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737.【ハル視点】誘い難い理由
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エルソンが室内に声をかけている間、俺はずっとアキトの様子を伺っていた。軽く片手を胸に当てているのは、ドキドキしてるんだろうか。顔色は悪くないし表情も暗くは無いけれど、明らかに緊張しているみたいだ。
こっそりと俺がアキトを観察している間に、執事のエルソンはそっとドアを開いた。
「どうぞ、お入り下さい」
日によっては中まで案内される事もあるが、どうやら今日は室内には入らないらしい。
俺は部屋に入る前にと、アキトと目線を合わせた。大丈夫?と視線だけで尋ねれば、アキトはひとつ頷きを返してくれた。
部屋の中へと足を踏み入れれば、華やかな応接室の奥には領主様が立っていた。
「やあ、ハロルドにアキト君。久しぶりだね」
「領主様、お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げれば、俺の隣でアキトも一緒になって頭を下げた。ただ何故かアキトは何も喋らなかった。どうしたんだろうと俺が視線を向けるよりも先に、領主様が答えた。
「アキト君。この部屋には私とハロルドと君しかいないんだ。気にせずに普段通りに軽い気持ちで喋ってくれて大丈夫だよ?」
そうか。相手は身分のある領主様なのに、はたして普通に喋って良いんだろうかと悩んでいたのか。
アキトの事なのに気づけなかったなと密かに反省していると、不意にアキトはちらりと俺に視線を向けてきた。本当に良いの?と伺うような視線に、俺それで良いよとすぐに笑顔で頷いた。
「ありがとうございます」
「うんうん。そこでハルに確認を取るって事は今も仲良くやってるようだね」
嬉しそうに笑った領主様は、良かったなハロルドと揶揄うような口調で続けた。
「ええ、そうですね」
「早速だが、ハロルド、アキト君、今回の呼び出しに応じてくれてありがとう」
そう言った領主様の言葉を遮るかようにして、俺は口を開いた。
「何かご依頼でもありましたか?」
頼むからそう言ってくれと匂わせる質問に、領主様は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あー…やっぱりハロルドもある程度の想像はついていたんだな…」
「…と言う事は、やっぱり」
俺の予想通りだったか。
「ごめん、アキト。依頼じゃなくて、もうひとつの可能性の方だったよ」
そう告げれば、一体どんな話しが出てくるのかとアキトは身構えた。
「領主様、つまり俺の実家からの圧力がかかったんでしょう?」
そもそも俺が起きてすぐに送った手紙の返事にも、アキト君をぜひとも実家に招待したいと書いてあったんだよな。ただあの時はまだ恋人になったばかりだから、もうすこしゆっくりと関係を進めたいんだと何とか誤魔化す事ができた。
おそらく圧力にまで発展したのは、この間伴侶候補になったと報告の手紙を出したせいだろうな。さすがに伴侶候補が出来た事を、実家に黙っているわけにはいかないからな。
それに加えて偶然ウィル兄に会ったのも、きっと無関係ではない。
あえて口止めはしなかったからな。きっとウィル兄からアキトと俺についての話しが、たくさん実家に流れたんだろう。
「ああ、その通りだ。私も頑張って抑えようとはしたんだが…無理だった。すまないな」
そう言って肩を落とす領主様は、明らかに疲れを隠しきれていない。よくよく観察してみれば、目の下にはうっすらとクマまである。
そのうえ立場のある領主様が、非公式な場所とは言え俺達に向かって頭まで下げている。ああ、そうか、このためにエルソンすら入室させなかったんだな。
「いえ。こうなるかもと思ってはいましたから…」
この前来た手紙にも大事な相手とやっと伴侶候補に成れたなら早く辺境領に顔を見せに来いと書いてあったしな。そう考えれば適当に誤魔化した返事をしたせいで、領主様が巻き込まれたとも言える。
今度詫びの品を贈ろうと決意している間に、領主様はアキトに声をかけていた。
「アキトくんもすまないね」
「え、いえ…えっと?」
話しが分からないと戸惑うアキトに、俺が苦笑いを浮かべながら声をかける。
「ごめんね、すぐ説明するよ。まずこらちの領主様は、俺の実家からの圧力と戦ってくれていたんだ」
「ああ、すごい勢いだったよ」
「ありがとうございます…?」
よく分からないながらも素直にお礼を言うアキトに、領主様はきっと分かってないだろうなと理解しつつも楽し気に笑った。
「ふふ、どういたしまして」
「ちょっと言い難いんだけどね」
俺はそう前置きをしてから口を開いた。
「その…俺の実家から、大事な相手とやっと伴侶候補になれたなら、早く辺境領まで二人揃って顔を見せに来いって…呼び出しが来てるんだ」
「え………?…それがハルの言う嫌な予感?」
「うん。久しぶりのトライプールで友人に囲まれて生き生きしてるアキトに、また遠い場所まで行こうなんてどうしても言い難くてね…」
そうアキトは、トライプールをかなり気に入ってくれている。
最初の頃は異世界最初の街ぐらいの思い入れだったと思うんだが、今では一番お気に入りの街だろうなと見ていて分かるぐらいにだ。何といってもトライプールには、この世界の親代わりに友人や知り合い程度の奴らまでが勢ぞろいしているからな。
トライプールを気に入ってくれたのは嬉しいんだが、思い入れがあるのに長い間そこを離れて欲しいとは頼み難かった。
そのうえ長い時間をかけて行く先は、楽しい観光地というわけでも無い。
魔物も多く危険がとにかく身近にある、そんな辺境領が目的地だ。あの本を愛読書にしているアキトなら、その辺りの事は知っているだろうけど、はたしてそんな危険な地域に住み慣れた場所を離れてまで行きたいと思うだろうか。
加えて俺が言い出せなかった理由は、実はもう一つだけあった。これは絶対にアキトには言わないつもりだが、アキトの家族には俺から挨拶ができないのに、俺の家族には挨拶して欲しいなんてどうしても言い出せなかった。
「もちろんアキトさえ良ければだから、まだ気持ちの準備が必要だとかがあるなら俺が責任をもって断るよ」
断っても良いんだよと続けた俺を、アキトは不思議そうにきょとんと見つめてきた。
「え、うん!俺も挨拶に行きたい!」
すこしの躊躇も戸惑いもなく、驚くほどの即答だった。
こっそりと俺がアキトを観察している間に、執事のエルソンはそっとドアを開いた。
「どうぞ、お入り下さい」
日によっては中まで案内される事もあるが、どうやら今日は室内には入らないらしい。
俺は部屋に入る前にと、アキトと目線を合わせた。大丈夫?と視線だけで尋ねれば、アキトはひとつ頷きを返してくれた。
部屋の中へと足を踏み入れれば、華やかな応接室の奥には領主様が立っていた。
「やあ、ハロルドにアキト君。久しぶりだね」
「領主様、お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げれば、俺の隣でアキトも一緒になって頭を下げた。ただ何故かアキトは何も喋らなかった。どうしたんだろうと俺が視線を向けるよりも先に、領主様が答えた。
「アキト君。この部屋には私とハロルドと君しかいないんだ。気にせずに普段通りに軽い気持ちで喋ってくれて大丈夫だよ?」
そうか。相手は身分のある領主様なのに、はたして普通に喋って良いんだろうかと悩んでいたのか。
アキトの事なのに気づけなかったなと密かに反省していると、不意にアキトはちらりと俺に視線を向けてきた。本当に良いの?と伺うような視線に、俺それで良いよとすぐに笑顔で頷いた。
「ありがとうございます」
「うんうん。そこでハルに確認を取るって事は今も仲良くやってるようだね」
嬉しそうに笑った領主様は、良かったなハロルドと揶揄うような口調で続けた。
「ええ、そうですね」
「早速だが、ハロルド、アキト君、今回の呼び出しに応じてくれてありがとう」
そう言った領主様の言葉を遮るかようにして、俺は口を開いた。
「何かご依頼でもありましたか?」
頼むからそう言ってくれと匂わせる質問に、領主様は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あー…やっぱりハロルドもある程度の想像はついていたんだな…」
「…と言う事は、やっぱり」
俺の予想通りだったか。
「ごめん、アキト。依頼じゃなくて、もうひとつの可能性の方だったよ」
そう告げれば、一体どんな話しが出てくるのかとアキトは身構えた。
「領主様、つまり俺の実家からの圧力がかかったんでしょう?」
そもそも俺が起きてすぐに送った手紙の返事にも、アキト君をぜひとも実家に招待したいと書いてあったんだよな。ただあの時はまだ恋人になったばかりだから、もうすこしゆっくりと関係を進めたいんだと何とか誤魔化す事ができた。
おそらく圧力にまで発展したのは、この間伴侶候補になったと報告の手紙を出したせいだろうな。さすがに伴侶候補が出来た事を、実家に黙っているわけにはいかないからな。
それに加えて偶然ウィル兄に会ったのも、きっと無関係ではない。
あえて口止めはしなかったからな。きっとウィル兄からアキトと俺についての話しが、たくさん実家に流れたんだろう。
「ああ、その通りだ。私も頑張って抑えようとはしたんだが…無理だった。すまないな」
そう言って肩を落とす領主様は、明らかに疲れを隠しきれていない。よくよく観察してみれば、目の下にはうっすらとクマまである。
そのうえ立場のある領主様が、非公式な場所とは言え俺達に向かって頭まで下げている。ああ、そうか、このためにエルソンすら入室させなかったんだな。
「いえ。こうなるかもと思ってはいましたから…」
この前来た手紙にも大事な相手とやっと伴侶候補に成れたなら早く辺境領に顔を見せに来いと書いてあったしな。そう考えれば適当に誤魔化した返事をしたせいで、領主様が巻き込まれたとも言える。
今度詫びの品を贈ろうと決意している間に、領主様はアキトに声をかけていた。
「アキトくんもすまないね」
「え、いえ…えっと?」
話しが分からないと戸惑うアキトに、俺が苦笑いを浮かべながら声をかける。
「ごめんね、すぐ説明するよ。まずこらちの領主様は、俺の実家からの圧力と戦ってくれていたんだ」
「ああ、すごい勢いだったよ」
「ありがとうございます…?」
よく分からないながらも素直にお礼を言うアキトに、領主様はきっと分かってないだろうなと理解しつつも楽し気に笑った。
「ふふ、どういたしまして」
「ちょっと言い難いんだけどね」
俺はそう前置きをしてから口を開いた。
「その…俺の実家から、大事な相手とやっと伴侶候補になれたなら、早く辺境領まで二人揃って顔を見せに来いって…呼び出しが来てるんだ」
「え………?…それがハルの言う嫌な予感?」
「うん。久しぶりのトライプールで友人に囲まれて生き生きしてるアキトに、また遠い場所まで行こうなんてどうしても言い難くてね…」
そうアキトは、トライプールをかなり気に入ってくれている。
最初の頃は異世界最初の街ぐらいの思い入れだったと思うんだが、今では一番お気に入りの街だろうなと見ていて分かるぐらいにだ。何といってもトライプールには、この世界の親代わりに友人や知り合い程度の奴らまでが勢ぞろいしているからな。
トライプールを気に入ってくれたのは嬉しいんだが、思い入れがあるのに長い間そこを離れて欲しいとは頼み難かった。
そのうえ長い時間をかけて行く先は、楽しい観光地というわけでも無い。
魔物も多く危険がとにかく身近にある、そんな辺境領が目的地だ。あの本を愛読書にしているアキトなら、その辺りの事は知っているだろうけど、はたしてそんな危険な地域に住み慣れた場所を離れてまで行きたいと思うだろうか。
加えて俺が言い出せなかった理由は、実はもう一つだけあった。これは絶対にアキトには言わないつもりだが、アキトの家族には俺から挨拶ができないのに、俺の家族には挨拶して欲しいなんてどうしても言い出せなかった。
「もちろんアキトさえ良ければだから、まだ気持ちの準備が必要だとかがあるなら俺が責任をもって断るよ」
断っても良いんだよと続けた俺を、アキトは不思議そうにきょとんと見つめてきた。
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