生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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706.どうしよう

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 一番落ち着けるはずの黒鷹亭の自室で、部屋にいるのはハルと俺だけ。

 本当ならホッと息を吐いてくつろげる筈の時間なのに、俺はいま顔から火が出そうなほど真っ赤になって立ち尽くしていた。

「アキト、喉乾いてない?何か果実水でも出そうか?」

 穏やかな声でそう尋ねてくれるハルは、まだこちらに背中を向けたままだ。

 そのおかげで俺の様子にもまだ気づいてないみたいだけど、一瞬でこの顔の赤さを何とかする事なんて絶対に不可能だ。落ち着く方法を考えてみても、良い案なんてそうそう出てこない。

 ――ああ、どうしよう。

 俺は混乱しながらも、ゆっくりとこちらを振り返るハルを見つめていた。



 キニーアの森の採取を終えて領都トライプールに戻ってから、俺達は再び冒険者ギルドに立ち寄った。時間的に早かったおかげか、冒険者ギルドは比較的空いていた。

 ギルド内を移動すれば、そこかしこから『運が良い日』という単語が聞こえてくる。こんなに人が少ないのに、それでもその話で盛り上がっているんだな。

 こっそりと聞き耳を立ててみれば、話題の中にもうレーブンさんのレの字も出てこないことに少しだけホッとしてしまった。

「ここでも運が良い日か」
「うん、そうみたいだね」

 顔を見合わせてクスクスと笑いながら、俺達はすぐにギルドの受付へと足を向けた。残念ながら多忙なメロウさんはもう受付にはいなかったけど、採取してきたものの買取は無事に他の職員さんに担当してもらえた。

 そうそうちょっとびっくりしたんだけど、俺達が採取に行ってる間にたまたまアロイの花の依頼が来たらしく、ハルの予想していた額よりも高値で買い取ってもらえたんだ。しかも素早い依頼達成になるからと、追加報酬まで出るらしい。

「もしかしたら、今日は本当に『運が良い日』なのかもしれないね」

 面白そうにそう言って笑ったハルは、俺の耳元にそっと唇を寄せた。

「そもそもレーブンの笑顔のおかげだと言うなら、誰よりもアキトの運が良くならないとおかしいからね」

 だって一番笑顔を向けられてるんだからと、ハルが小声で続けたのには思わず笑ってしまった。



 買取が全て終わってギルドを出る頃には、『運が良い日』の検証にでかけていたらしい冒険者達が戻って来はじめていた。あんなに空いていた受付にも既に列が出来始めているみたいだ。俺達は一気に混み合いだした冒険者ギルドを後にして、そのまま街道へと足を勧めた。

「このまま、少し早めの夕飯にしようか?」
「うん、それが良いかも」
「折角だし屋台とかよりもお店に行って食べるのはどう?」

 ハルの提案に俺はすぐに頷いた。外とか宿で食べる屋台飯も大好きなんだけど、お店で食べるごはんも良いよね。

 うろうろとお店を探して当ても無く歩いていたら、不意にハルがそういえばこの近くにライスを使ったお店があるって聞いたんだけどと教えてくれたんだ。

 そんなの絶対食べたい。思わず目を輝かせて見つめてしまったんだけど、言葉にするよりも前にハルはこっちだよと案内してくれた。よっぽど表情に出てたんだろうな。

 辿り着いたお店のライスを使った料理は、スパイスの効いた異国料理感の強い炒飯のようなものだった。遠くの方でカレーっぽい風味がしててなんとなく懐かしいような、でも始めて食べる味だった。

 文句なしに美味しかったんだけどね。



 お腹いっぱいになって黒鷹亭の部屋に帰って来て、二人でおかえりとただいまを言い合った所まではいつも通りだったんだ。

 さっさと浄化魔法を二人にかけて、まずは部屋義に着替えようと俺はリボンタイに手をかけた。そこで不意に頭の中にある光景が浮かんだんだ。

 いつの事かは分からないけど、びっくり顔でこちらを向いたハルの目をじっと見つめながら、俺は胸元のリボンタイをシュルッと解いていた。そのままゆっくりと指先を下げると、上着のボタンも一つずつゆっくりと外していく。

 なんていきなりストリップ始めてるんだよ、俺!

 ここまででもう俺の許容量はいっぱいいっぱいだったけど、残念ながら思い出したのはこれだけじゃないんだよね。

 明らかに見せつけるように胸元を開いて誘惑したのに、それでも近づいてきてくれないハルに勝手に寂しくなったらしい。こっちきてとねだった上に、近づいてきてくれたハルにしたもみたい?なんて恥ずかしいセリフを口にしてた。

 うあああー嘘だろう?

 しかもその後は…思いっきりディープキスをかまして、更に悪い事に、俺、そのまま寝落ちしてた。

 いつの事かは分からないなんて言ったけど、嘘だよ。分かりたくないけどちゃんと分かってるよ。

 これってまず間違いなく昨日の夜の事だよね?飲みすぎて酔っぱらって寝てしまっただけだと思ってたのに、俺、こんな恥ずかしい事してたの???

 あー、だからハルは今朝起きてきた俺に、覚えてないのなんて言ったんだ。理解してしまった俺は、真っ赤な頬を持て余して立ち尽くしている。

 背中を向けているハルがこちらを振り向く瞬間が、まるでスローモーションのように見えた。
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