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736.【ハル視点】美しい庭
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警備隊員達が去っていく背中をなんとなく眺めていると、不意にアキトがぽすりと俺にもたれかかってきた。甘えるような仕草にときめきながらそっと視線を向ければ、アキトは上目遣いで俺を見つめてくる。
今は俺達しかいないとはいえ、恥ずかしがり屋なアキトに外でこうやって甘えられるのはちょっと珍しいな。
「アキト?」
「あー緊張したー」
アキトは小さな声でそう言うと、大きく息を吐いた。どうやら警備隊員とのやり取りの間、ずっと緊張していたらしい。
きちんと招待されて来ているんだから問題がある筈も無いんだが、慣れていなければ緊張もするよな。俺はアキトに笑いかけながら小さく頷いた。
「ああ。まあ慣れないとあの空気は緊張するよね」
「うん、しかも絶対強い人だーって俺でも分かるぐらいだったから余計にね」
アキトがさらりと言ったその言葉に、感心してしまった。戦闘中のような威圧感を出していたわけでも無いし、むしろアキトへのサービスなのか少し笑顔さえ見せていた。
それでもあの警備隊員達の強さに気づけたのか。
「それが分かるようになっただけ、アキトも強くなったって事だよ。最初の頃なら分からなかったでしょう?成長したんだよ」
「そうかな…?
褒められてしまったと言いたげな少し照れくさそうな笑顔が、今日も可愛いな。
「ここの警備は、さすがに知り合いが相手でも一切手は抜かないからね」
俺には領主の親戚という立場があるから、追い払われる前に問い合わせぐらいはしてくれるかもしれないが、あの封筒が偽物だと判断されたら取り押さえようとするだろうからな。
「…え、さっきの人達、ハルの知り合いなの?」
「うん。まあ知り合いだね」
警備隊員を代表して喋っていた男は元騎士団員だし、その隣にいた男は衛兵から引き抜かれたという珍しい経歴の持ち主だ。他の奴らはさすがに知らない奴らだったがな。
アキトはそんな風には見えなかったと、しみじみと感心している。
「警備の人もすごいんだね」
「ここの専属だからね」
なんとも可愛らしい感想にふふと笑いながら、俺はそう答えた。元騎士団員とか元衛兵とかそんな詳しい説明をするつもりはかけらもない。もしアキトが興味を持ったら嫌だからな。
「ねえ、アキト。さっき案内が来るまで庭でも見ててって言われたでしょう?」
唐突にそう切り出した俺に、アキトはこくりと頷いた。
「うん」
「ここの庭は見る価値があると思うよ。ほら、こっち見てごらん」
声と身振りで後ろを指せば、アキトは素直にくるりと背後を振り返ってくれた。視界に飛び込んできた沢山の花々が咲き誇る庭にアキトは小さく息をのんだ。ここの庭は本当に圧倒されるぐらいに美しいんだよな。
折角ならアキトにも見せたいと思っていたから、庭を見て待っていてくれという提案はありがたかった。
「うわ―綺麗だね」
「アキトは好きだろうなと思ってたんだ」
「うん、好きだ…すごい…」
言葉こそ少ないが、アキトはキラキラした目で庭のあちこちに咲く花や木々を見つめている。
色とりどりの花が咲き誇っているこの庭だが、実はすこし植物に詳しい人が見たら絶句するほど育てるのが難しい花がさらりと混ざっていたりするんだよな。
「ここの庭はいつ見ても綺麗だと俺も思うよ」
静かに庭を鑑賞するつもりだったが、ふと気づけば花や木々の説明をしていたのには自分でもすこし驚いた。
あの花は初めて見る色だとか、あれは図鑑に載ってたやつに似てるけどちょっと違うとか、アキトがぽつりとこぼすひとり言に答えていたら、自然とそうなっていたんだよな。
「あっちの花は?」
「ああ、あれは南国の方に咲く花で、薬草としても人気のある花だよ」
「じゃああのねじれた不思議な形の木は?」
「あれは海の向こうの国の香木だね」
またアキトが嬉しそうにいっぱい質問してくれるから、ついつい説明に力が入ってしまった。ひと段落した所で、アキトは我に返ったのかしょぼんと肩を落とした。
「ごめん、質問責めにしちゃって」
「いや、気にしないで良いよ」
「あまりに綺麗な庭だから夢中になっちゃって」
「楽しかったならそれで良いよ」
そんな会話をしていると、不意にアキトが後ろを振り返った。少し離れた所に背筋をピンと伸ばして品よく立っているのは、執事長のエルソンだ。少し前から気配はあったが、俺達の会話を聞いて邪魔をしないように控えていたらしい。
「お待たせして申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしているが、庭を見て待つように手配してくれたのはおそらくエルソンだろう。俺はすぐに首を振って笑顔で答えた。
「いや、さほど待ってない。それに領主邸の見事な庭を、俺も俺の伴侶候補もしっかりと楽しめたからな」
庭に案内してくれてありがとうと遠回しに伝えれば、エルソンは朗らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お二人に楽しんで頂けたのなら何よりです。お誉めの言葉に庭師もきっと喜びます」
「エルソン、紹介する。俺の伴侶候補アキトだ」
おそらく領主様から、アキトについての説明はされているだろう。それは分かっていたが、どうしても自分の口から紹介したかった。この領主城で、俺が一番世話になっているのはこのエルソンだからな。
緊張しなくて大丈夫な相手だよと伝えるために、俺はそっとアキトの背中を撫でた。アキトはそれだけの動きで肩の力を抜いてくれた。察しが良いんだよなぁ、アキトは。
「はじめまして、アキトといいます」
「ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、アキト様。私はトライプール領主城の執事長を務めております、エルソンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします」
ペコリと頭を下げたアキトに、エルソンは更に笑みを深めた。ああ、これはきっと気に入られたな。
「それではハロルド様、アキト様、こちらへどうぞ。ご案内いたします」
エルソンに案内されて辿り着いたのは、城の中でも奥まった位置にある一室の前だった。ここはきちんとした来客用の応接室だな。いつもはトライプール領主の書斎に案内されるんだが。アキトがいるから気を使ったのか。
俺がそんなくだらない事を考えている間に、エルソンはコンコンと部屋のドアをノックした。
「失礼いたします、旦那様。ハロルド様とアキト様をご案内致しました」
「ああ、入ってくれ」
今は俺達しかいないとはいえ、恥ずかしがり屋なアキトに外でこうやって甘えられるのはちょっと珍しいな。
「アキト?」
「あー緊張したー」
アキトは小さな声でそう言うと、大きく息を吐いた。どうやら警備隊員とのやり取りの間、ずっと緊張していたらしい。
きちんと招待されて来ているんだから問題がある筈も無いんだが、慣れていなければ緊張もするよな。俺はアキトに笑いかけながら小さく頷いた。
「ああ。まあ慣れないとあの空気は緊張するよね」
「うん、しかも絶対強い人だーって俺でも分かるぐらいだったから余計にね」
アキトがさらりと言ったその言葉に、感心してしまった。戦闘中のような威圧感を出していたわけでも無いし、むしろアキトへのサービスなのか少し笑顔さえ見せていた。
それでもあの警備隊員達の強さに気づけたのか。
「それが分かるようになっただけ、アキトも強くなったって事だよ。最初の頃なら分からなかったでしょう?成長したんだよ」
「そうかな…?
褒められてしまったと言いたげな少し照れくさそうな笑顔が、今日も可愛いな。
「ここの警備は、さすがに知り合いが相手でも一切手は抜かないからね」
俺には領主の親戚という立場があるから、追い払われる前に問い合わせぐらいはしてくれるかもしれないが、あの封筒が偽物だと判断されたら取り押さえようとするだろうからな。
「…え、さっきの人達、ハルの知り合いなの?」
「うん。まあ知り合いだね」
警備隊員を代表して喋っていた男は元騎士団員だし、その隣にいた男は衛兵から引き抜かれたという珍しい経歴の持ち主だ。他の奴らはさすがに知らない奴らだったがな。
アキトはそんな風には見えなかったと、しみじみと感心している。
「警備の人もすごいんだね」
「ここの専属だからね」
なんとも可愛らしい感想にふふと笑いながら、俺はそう答えた。元騎士団員とか元衛兵とかそんな詳しい説明をするつもりはかけらもない。もしアキトが興味を持ったら嫌だからな。
「ねえ、アキト。さっき案内が来るまで庭でも見ててって言われたでしょう?」
唐突にそう切り出した俺に、アキトはこくりと頷いた。
「うん」
「ここの庭は見る価値があると思うよ。ほら、こっち見てごらん」
声と身振りで後ろを指せば、アキトは素直にくるりと背後を振り返ってくれた。視界に飛び込んできた沢山の花々が咲き誇る庭にアキトは小さく息をのんだ。ここの庭は本当に圧倒されるぐらいに美しいんだよな。
折角ならアキトにも見せたいと思っていたから、庭を見て待っていてくれという提案はありがたかった。
「うわ―綺麗だね」
「アキトは好きだろうなと思ってたんだ」
「うん、好きだ…すごい…」
言葉こそ少ないが、アキトはキラキラした目で庭のあちこちに咲く花や木々を見つめている。
色とりどりの花が咲き誇っているこの庭だが、実はすこし植物に詳しい人が見たら絶句するほど育てるのが難しい花がさらりと混ざっていたりするんだよな。
「ここの庭はいつ見ても綺麗だと俺も思うよ」
静かに庭を鑑賞するつもりだったが、ふと気づけば花や木々の説明をしていたのには自分でもすこし驚いた。
あの花は初めて見る色だとか、あれは図鑑に載ってたやつに似てるけどちょっと違うとか、アキトがぽつりとこぼすひとり言に答えていたら、自然とそうなっていたんだよな。
「あっちの花は?」
「ああ、あれは南国の方に咲く花で、薬草としても人気のある花だよ」
「じゃああのねじれた不思議な形の木は?」
「あれは海の向こうの国の香木だね」
またアキトが嬉しそうにいっぱい質問してくれるから、ついつい説明に力が入ってしまった。ひと段落した所で、アキトは我に返ったのかしょぼんと肩を落とした。
「ごめん、質問責めにしちゃって」
「いや、気にしないで良いよ」
「あまりに綺麗な庭だから夢中になっちゃって」
「楽しかったならそれで良いよ」
そんな会話をしていると、不意にアキトが後ろを振り返った。少し離れた所に背筋をピンと伸ばして品よく立っているのは、執事長のエルソンだ。少し前から気配はあったが、俺達の会話を聞いて邪魔をしないように控えていたらしい。
「お待たせして申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしているが、庭を見て待つように手配してくれたのはおそらくエルソンだろう。俺はすぐに首を振って笑顔で答えた。
「いや、さほど待ってない。それに領主邸の見事な庭を、俺も俺の伴侶候補もしっかりと楽しめたからな」
庭に案内してくれてありがとうと遠回しに伝えれば、エルソンは朗らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お二人に楽しんで頂けたのなら何よりです。お誉めの言葉に庭師もきっと喜びます」
「エルソン、紹介する。俺の伴侶候補アキトだ」
おそらく領主様から、アキトについての説明はされているだろう。それは分かっていたが、どうしても自分の口から紹介したかった。この領主城で、俺が一番世話になっているのはこのエルソンだからな。
緊張しなくて大丈夫な相手だよと伝えるために、俺はそっとアキトの背中を撫でた。アキトはそれだけの動きで肩の力を抜いてくれた。察しが良いんだよなぁ、アキトは。
「はじめまして、アキトといいます」
「ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、アキト様。私はトライプール領主城の執事長を務めております、エルソンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします」
ペコリと頭を下げたアキトに、エルソンは更に笑みを深めた。ああ、これはきっと気に入られたな。
「それではハロルド様、アキト様、こちらへどうぞ。ご案内いたします」
エルソンに案内されて辿り着いたのは、城の中でも奥まった位置にある一室の前だった。ここはきちんとした来客用の応接室だな。いつもはトライプール領主の書斎に案内されるんだが。アキトがいるから気を使ったのか。
俺がそんなくだらない事を考えている間に、エルソンはコンコンと部屋のドアをノックした。
「失礼いたします、旦那様。ハロルド様とアキト様をご案内致しました」
「ああ、入ってくれ」
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