。レーブンさんは俺とハルの顔をゆっくりと見比べてから、ホッと安堵の息を吐いた。

「心配はしてなかったが…まあ、何とかなったみたいで良かったよ」

 あ、そっか。レーブンさんは中身までは知らないとはいえ、領主様の手紙が届いた事は知ってるんだもんな。届けてくれた人なんだし。

 心配はしてなかったなんて口では言ってるけど、本当はかなり心配してくれてたんだろうな。

「レーブン、今、ちょっと時間を貰えるか?」
「ああ、もちろん。部屋…入るか?」

 遠まわしに聞かれた防音結界は必要かという確認に、ハルは笑って首を振った。

「いや、ここで大丈夫な話しだ」
「そうか。それなら聞こうか」

 真剣な目をしたレーブンさんに、ハルも真剣な表情で口を開いた。

「俺とアキトは、辺境領まで行く事になったんだ」
「辺境領まで二人一緒に…答え難かったら答えなくて良いが――それは何かの任務か?それとも依頼か?」
「いや…元々の予想通り、実家からの圧力だったよ」

 あーそれかと呟いたレーブンさんは、それはまあ領主様も気の毒になとさらりと続けた。

「領主様からの手紙で辺境行きを決めたって事は…移動は?」
「ああ、領主様達と一緒に辺境まで行ってくるよ」

 レーブンさんは少しだけホッとした様子で、それは良かったなと笑ってくれた。レーブンさんも転移の魔法陣の存在は知ってるんだ?しかもレーブンさんが知ってる事は、ハルも分かってたみたいだ。

「アキトは納得して行くんだよな?」
「はい!むしろハルのご家族に早く会ってみたいです」

 ワクワクして答えた俺に、レーブンさんとハルは顔を見合わせてから笑いだした。

「お前の両親に早く会いたいって奴は初めて見たかもな」
「領主様もかなり驚いてたよ」
「だろうな。まあ楽しんできたら良いさ」
「ありがとうございます」
「ところでレーブンさん、ローガンさんって、今日はもうここに来ましたか?」
「あ?ローガンは今日も店だろ―――ってあー、今日はあいつの店は休みの日か」

 すっかり忘れてたなと豪快に笑ったレーブンさんは、ドキドキしながら返事を待つ俺に向かって笑って答えてくれた。

「今日はまだ来てないぞ」
「良かったぁー」
「うん、良かったね、アキト」
「ん?なんだ?お前ら、ローガンに何か用事でもあったのか?」

 手を取り合って喜ぶ俺達を、レーブンさんは不思議そうに見つめている。

「ローガンにも出来れば今日中に挨拶しておきたくてな」
「…待て。お前らいつ出発するんだ?」
「今日を入れて二日後には出発だから、明後日だな」
「はぁぁぁ!?急すぎるだろう!」

 まさかそこまで急だとは思わなかったと、レーブンさんは困り顔で続けた。

「俺達も急だとは思うんだが…領主様の都合に合わせたからな」
「あー…そうか。うん、それは仕方ねぇな」

 眉間にしわを寄せたレーブンさんの反応に、俺は慌てて説明を始めた。

「あの、領主様は俺達の都合に合わせようかってわざわざそう言ってくれたんですよ。でも俺達が断ったからなので…」
「…ほー、決めた予定はきっちりこなしたいあの領主様がねぇ?」

 レーブンさんはそう言いながら、ちらりとハルに視線を向けた。ハルはひとつ頷いてから答えた。

「俺も驚いたけど、本当だよ」
「ほーそれが本当だということは…アキトはあの領主様にも気に入られたのか?」
「ああ。かなりね」

 領主様が優しい人だってだけだと思うんだけどなと、俺は黙って二人の会話を聞いていた。
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