生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
754 / 1,179

753.【ハル視点】領主の気遣い

しおりを挟む
「とは言ってもこれはあくまでも私の側の都合だからね。もし時間をかけてゆっくりと行きたい理由が何かあるなら、もちろん無理はしなくて良いよ」

 アキトに向けて優しく笑いかけた領主様は、俺達二人を部屋に残したまま慌ただしく応接室から出て行った。

 俺達に考える時間をくれるつもりなんだろうが、それにしてもあの出て行き方は予想外だったな。

 最初は普通に話していた領主様が、突然ハッと何かに気づいたような顔をして俺達に向き直った。それから緊張しているアキトと、何をするつもりだと見つめる俺の顔を見比べてからおおげさに身振りまで加えて続けたんだ。

「ああ、なんて事だろう!こちらが招待した立場だというのに、飲み物も用意していなかったなんて!本当にすまないね、ハロルド、アキトくん」

 そうわざとらしく嘆いた領主様は、ちょっと待ってて頼みに行ってくるからねと続けると、あっという間に部屋から出て行ってしまった。あまりの速度に、俺達が止める暇すら無かった。

 優しいアキトが気を使わないようにと色々考えてくれたんだろうが、あれは本当に予想外だった。

 二人きりになった室内で、アキトと俺は顔を見合わせた。

「びっくりしたね」
「ああ、そのために飲み物を用意してなかったんだな。エルソンがそこを忘れる筈が無いから、変だと思っていたんだ」
「あー…ねぇ、ハル、さっきのって…やっぱり俺達に考える時間をくれるためだよね?」
「うん、まず間違いなくそうだろうね。二人だけで相談して良いよと言いたいんだと思う」

 勘違いじゃないよねと尋ねてくるアキトに、俺は口を開いた。

「そもそも例え飲み物が用意されていなかったとしても、領主自ら貰いに行くなんて事は普通に考えてあり得ないからね」

 執事やメイドを呼びつければ良いだけだし、何なら隣室に待機しているだろう護衛に指示を出しても良い。

「やっぱりそうなんだ…領主様は良い人だね」
「ああ、否定はしないよ」
「そっか…」

 ぼんやりと何かを考えているらしいアキトの様子を、俺はちらりと見た。

「アキトは領主様の申し出はどう思う…?魔法陣で移動するのは嫌?」

 もし嫌だったら何としても断るけどと思いながら尋ねれば、アキトはすぐにゆるりと首を振った。

「えっとね…魔法陣での移動に興味はあるよ……でも…」

 何か言いたい事があるのに言えない。そんな様子で言い淀んだアキトに、俺は笑みを浮かべて話しかけた。

「今はこの部屋にいるのは俺とアキトの二人だけだよ。だからアキトの考えてる事を、俺にも教えて欲しいな」

 隣室にいた護衛達も領主様について移動したみたいだから、盗み聞きをされる心配も無い。できるだけ優しい声で教えて欲しいなと促せば、アキトは躊躇いながらもそっと口を開いた。

「…あのさ、さっき俺達が一緒に行ったら、領主様の護衛が減るって――ハルが言ってたでしょ?」
「うん、たしかに言ったね」

 実際に減るのは確実だからねとそう続ければ、アキトは小さな声で答えた。

「俺達が移動させてもらって護衛が減ったせいで、もし何かあったらってどうしても思っちゃうんだ」

 あーなるほど。それで返事をするのを躊躇していたのか。そこで相手の事まで考えるのが、アキトだよね。

 一生懸命説明してくれたアキトいわく、きっちりと護衛がついていないと危険じゃないかなとどうしても思ってしまうらしい。そもそも辺境領はただでさえ魔物も強くて危険な土地だと言われているのに、俺達のせいで危険度が上がるなんてどうしても嫌なんだそうだ。

 ぽつぽつと途切れ途切れに訴えるアキトを安心させるためなら、辺境領のちょっとした秘密を話そうと俺は一瞬で決めた。

「これはアキトだから話すんだけどね」

 ひそめた声でそう切り出せば、アキトは慌てた様子でじっと俺を見つめてくる。まあ秘密と言っても大した事じゃないんだけど。

「え、何?」
「おそらく領主様は気づいてないんだけど、向こうに着いた時点で辺境領側の護衛もこっそりつくんだ」

 そう領主様はおそらく何も気づいていない。

 でも領主様の護衛の中には、今までにも数人の気づいた奴がいたんだよな。その気づいた護衛から次の護衛へときちんと情報が伝わっているらしく、毎回見つけられるようにと挑戦されていたりはする。

「こっそり?」
「そうこっそりね」

 実際に辺境領の騎士団には、そういう影からの護衛任務を受け持つ存在が存在していると告げれば、アキトはへぇーと目を輝かせた。基本的には対象を影からこっそりと護衛するもので、護衛される本人には可能な限り気づかれないようにするのが鉄則だ。

「もちろん全ての貴族につくとかってわけじゃないんだけどね。あの人は俺達一族にとっても大事な存在だから、確実につけられているよ」
「へー」
「さっき俺が護衛が減るってわざわざ指摘したのは、実際の護衛の数がどうこうじゃなくて家来や部下から文句が出ないかって意味だったんだ」

 心配させてごめんねと続ければ、アキトは気にしないでと言ってくれた。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...