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753.【ハル視点】領主の気遣い

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「とは言ってもこれはあくまでも私の側の都合だからね。もし時間をかけてゆっくりと行きたい理由が何かあるなら、もちろん無理はしなくて良いよ」

 アキトに向けて優しく笑いかけた領主様は、俺達二人を部屋に残したまま慌ただしく応接室から出て行った。

 俺達に考える時間をくれるつもりなんだろうが、それにしてもあの出て行き方は予想外だったな。

 最初は普通に話していた領主様が、突然ハッと何かに気づいたような顔をして俺達に向き直った。それから緊張しているアキトと、何をするつもりだと見つめる俺の顔を見比べてからおおげさに身振りまで加えて続けたんだ。

「ああ、なんて事だろう!こちらが招待した立場だというのに、飲み物も用意していなかったなんて!本当にすまないね、ハロルド、アキトくん」

 そうわざとらしく嘆いた領主様は、ちょっと待ってて頼みに行ってくるからねと続けると、あっという間に部屋から出て行ってしまった。あまりの速度に、俺達が止める暇すら無かった。

 優しいアキトが気を使わないようにと色々考えてくれたんだろうが、あれは本当に予想外だった。

 二人きりになった室内で、アキトと俺は顔を見合わせた。

「びっくりしたね」
「ああ、そのために飲み物を用意してなかったんだな。エルソンがそこを忘れる筈が無いから、変だと思っていたんだ」
「あー…ねぇ、ハル、さっきのって…やっぱり俺達に考える時間をくれるためだよね?」
「うん、まず間違いなくそうだろうね。二人だけで相談して良いよと言いたいんだと思う」

 勘違いじゃないよねと尋ねてくるアキトに、俺は口を開いた。

「そもそも例え飲み物が用意されていなかったとしても、領主自ら貰いに行くなんて事は普通に考えてあり得ないからね」

 執事やメイドを呼びつければ良いだけだし、何なら隣室に待機しているだろう護衛に指示を出しても良い。

「やっぱりそうなんだ…領主様は良い人だね」
「ああ、否定はしないよ」
「そっか…」

 ぼんやりと何かを考えているらしいアキトの様子を、俺はちらりと見た。

「アキトは領主様の申し出はどう思う…?魔法陣で移動するのは嫌?」

 もし嫌だったら何としても断るけどと思いながら尋ねれば、アキトはすぐにゆるりと首を振った。

「えっとね…魔法陣での移動に興味はあるよ……でも…」

 何か言いたい事があるのに言えない。そんな様子で言い淀んだアキトに、俺は笑みを浮かべて話しかけた。

「今はこの部屋にいるのは俺とアキトの二人だけだよ。だからアキトの考えてる事を、俺にも教えて欲しいな」

 隣室にいた護衛達も領主様について移動したみたいだから、盗み聞きをされる心配も無い。できるだけ優しい声で教えて欲しいなと促せば、アキトは躊躇いながらもそっと口を開いた。

「…あのさ、さっき俺達が一緒に行ったら、領主様の護衛が減るって――ハルが言ってたでしょ?」
「うん、たしかに言ったね」

 実際に減るのは確実だからねとそう続ければ、アキトは小さな声で答えた。

「俺達が移動させてもらって護衛が減ったせいで、もし何かあったらってどうしても思っちゃうんだ」

 あーなるほど。それで返事をするのを躊躇していたのか。そこで相手の事まで考えるのが、アキトだよね。

 一生懸命説明してくれたアキトいわく、きっちりと護衛がついていないと危険じゃないかなとどうしても思ってしまうらしい。そもそも辺境領はただでさえ魔物も強くて危険な土地だと言われているのに、俺達のせいで危険度が上がるなんてどうしても嫌なんだそうだ。

 ぽつぽつと途切れ途切れに訴えるアキトを安心させるためなら、辺境領のちょっとした秘密を話そうと俺は一瞬で決めた。

「これはアキトだから話すんだけどね」

 ひそめた声でそう切り出せば、アキトは慌てた様子でじっと俺を見つめてくる。まあ秘密と言っても大した事じゃないんだけど。

「え、何?」
「おそらく領主様は気づいてないんだけど、向こうに着いた時点で辺境領側の護衛もこっそりつくんだ」

 そう領主様はおそらく何も気づいていない。

 でも領主様の護衛の中には、今までにも数人の気づいた奴がいたんだよな。その気づいた護衛から次の護衛へときちんと情報が伝わっているらしく、毎回見つけられるようにと挑戦されていたりはする。

「こっそり?」
「そうこっそりね」

 実際に辺境領の騎士団には、そういう影からの護衛任務を受け持つ存在が存在していると告げれば、アキトはへぇーと目を輝かせた。基本的には対象を影からこっそりと護衛するもので、護衛される本人には可能な限り気づかれないようにするのが鉄則だ。

「もちろん全ての貴族につくとかってわけじゃないんだけどね。あの人は俺達一族にとっても大事な存在だから、確実につけられているよ」
「へー」
「さっき俺が護衛が減るってわざわざ指摘したのは、実際の護衛の数がどうこうじゃなくて家来や部下から文句が出ないかって意味だったんだ」

 心配させてごめんねと続ければ、アキトは気にしないでと言ってくれた。
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