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699.【ハル視点】冒険者ギルドへ
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手を繋いだまま黒鷹亭を出た俺達は、そのまま冒険者ギルドを目指して大通りを歩き出した。
今日は特に急いでいるわけでもないしと、アキトと繋いだ手を揺らしながらのんびりと歩いていく。
俺達の繋いだ手と伴侶候補の腕輪にたまに視線を感じる気がするのは、アキトを狙っていた奴らだろうか。羨ましそうだったり、寂し気だったりと反応は人それぞれだな。
悪いが、アキトは諦めてくれ。
たまたま目が合った昔なじみの店の店主には一瞬だけ驚いた顔をされたが、次の瞬間には微笑まし気な笑みと無音でのおめでとうの言葉をもらってしまった。
またこいよと続いた言葉に、俺も無音のまま彼と一緒にまたいくよと返す。
そんな何気ないやりとりが、くすぐったいながらも幸せだ。
幸せを噛み締めていたら、不意に背後から楽し気な声が聞こえてきた。
「なあ、レーブンさんの笑顔を見たらレアな素材が手に入るかもって話、聞いたか?」
「え、そうなのか?」
「それ聞いたけど、本当なのか?初めて聞いたぞ」
いや、本当なわけがないだろう。だれかの笑顔を見たからレアな素材が手に入る――なんて胡散臭い話をあっさり信じるな。そう思いながらも、少しだけ気になって冒険者達の会話に耳を傾けた。
「あ、待ってくれ。そういえば俺、さっき満面の笑みを見たぞ!」
思い出したと言いたげに一人が叫べば、他の人達も一気にテンションが上がった。
「何!?すごいじゃないか!」
「満面の笑みはすごいな。さっき今日の朝食めっちゃうまかったって言ったら、ふわって笑みを見せてくれたけど、うっすらだったからなー」
「え…待ってくれ」
「俺が見た満面の笑みは他の奴に向けた笑顔だったから、もしかしてお前の方がすごいんじゃないか?」
ああ、他の奴ってのはまず間違いなくアキトだろうな。アキト以外にレーブンが満面の笑みを見せる事は無いだろう。まあ、いまのところは…だけどな。笑顔を見せる事への抵抗がすこし減ったのか、料理を褒められた奴にもうっすらと笑みをみせたらしいからな。
アキトの影響でレーブンも変わっていってるんだな。
「レーブンさんがお前に向けた笑顔なんだもんな。やっぱり急いで依頼受けに行こうぜ!」
そんな会話をしながら、冒険者達は俺達の横を通り過ぎて駆け出していった。
レーブンの笑顔でレアな素材…か。これは大丈夫なんだろうかと、ほんの少しだけ心配になった。
「アキト。あれ、放っておいても良いと思う?」
呆れ顔でその冒険者達の背中を見送ってから、俺はアキトに視線を向けて尋ねてみた。
「俺は良いと思うよ。皆本気じゃなくてただのお遊びだと思うし、レーブンさん相手に文句を言う人もいないでしょ?」
「まあ、うん。確かにレーブン相手に文句は言わない…いや、言えないか」
そう言われればそうだなと納得がいった。
もし万が一勇気ある馬鹿がレーブンにレアな素材が出なかったなんて文句を言ったとしても、くだらない事言ってる暇があったらもっと採取の腕を磨けとばっさり切り捨てられるだけだろよな。
「あとさ、これをきっかけに、皆がレーブンさんの笑顔に慣れてくれたら良いよね」
「あー…うん、そうだな」
レーブンの満面の笑顔なんて、長い付き合いの俺でも見た事が無かったんだよな。アキトに向けて見せる笑顔を最初に見た時は、正直かなり驚いたのを覚えてる。今はもう普通うに何度も見てる表情でしかないんだけどな。
俺がそうだったんだから、きっと周りもすぐに慣れていくさ。そう思って頷けば、アキトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
途中何組かの冒険者達に追い抜かれたが、気にせずにのんびりと進んでいけば冒険者ギルドの建物が遠くに見えてきた。
「ここも、なんだかすごく久しぶりな気がするね」
「ああ、護衛依頼に行く前にも来たからそれほど時間は経ってない筈なんだが、不思議と久しぶりに感じるな」
そんな事を話しながら、俺達は冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。扉を開くだけで喧噪が一気に押し寄せてくる。
今日も酒場では盛り上がっている奴らがたくさんいるんだな。まあ、これもいつもの事か。最初の頃は喧噪に焦っていたアキトも、今は普通にスタスタと歩いて受付のある方へと進んでいく。慣れた行動だな。
受付カウンターは、時間のせいか今日はそれなりに空いていた。
アキトと二人手を繋いだままゆっくりと受付カウンダ―へと近づいていけば、一番端のブースにメロウの姿があった。
「あ、メロウさんがいる」
「…本当だな」
アキトはメロウがお気に入りだからな。メロウがいたら絶対にそこに行くんだよな。まあメロウは仕事ができるし、話が早いから良いんだけどな。
近づいてくるアキトと俺に気づいたのか、メロウはすっと立ち上がると優しい笑みを浮かべて出迎えてくれた。まああの笑みは、まず間違いなく俺じゃなくてアキトに対してだろうけどな。
「アキトさん、ハルさん。おはようございます」
「おはようございます、メロウさん」
「ああ、おはよう」
「護衛依頼、お疲れ様でした。依頼人から報告は受けています。色々あったようですが、達成ありがとうございます」
「いえ」
丁寧に頭を下げながらの言葉に、アキトは慌てて首を振った。メロウはすっと顔を上げるなりふわりと笑ってから、今度はくるりと背中を向けた。
予想外の行動に余程驚いたのか、アキトは言葉も無くじっとメロウの背中を見つめている。俺達が着いてきていない事に気づいたのか、メロウは笑顔を浮かべて俺達の方を振り返った。
「こちらに部屋を用意しておりますので、どうぞついてきてください」
「え…?」
「は?何で急に?」
きっと着いてこいと言いたいんだろうなと分かってはいたが、俺はともかくアキトのためにちゃんと言葉にしろ。軽く睨みながら視線でそう訴えれば、メロウはふうと一つ小さなため息を吐いた。
わざとらしいため息を吐く暇があったらちゃんと理由を説明しろ。そう言おうとした瞬間、俺の手がくいっと引っ張られた。バッと視線を向ければ、アキトは着いて行こうよと言いたげに俺の手をくいくいと引っ張ってくる。
俺はアキトのこういう仕草に弱いんだよなぁ。アキトが行きたいというなら文句は無いよ。あっさりと歩き出した俺を、メロウは面白そうにちらりと見つめてきた。
揶揄うような視線を寄越すよりも、俺を動かしたアキトに感謝してくれ。
今日は特に急いでいるわけでもないしと、アキトと繋いだ手を揺らしながらのんびりと歩いていく。
俺達の繋いだ手と伴侶候補の腕輪にたまに視線を感じる気がするのは、アキトを狙っていた奴らだろうか。羨ましそうだったり、寂し気だったりと反応は人それぞれだな。
悪いが、アキトは諦めてくれ。
たまたま目が合った昔なじみの店の店主には一瞬だけ驚いた顔をされたが、次の瞬間には微笑まし気な笑みと無音でのおめでとうの言葉をもらってしまった。
またこいよと続いた言葉に、俺も無音のまま彼と一緒にまたいくよと返す。
そんな何気ないやりとりが、くすぐったいながらも幸せだ。
幸せを噛み締めていたら、不意に背後から楽し気な声が聞こえてきた。
「なあ、レーブンさんの笑顔を見たらレアな素材が手に入るかもって話、聞いたか?」
「え、そうなのか?」
「それ聞いたけど、本当なのか?初めて聞いたぞ」
いや、本当なわけがないだろう。だれかの笑顔を見たからレアな素材が手に入る――なんて胡散臭い話をあっさり信じるな。そう思いながらも、少しだけ気になって冒険者達の会話に耳を傾けた。
「あ、待ってくれ。そういえば俺、さっき満面の笑みを見たぞ!」
思い出したと言いたげに一人が叫べば、他の人達も一気にテンションが上がった。
「何!?すごいじゃないか!」
「満面の笑みはすごいな。さっき今日の朝食めっちゃうまかったって言ったら、ふわって笑みを見せてくれたけど、うっすらだったからなー」
「え…待ってくれ」
「俺が見た満面の笑みは他の奴に向けた笑顔だったから、もしかしてお前の方がすごいんじゃないか?」
ああ、他の奴ってのはまず間違いなくアキトだろうな。アキト以外にレーブンが満面の笑みを見せる事は無いだろう。まあ、いまのところは…だけどな。笑顔を見せる事への抵抗がすこし減ったのか、料理を褒められた奴にもうっすらと笑みをみせたらしいからな。
アキトの影響でレーブンも変わっていってるんだな。
「レーブンさんがお前に向けた笑顔なんだもんな。やっぱり急いで依頼受けに行こうぜ!」
そんな会話をしながら、冒険者達は俺達の横を通り過ぎて駆け出していった。
レーブンの笑顔でレアな素材…か。これは大丈夫なんだろうかと、ほんの少しだけ心配になった。
「アキト。あれ、放っておいても良いと思う?」
呆れ顔でその冒険者達の背中を見送ってから、俺はアキトに視線を向けて尋ねてみた。
「俺は良いと思うよ。皆本気じゃなくてただのお遊びだと思うし、レーブンさん相手に文句を言う人もいないでしょ?」
「まあ、うん。確かにレーブン相手に文句は言わない…いや、言えないか」
そう言われればそうだなと納得がいった。
もし万が一勇気ある馬鹿がレーブンにレアな素材が出なかったなんて文句を言ったとしても、くだらない事言ってる暇があったらもっと採取の腕を磨けとばっさり切り捨てられるだけだろよな。
「あとさ、これをきっかけに、皆がレーブンさんの笑顔に慣れてくれたら良いよね」
「あー…うん、そうだな」
レーブンの満面の笑顔なんて、長い付き合いの俺でも見た事が無かったんだよな。アキトに向けて見せる笑顔を最初に見た時は、正直かなり驚いたのを覚えてる。今はもう普通うに何度も見てる表情でしかないんだけどな。
俺がそうだったんだから、きっと周りもすぐに慣れていくさ。そう思って頷けば、アキトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
途中何組かの冒険者達に追い抜かれたが、気にせずにのんびりと進んでいけば冒険者ギルドの建物が遠くに見えてきた。
「ここも、なんだかすごく久しぶりな気がするね」
「ああ、護衛依頼に行く前にも来たからそれほど時間は経ってない筈なんだが、不思議と久しぶりに感じるな」
そんな事を話しながら、俺達は冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。扉を開くだけで喧噪が一気に押し寄せてくる。
今日も酒場では盛り上がっている奴らがたくさんいるんだな。まあ、これもいつもの事か。最初の頃は喧噪に焦っていたアキトも、今は普通にスタスタと歩いて受付のある方へと進んでいく。慣れた行動だな。
受付カウンターは、時間のせいか今日はそれなりに空いていた。
アキトと二人手を繋いだままゆっくりと受付カウンダ―へと近づいていけば、一番端のブースにメロウの姿があった。
「あ、メロウさんがいる」
「…本当だな」
アキトはメロウがお気に入りだからな。メロウがいたら絶対にそこに行くんだよな。まあメロウは仕事ができるし、話が早いから良いんだけどな。
近づいてくるアキトと俺に気づいたのか、メロウはすっと立ち上がると優しい笑みを浮かべて出迎えてくれた。まああの笑みは、まず間違いなく俺じゃなくてアキトに対してだろうけどな。
「アキトさん、ハルさん。おはようございます」
「おはようございます、メロウさん」
「ああ、おはよう」
「護衛依頼、お疲れ様でした。依頼人から報告は受けています。色々あったようですが、達成ありがとうございます」
「いえ」
丁寧に頭を下げながらの言葉に、アキトは慌てて首を振った。メロウはすっと顔を上げるなりふわりと笑ってから、今度はくるりと背中を向けた。
予想外の行動に余程驚いたのか、アキトは言葉も無くじっとメロウの背中を見つめている。俺達が着いてきていない事に気づいたのか、メロウは笑顔を浮かべて俺達の方を振り返った。
「こちらに部屋を用意しておりますので、どうぞついてきてください」
「え…?」
「は?何で急に?」
きっと着いてこいと言いたいんだろうなと分かってはいたが、俺はともかくアキトのためにちゃんと言葉にしろ。軽く睨みながら視線でそう訴えれば、メロウはふうと一つ小さなため息を吐いた。
わざとらしいため息を吐く暇があったらちゃんと理由を説明しろ。そう言おうとした瞬間、俺の手がくいっと引っ張られた。バッと視線を向ければ、アキトは着いて行こうよと言いたげに俺の手をくいくいと引っ張ってくる。
俺はアキトのこういう仕草に弱いんだよなぁ。アキトが行きたいというなら文句は無いよ。あっさりと歩き出した俺を、メロウは面白そうにちらりと見つめてきた。
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