生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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704.【ハル視点】アロイの花を

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 俺が勧めた素材を優先的に採集しながらも、アキトは久しぶりの採取作業を思いっきり楽しんでいた。目はキラキラと輝いているし、口元には常に笑みが浮かんでいる。

 誰が見ても楽しいと言いたげな表情があまりに魅力的で、ここに他の奴らがいない事に少しだけ感謝してしまった。俺以外の誰にも見せたくないなんて思ってしまったんだよな。

 今日は特にこれという依頼を受けているわけではないせいか、こころなしかアキトものびのびと楽しんで採取ができている気がする。

 図鑑で見てなんとなく興味を持っていたという素材を探してみたり、前に採取した事のある素材を見つけたら名前を当ててみたりととにかく楽しそうだ。

 うーん、これからはたまにこういう日を作るのも、アキトにとっては良い事なのかもしれないな。

「あ、これ前に図鑑で見たやつだ」

 うろうろと視線を彷徨わせながら歩いていたアキトは、不意にぴたりと立ち止まった。

「ん?どれ?」

 そっと後ろから肩越しに覗き込んでみれば、アキトの視線の先には綺麗に咲き誇るアロイの花があった。

「ああ、これか」

 これはまだ一度も採取した事のない素材だと思うから、図鑑で見て気になってた方かな。そんな事を考えながら、俺はただ無言でアキトがページを捲るのをじっと待っていた。

 ここでこの花の名前はこうで効能はこうでと詳しい事を説明する事は、簡単な事だ。でも、それではアキトのためにならない。興味があって調べる意思もあるのに、それを邪魔するのは嫌だ。

 それにアキトは、どうせ知ってるなら教えてくれても良いのになんて事は、絶対に言わないからな。むしろ俺が待っている事に気づいても、ただふわりと嬉しそうに笑うだけだ。

「えーっと…たしかこの辺りに」

 パラパラとページを捲っていたアキトは、不意に手を止めた。

「あ、あった!」

 嬉しそうに声をあげたアキトは、挿絵をじっと見つめてから目の前のアロイの花をじっと観察してから口を開いた。

「アロイの花」
「うん、アロイの花だね」

 よく図鑑に目を通しているせいか、目的のページを探すのも早くなったな。さすがアキトだなと感心しながら、俺は優しい笑みを浮かべながら頷いた。

 アロイの花の一番の特徴は、少し変わったその咲き方にある。

 二センチにも満たない小さな花が、みっしりと群生して咲くものだ。しかも根本は全て一つの茎に繋がっているのに、何がどうなったのか花の色はバラバラというなんとも不思議な植物だ。

 これも間違いなく精霊の手が入っているんだろうな。

「はー、図鑑だと花の拡大した絵しかなかったんだけど…想像してたよりも綺麗だ」
「うん、確かにアロイの花は綺麗だよね」
「なんだか…花束みたいに見えるね」

 ぽつりとそう呟いたアキトに、俺は思わず笑いながら答えた。

「アキトは鋭いね」
「え…鋭い…?」
「うん。この花はね、地域によってはアロイの花じゃなくて、アロイの花束って呼ばれる事もあるんだ」

 一輪の花でもまるで花束のように見えるからとそう呼ばれるんだと続ければ、アキトは感心した様子で頷いた。

「へーそうなんだ」
「さすがに図鑑には載ってないけど、ちょっと面白い呼び名だよね」
「うん。確かに」
「これは冒険者ギルドの買取素材には入ってないんだが、一般的に乾燥させて部屋に飾る用途で人気がある素材なんだ」
「乾燥させて部屋に飾るの…?」
「うん。アロイの花には部屋の空気を綺麗にする効果があるからね」

 見た目はただの花束にしか見えないけど、空気を浄化するから部屋の飾りにも人気だし、何なら空気の淀んだ洞窟に持ち込む冒険者もいたりするんだよな。いかつい冒険者が乾燥させたアロイの花を持って洞窟内を進む姿は、なかなかに面白い事になる。

 これは説明しなくて良いか。

「たくさんあるみたいだし、少し採っていく?」
「うん、ちょっとやってみたいな」

 黒鷹亭の部屋に飾るのも良いなと考えながら、俺も一緒になってアロイの花を集めて回った。アロイの花を持ったアキトの姿に見惚れたのは、仕方ない事だろう。



 しばらく手分けをして採取をしていたら、時間が過ぎるのはあっという間だった。俺も久しぶりの採取にちょっと集中しすぎていたらしい。

「アキトー、そろそろお昼にしようかー?」

 魔導具で時間を確認してからそう声をかければ、アキトは笑顔で俺を振り返った。

「うん、そうだね」
「あー…でもきちんとした野営地まではちょっと遠いからこの辺りで休憩になるけど、それで良いかな?」
「うん、もちろん!」

 アキトは嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。二人揃っていい具合の倒木に並んで腰かける。

「何食べようか」
「さっき広場で買ったパンと…あ、レーブンからもらったマルックスのグリルもあるよ」

 そう切り出せば、アキトはよほど驚いたのか、えっと慌てて俺に視線を向けた。

「…いつの間に?」
「受付にいった時に無言で渡された」

 それはもうアキトがこちらを向いていない瞬間に、ぐいぐいと無言で渡されたからな。

「お礼しなきゃ…」

 多分アキトならそう言うって分かった上で、あえて何も言わずに渡したんだと思うぞ。そう思いながらも、俺は何も言わなかった。だってアキトは絶対にお礼を言うからな。

「うわー美味しそう!やっぱりレーブンさんのマルックスのグリルは違うよね!」

 パアッと笑みを浮かべたアキトの表情は、ちゃんとレーブンにも教えてやらないとな。

 わいわいと喋りながら外で食べる二人きりの昼食は、また各段と美味しく感じた。
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