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687.【ハル視点】禁制の媚薬は

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 まだアキトがぐっすりと眠っている事をしっかり確認してから、俺はそっと口を開いた。見知らぬ奴らに悪意を持って媚薬を盛られたなんて事は、出来れば思い出して欲しくはないからな。

「しかも使われたのはあの禁制の媚薬だったんだ」

 ただそれだけの説明で二人はハッと息を飲んだ。

 知識量の多い二人なら知ってはいるよな。わざわざ他国からの持ち込みを禁止する程やっかいな媚薬と言えば、思い当るのは一種類だけだろう。

 あのクスリは、その辺りの薬師が売っている効き目もろくにない気分を高めるためだけの媚薬とはわけが違うからな。

「禁制の媚薬…だと?」
「そんなものをアキトに…?」

 しぼりだすような声でそう呟いたレーブンとローガンは、顔には鬼のような表情を浮かべたまま、口元だけ笑っている。その表情は二人に慣れた俺でも、すこし怖いぐらいだ。とにかく迫力がすごい。

「なあ…気持ちは分かるが、殺気はやめてくれよ?」
「何とか我慢したぞ」

 確かに殺気は出ていないが、威圧感と迫力がすごい。まあアキトはまだ眠っているから良いかと、俺はあっさりと切り替えた。

「なあ、ハロルド。お前なら当然覚えてるんだろ?その店の店名」
「ああ、忘れるわけがないだろう。シャリ―パって店だ」

 普段から店に来た客に媚薬を盛って店員と客で襲ってたんらしいと続ければ、レーブンは怒りを露わにしローガンは冷たい目でゆるりと首を振った。

 どちらも店と宿を経営しているからこそ、絶対に許せない行為だったんだろうな。

「あの媚薬は…後遺症は残らないんだったか?」
「ああ、一応騎士団の医師、ミング先生にも診断はしてもらったんだが――問題は無かったぞ」

 俺を目覚めさせてくれた後アキトが眠っている間に、ミング先生の魔法で体内に問題は無いか診断してもらったからな。

「なるほど、ミング先生の診察なら安心だな」
「禁制の媚薬を飲んだ事があると伝えた上でだったんだが、問題は何もないと保証してくれたぞ」
「ああ、そうか。後遺症が無いなら良かった」

 俺の答えを聞いて、ようやく二人は少しだけ肩の力を抜いたようだ。

「後遺症が無いってのは良かったが…禁制の媚薬を飲んだのによく無事に逃げられたな」
「手足のしびれと声が出なくなるんだったか…呪いレベルの行動制限がかかるって聞いた事があるな」

 さすがに詳しいなと内心では感心しながら、俺はあっさりと答えを返した。

「アキトから幽霊が人に憑依して身体を操る事ができるって聞いてたからな、俺がアキトの身体に憑依したんだ」
「「憑依…?」」
「ああ、あれは憑依としか説明できないな。かなり動かし難かったが、飲んですぐだったせいか何とか動かす事はできたんだ」

 だからさっさと黒鷹亭を目指して移動したと続ければ、レ―ブンは納得顔で頷いた。

「つまりあの時、様子がおかしいと思ったのはアキトの身体をお前が操ってたからか」
「ああ、まさかあのタイミングで声をかけられるとは思ってなかったからさすがに焦ったよ」
「俺の能力が、違和感があるって伝えてきたからな」

 すこし自慢げに笑ったレーブンは、次の瞬間笑顔を消して俺の目をじっと見つめてきた。

「そいつらは当然、捕まえたんだよなぁ?」
「ああ、俺が生身で目覚めるなり、すぐに捕まえてもらったぞ」
「衛兵か?」

 ローガンも真剣な表情で尋ねてくる。

「いや、騎士団に捕まえてもらって、そのまま王都に送ってもらった。禁制の品だからな、国に対する反逆だって散々脅しておいた」
「衛兵に捕まえさせるよりもその方が良いか」
「ああ、罪が重くなるからなぁ」

 そう言い合った二人は、顔を見合わせたままにやりと笑みを浮かべた。

「王都の騎士団…か…」
「誰かいたか?」
「昔馴染みのアリースがいる筈だな。今は剣術指南役だったか」
「ああ、アリースな。そうだったそうだった」
「これはきっちりと取り調べをしてくれるように、ちゃんと連絡をいれておかないとな」

 思いっきり人脈を使う気だなと苦笑しながら、俺はもちろん止めたりはしなかった。あいつらがどうなろうと知った事じゃないし、俺だってまだ怒りはあるからな。

 俺にできるのはレーブンとローガンがアキトのために人脈を使ったという事実が、アキトに知られないように気を付ける事ぐらいだな。

 俺はまだまだ相談を続ける二人を他人事のように見つめつつ、まだ残っていた酒の入った杯を持ち上げた。
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