上 下
749 / 1,103

748.ルセフさんのお仕置き

しおりを挟む
 早くハルとアキトを部屋に案内しろと叱るだけ叱って、ルセフさんはすぐにまた厨房へと戻っていった。よくよく見れば片手におたまのような物を持ったままだったから、調理中だったのにこっちの騒ぎが気になって来てくれたらしい。

 ルセフさんの背中をじっと見送っていたウォルターさんとファリーマさんは、ハッと我に返るなり俺とハルに視線を向けた。

「ハル、アキト。案内もせずに盛り上がって、悪かったな」
「俺も、騒いで悪かった」
「いや、別に気にしなくて良いぞ」

 そもそもアキトの浄化魔法がすごすぎるせいだからなと笑うハルは、なぜか上機嫌だ。さっと二人の視線がこちらに向けられたのを感じて、俺はコクコクと頷いた。

 あの二人の反応の激しさにはちょっとびっくりしたけど、俺も全然怒ってないよ。

「二人ともありがとうな。あー…じゃあ案内するな。こっちだ、ついてきてくれ」

 先導するように廊下を歩き出したウォルターさんの背中を追っていると、不意にファリーマさんの怖かったという言葉が後ろから聞こえてきた。

「えールセフさん、別に怖くはないよね」
「ブレイズは気に入られてるからだろう」
「ウォルター兄ちゃんとファリーマさんも、すっごく気に入られてるよ?」

 自信満々でそう断言したブレイズに、ファリーマさんは苦笑しつつ答えている。

「あー…うん、ありがとな?」

 そんな平和なやりとりを流し聞きながら進んでいくと、不意にウォルターさんがドアの前で立ち止まった。

「ここだ」

 そう言いながらさっとドアを開いてくれたんだけど、部屋の中には大きなソファがひとつと、テーブルと椅子がいくつも並んでいた。出窓になっている窓の所には、小さな木彫りや魔石が無造作に並べられている。

 うん、部屋の中はすごく冒険者の家って感じがする。まあ、俺の勝手なイメージだけど。

 ――うーん、俺も冒険者っぽく、黒鷹亭の部屋の窓辺に魔石とか置いてみたいな。ハルと相談して、二人で選んだものを並べてみるのも良いかもしれない。

 そんな事をぼんやりと考えていると、不意にウォルターさんが声をあげた。

「あー、良かったー間に合ったー!」

 え、間に合ったって何に?時間制限があったの?と思わずハルと顔を見合わせてしまったけど、ウォルターさんはお前らも適当に座ってくれよと言い置いて、そのまま近くの椅子にどさりと座り込んでしまった。

「おい、ウォルター。お前、ちゃんと説明しろよ」
「悪い…説明頼んだ」
「まったく…」

 苦笑したファリーマさんは、それでもウォルターさんの代わりに教えてくれた。

 なんでもあんな風に笑顔で怒ってる時のルセフさんは、本気で怒る一歩手前の状態らしい。そしてあのタイミングで本気で怒ったら、まず間違いなくウォルターさんとファリーマさんの食事に影響がでるんだって。

「食事はいらないんだな?って言われる事はあっても、実際に無しにされた事はまあ無いんだけどな…」

 優しいルセフさんだから口ではそう言ってても、実際にはしないんだな。そう勝手に納得してたんだけど、予想外な言葉が続いて思わず噴き出してしまった。

「俺達の嫌いなものがいっぱい出てくるんだ」
「「嫌いなもの」」

 思わずハルと言葉を重ねてしまった。

「ああ、俺は貝類が、ウォルターはスラートが嫌いなんだよ」

 スラートっていうのは、確かピーマンみたいな苦味のある野菜だ。こどもが嫌いな野菜の上位三本に入るって野菜売りの商人さんが言ってて、印象深かったからすごく覚えてる

「一回、本気で怒らせた時があってな…あの時は手を変え品を変え…全部の料理にスラ―トが入ってたんだよ…」

 あれはすごかったとウォルターさんは肩を落としているけど、それって逆にすごく手間暇かかってるよね。スラ―トをどんっと一個出すとかじゃないって事だもんね。

「まあ、俺とウォルターにしかしないんだけどな」
「あれ?ブレイズは…?今まで一度もルセフを怒らせた事が無いのか?」

 それはすごいなとハルがそう尋ねると、ブレイズは満面の笑みを浮かべてブンブンと首を振った。

 あれ、怒らせた事が無いわけじゃないんだ。

「だって俺、食べ物の好き嫌い無いからね!」

 あーなるほど。だから嫌いなものでまとめるって手が使えないのか。

「しかも恐ろしい事に、ちょっとずつ食べれるようになってるんだよ!」

 うーん、ルセフさんは料理上手で頼れるリーダーだと思ってたんだけど、なんだかこどもの好き嫌いに悩んで努力してるお母さんみたいに見えてきたな。

 俺は遠い目をしながら、近くの椅子に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...