693 / 1,179
692.噂話と冒険者ギルド
しおりを挟む
手を繋いだまま黒鷹亭を出た俺とハルは、そのまま冒険者ギルドを目指して歩き出した。
特に急いでいるわけじゃないからとあえて大通りを選んでのんびりと歩いていれば、不意に背後から楽し気な声が聞こえてきた。
「なあ、レーブンさんの笑顔を見たらレアな素材が手に入るかもって話、聞いたか?」
「え、そうなのか?」
「それ聞いたけど、本当なのか?初めて聞いたぞ」
明らかに疑っている人もいるみたいだけど、本当かどうか確かめにいこうと騒ぐ人にこのままだと押し切られそうだ。
ちらりと視線を向けてみれば、ハルもうっすらと笑みを浮かべている。これだけ大きな声で話してたら、当然聞こえてるよね。
「あ、待ってくれ。そういえば俺、さっき満面の笑みを見たぞ!」
思い出したと言いたげに一人が叫べば、他の人達も一気にテンションが上がった。
「何!?すごいじゃないか!」
「満面の笑みはすごいな。さっき今日の朝食めっちゃうまかったって言ったら、ふわって笑みを見せてくれたけど、うっすらだったからなー」
「え…待ってくれ」
「俺が見た満面の笑みは他の奴に向けた笑顔だったから、もしかしてお前の方がすごいんじゃないか?」
「レーブンさんがお前に向けた笑顔なんだもんな。やっぱり急いで依頼受けに行こうぜ!」
そんな会話をしながら、冒険者達は俺達の横を通り過ぎて駆け出していった。
「アキト。あれ、放っておいても良いと思う?」
すこし呆れ顔でその冒険者達の背中を見送ったハルは、心配そうに俺の方へと視線を向けて尋ねた。優しいハルはあのゲン担ぎが上手くいかなくてレーブンさんに文句が言ったら、とか心配してるんだろうな。
「俺は良いと思うよ。皆本気じゃなくてただのお遊びだと思うし、レーブンさん相手に文句を言う人もいないでしょ?」
「まあ、うん。確かにレーブン相手に文句は言わない…いや、言えないか」
ハルはそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。レーブンさんが戦ってる所は見た事が無いけど、ハルがここまで楽し気に言うって事は本当に強い人なんだろうな。俺にとってはどこまでも優しい人だけど。
「あとさ、これをきっかけに、皆がレーブンさんの笑顔に慣れてくれたら良いよね」
「あー…うん、そうだな」
レーブンさんはあんなに優しい人なのに、誤解されてるのってちょっと寂しいからな。苦笑まじりではあったけどハルも同意してくれたから、同じ考えみたいだ。
何組かの冒険者達に追い抜かれながらも大通りを進んでいけば、冒険者ギルドの建物が遠くに見えてきた。
「ここも、なんだかすごく久しぶりな気がするね」
「ああ、護衛依頼に行く前にも来たからそれほど時間は経ってない筈なんだが、不思議と久しぶりに感じるな」
ハルと話しながら歩いてきたせいか、本当にあっと言う間に冒険者ギルドの前まで辿り着いた気がする。
すっかり見慣れた重厚なドアを開けて中へと足を進めれば、酒場には既に酒を楽しんでいる人もたくさんいてなにやら盛り上がっていた。まだ朝なのにと思う気持ちもあるけど、これでこそトライプールの冒険者ギルドだよねとも思うんだよなぁ。
最初に来た時はこの賑やかさに怯んだのにな。俺もすっかりトライプールの冒険者ギルドに慣れたものだ。
賑やかな酒場には用が無いからと奥へと進めば、受付カウンターはそれなりに空いていた。混雑する時間は抜けたのかな。
ハルと二人手を繋いだままゆっくりと受付カウンダ―へと近づいていけば、一番端のブースにメロウさんの姿があるのに気がついた。
「あ、メロウさんがいる」
「…本当だな」
いそいそと近づいていけば、俺達に気づいてくれたメロウさんはすっと立ち上がると、優しい笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
「アキトさん、ハルさん。おはようございます」
「おはようございます、メロウさん」
「ああ、おはよう」
「護衛依頼、お疲れ様でした。依頼人から報告は受けています。色々あったようですが、達成ありがとうございます」
「いえ」
丁寧に頭を下げながらの言葉に、俺は慌てて首を振った。メロウさんはすっと顔を上げるなりふわりと優しく笑ってから、今度は何故かくるりと背中を向けた。
護衛依頼の達成処理をしてもらうべきかな?それとも採取してきた素材を提出するべきか?そんな事を考えていた俺はメロウさんの予想外の行動にびっくりして、何も言わずに背中をじっと見つめた。
あーもしかして受付に用事があってカウンターの中にいただけなのかな。俺達が近づいてきたから対応してくれただけなのかもしれない。残念ではあるけど忙しい人なんだから、無理に対応してくれとも言えないよね。
そう思って大人しく見送ろうとしたけれど、メロウさんは不意にいつも通り柔らかな笑みを浮かべて俺達の方を振り返った。
「こちらに部屋を用意しておりますので、どうぞついてきてください」
「え…?」
「は?何で急に?」
びっくりしすぎて言葉が出なかった俺とは違って、ハルはどこまでも冷静だった。率直にメロウさんに理由を尋ねたけど、メロウさんは笑って手招きをするだけだった。
メロウさんが言うなら移動しようかとハルの手を引いて、俺達はすぐに受付を後にする事になった。
特に急いでいるわけじゃないからとあえて大通りを選んでのんびりと歩いていれば、不意に背後から楽し気な声が聞こえてきた。
「なあ、レーブンさんの笑顔を見たらレアな素材が手に入るかもって話、聞いたか?」
「え、そうなのか?」
「それ聞いたけど、本当なのか?初めて聞いたぞ」
明らかに疑っている人もいるみたいだけど、本当かどうか確かめにいこうと騒ぐ人にこのままだと押し切られそうだ。
ちらりと視線を向けてみれば、ハルもうっすらと笑みを浮かべている。これだけ大きな声で話してたら、当然聞こえてるよね。
「あ、待ってくれ。そういえば俺、さっき満面の笑みを見たぞ!」
思い出したと言いたげに一人が叫べば、他の人達も一気にテンションが上がった。
「何!?すごいじゃないか!」
「満面の笑みはすごいな。さっき今日の朝食めっちゃうまかったって言ったら、ふわって笑みを見せてくれたけど、うっすらだったからなー」
「え…待ってくれ」
「俺が見た満面の笑みは他の奴に向けた笑顔だったから、もしかしてお前の方がすごいんじゃないか?」
「レーブンさんがお前に向けた笑顔なんだもんな。やっぱり急いで依頼受けに行こうぜ!」
そんな会話をしながら、冒険者達は俺達の横を通り過ぎて駆け出していった。
「アキト。あれ、放っておいても良いと思う?」
すこし呆れ顔でその冒険者達の背中を見送ったハルは、心配そうに俺の方へと視線を向けて尋ねた。優しいハルはあのゲン担ぎが上手くいかなくてレーブンさんに文句が言ったら、とか心配してるんだろうな。
「俺は良いと思うよ。皆本気じゃなくてただのお遊びだと思うし、レーブンさん相手に文句を言う人もいないでしょ?」
「まあ、うん。確かにレーブン相手に文句は言わない…いや、言えないか」
ハルはそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。レーブンさんが戦ってる所は見た事が無いけど、ハルがここまで楽し気に言うって事は本当に強い人なんだろうな。俺にとってはどこまでも優しい人だけど。
「あとさ、これをきっかけに、皆がレーブンさんの笑顔に慣れてくれたら良いよね」
「あー…うん、そうだな」
レーブンさんはあんなに優しい人なのに、誤解されてるのってちょっと寂しいからな。苦笑まじりではあったけどハルも同意してくれたから、同じ考えみたいだ。
何組かの冒険者達に追い抜かれながらも大通りを進んでいけば、冒険者ギルドの建物が遠くに見えてきた。
「ここも、なんだかすごく久しぶりな気がするね」
「ああ、護衛依頼に行く前にも来たからそれほど時間は経ってない筈なんだが、不思議と久しぶりに感じるな」
ハルと話しながら歩いてきたせいか、本当にあっと言う間に冒険者ギルドの前まで辿り着いた気がする。
すっかり見慣れた重厚なドアを開けて中へと足を進めれば、酒場には既に酒を楽しんでいる人もたくさんいてなにやら盛り上がっていた。まだ朝なのにと思う気持ちもあるけど、これでこそトライプールの冒険者ギルドだよねとも思うんだよなぁ。
最初に来た時はこの賑やかさに怯んだのにな。俺もすっかりトライプールの冒険者ギルドに慣れたものだ。
賑やかな酒場には用が無いからと奥へと進めば、受付カウンターはそれなりに空いていた。混雑する時間は抜けたのかな。
ハルと二人手を繋いだままゆっくりと受付カウンダ―へと近づいていけば、一番端のブースにメロウさんの姿があるのに気がついた。
「あ、メロウさんがいる」
「…本当だな」
いそいそと近づいていけば、俺達に気づいてくれたメロウさんはすっと立ち上がると、優しい笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
「アキトさん、ハルさん。おはようございます」
「おはようございます、メロウさん」
「ああ、おはよう」
「護衛依頼、お疲れ様でした。依頼人から報告は受けています。色々あったようですが、達成ありがとうございます」
「いえ」
丁寧に頭を下げながらの言葉に、俺は慌てて首を振った。メロウさんはすっと顔を上げるなりふわりと優しく笑ってから、今度は何故かくるりと背中を向けた。
護衛依頼の達成処理をしてもらうべきかな?それとも採取してきた素材を提出するべきか?そんな事を考えていた俺はメロウさんの予想外の行動にびっくりして、何も言わずに背中をじっと見つめた。
あーもしかして受付に用事があってカウンターの中にいただけなのかな。俺達が近づいてきたから対応してくれただけなのかもしれない。残念ではあるけど忙しい人なんだから、無理に対応してくれとも言えないよね。
そう思って大人しく見送ろうとしたけれど、メロウさんは不意にいつも通り柔らかな笑みを浮かべて俺達の方を振り返った。
「こちらに部屋を用意しておりますので、どうぞついてきてください」
「え…?」
「は?何で急に?」
びっくりしすぎて言葉が出なかった俺とは違って、ハルはどこまでも冷静だった。率直にメロウさんに理由を尋ねたけど、メロウさんは笑って手招きをするだけだった。
メロウさんが言うなら移動しようかとハルの手を引いて、俺達はすぐに受付を後にする事になった。
167
お気に入りに追加
4,204
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる