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732.畏怖の対象

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 大きく目を見開いたまま固まってしまったハルと領主様を見つめながら、俺はゆるりと首を傾げた。

 なんでこんな反応をされるのかが、分からない。俺がハルの家族に会いたいって言ったのが、そんなに意外だったのかな。

「…アキト、本当に良いの?俺の両親に会ってくれる?」

 我に返ったらしいハルから投げかけられた質問に、俺はすぐに頷いた。

 ハルのご両親にももちろん会いたいし、ハルの一番上のお兄さんとか可愛がってるらしい弟さんにも会ってみたい。ああ、もちろん前に船で会った、ウィリアムさんにも会えたら嬉しいな。

「うん。ハルのご家族にも直接会ってご挨拶したいなって思ってたから、むしろ嬉しいよ?」

 確かにトライプールから離れるのは、やっぱりちょっと寂しいとは思う。

 ここにはまるで本当の家族みたいに可愛がってくれるレーブンさんとローガンさんがいる。それに最近は友人達も知り合いも、どんどん増えていってるからね。

 俺にとって、トライプールはもうすっかり特別な場所だ。でもだからと言ってずっとここだけにいたいってわけじゃないんだ。

 まだまだ色んな所に行きたいと思うし、旅だってしたい。

 それに辺境領までの道のりがどんなに長旅になっても、ハルと一緒なら絶対に楽しいと思うんだ。

 色んな場所を訪れて、色んな経験をして、色んなものを見て、そしてまたお土産を持ってトライプールに帰ってきたい。

 レーブンさんもローガンさんも、いってこいって送り出してくれると思うんだ。

「そうか…アキトは両親にも会いたいって言ってくれるんだな」

 ぽつりとつぶやいたハルの後ろから、ひょこっと心配顔の領主様が顔を出した。いつの間にか領主様も我に返っていたらしい。

「アキト君、私からもいくつか質問をしても良いかい?」
「はい、もちろんです。どうぞ」

 何でしょう?と聞く体勢になった俺に、領主様はどこか不思議そうにしながらも恐る恐る尋ねた。

「アキト君は、もちろんハロルドの両親を…知ってるんだよな?」

 質問の意図はよく分からないけど、ハルの両親の事か。知ってるか知らないかで言ったら、たぶん知ってると思う。あの本でも読んだし、ハルから色々と聞いたからね。

「はい、知ってます」
「辺境領伯夫婦を知ってるのに、会いたいと思う…?ハロルド、アキト君には本当にきちんと説明してるんだろうね?」
「ええ、もちろんきちんと説明はしていますよ。それにアキトの愛読書は、あのケイリー・ウェルマールの冒険ですよ?」

 ハルは苦笑しながらそう答える。ハルのお父さんが主役のあの本だよね。

「ええー…あの本を読んでるのに、よく会いたいと思えたね?…怖いとは思わないのかい?」
「怖いって…誰をですか?」
「あの辺境領の最強夫婦を、だよ」
「???怖くは無いですよ、むしろあの強さには憧れます」

 俺の答えを聞くなり、ハルと領主様はパッと顔を見合わせた。なんだか二人が視線だけで今の聞いた?聞いた!ってやりとりをしてる気がする。

 そうしてるのを見ると、やっぱり二人ってちょっと似てるんだな。遠い親戚だっていうのにも、納得がいく。

 それにしても怖い…か。

「あの、もしかして…普通は怖がられるんですか?」
「ああ、辺境領は魔物も多くかなり過酷な地だからね。そこを長年治め続けている辺境領伯の最強夫婦は、そのあまりの強さから畏怖される存在でもあるんだ」

 しかも君の愛読書だというあの本のせいで、その強さはとにかく広く知られているからねと領主様は続けた。

「領民からは慕われているんだけど、本人を知らずに本だけを読んだ人にはだいたい怖がられるね」
「その怖がるっていうのが、俺にはよく分からないんですけど」

 領民からは慕われてるってのには納得できたんだけどね。

 魔物が暴走するスタンピードを抑え込める強さって、そこに住む人達からしたらかなり頼もしいよね。しかも領主なのに前線に立つっていうのは、まあ賛否はあるだろうけど、俺は格好良いと思う。

 さすがハルのご両親だよね。

「えっと…アキト、俺の両親に会うのは嫌じゃないんだよね?」

 改めて投げかけられたハルの質問に、俺はすぐに頷いた。

「うん、むしろ会いたい」
「怖いとは思わないんだよね?」
「うん、憧れの存在かな」
「…ちょっと妬ける…な…」

 憧れの存在なのかとぼそりと呟いたハルに、俺は慌ててぶんぶんと手を振った。

「あ、でもね、ハルが一番格好良いのは、絶対に変わらないからね!」
「言わせたみたいでごめんね…でもありがとう、アキト」

 照れくさそうなハルの笑顔が眩しい。

「はあ、アキト君は本当にハロルドにぴったりの相手だったんだな…」
「ええ、そうでしょう?」
「ハロルドのそんな自慢げな顔が見れるとは、思ってもみなかったよ」

 領主様はそう言うと、そんな二人に朗報があるよと笑って告げた。
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