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665.【ハル視点】ジェイデンという店員は

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「もし他にもご希望の本があれば、お聞かせくださいね」

 取り出した小さな手帳に魔道具のペンでさらさらと記入しながら、ジェイデンはアキトの方へちらりと視線を向けた。

 アキトは少しだけ考えてから、あ、と声をあげた。

「あの、前に買わせてもらった旅行記、まるでそこを旅してる気分になれてすごく楽しかったんです。もしああいう雰囲気の本が、他にもあれば…ぜひ欲しいです」

 ああ、セスミアの旅行記か。あの本は確かにすごく楽しそうに読んでいたな。

 ここの姉弟のやりとりが微笑ましいんだと嬉しそうに感想を教えてくれたり、この国って行った事ある?この料理は知ってた?なんて興味深そうに俺に尋ねてくれたからよく覚えている。

 あまりにアキトが目を輝かせて聞いてくれるものだから、ついつい本の著者であるセスとミアに張り合ってしまったりもしたな。本に買いてある以上の情報を付け加えてみたりな。

 今思えばまるで子どもじみた行動だったけれど、アキトは尊敬の眼差しを向けてくれたからまあ良いか。

「なるほど。気に入って頂けたようで幸いです」
「はい、あれは本当にお気に入りの本です、ありがとうございました」

 アキトは幸せそうに笑いながら、丁寧に礼の言葉を告げた。

 ああ、あんな風に礼を言われるなんて、本を勧めた側からすればそれはもう嬉しい事なんだろうな。一瞬だけ目を見開いてから、ジェイデンはそっと口を開いた。

「いえ、とんでもない」

 そう応えたジェイデンの顔には、ふわりと温かい笑みが浮かんでいる。

 笑みを絶やさないというのがマーゴット商会の店員の決まりなのか、ジェイデンも基本的には常に笑顔を浮かべていた。だが今の笑顔は、今までのものとは少し違っていたな。義務でも規則でも無く、ただ自然と滲みでた歓喜の表情だった。

 ごまかすように取り出した手帳をパラパラとめくりだした姿を何気なく見ながら、俺はアキトの人たらしっぷりに素直に感心していた。アキトは不思議と、年上の相手に好かれる性質らしいなんてくだらない事を考えてしまった。

「アキト様にお買い求め頂いたのは、セスミアの旅行記で間違いないでしょうか?」
「はい」

 あの手帳は、もしかしたら魔道具なのかもしれないな。そうでなければ客の情報や、何を買ったかまでは管理できないだろう。

「それならちょうど、セスミア旅行記の続編が入荷しておりますがいかがでしょうか?」
「え、本当ですか?」

 慌てて尋ねたアキトに、ジェイデンはすぐに穏やかな笑顔で頷いた。

 続編が出ていたとは、さすがに俺も知らなかったな。

「ではこちらもお持ちしますね」
「はい、お願いします!」
「他には何かありますか?」
「とりあえずそれでお願いします」
「かしこまりました」

 ジェイデンは手帳をちらりと見てから、今度は俺の方へと視線を向けた。

「ハル様」
「なんだ?」
「もし私が担当をさせて頂いてもよろしければ、ハル様にも本をお持ち致しますが…いかがでしょうか?」

 控えめにされた提案に、俺はすぐに笑顔で頷いた。ジェイデンの事は信頼できると思うし、何よりアキトが気に入っている相手だからな。わざわざ担当を変える必要は無いだろう。

「ああ、じゃあ頼もうかな」
「ハル様はどういった本がご入用でしょうか?」
「そうだな…最新の魔物研究の本の中から、信頼に足ると思うものを何冊か頼めるか」

 すこしだけ試すつもりでそう付け加えれば、ジェイデンは一歩も引かずにすぐさま答えた。

「私の主観でよろしいでしょうか?」
「ああ、まかせる」

 さすがに幽霊だった頃には、辺境領から本を買う事も無かったからな。魔物研究の本もたくさん増えているだろうと思っていたが、どうやら選べるぐらいには種類があるらしい。

 どんな本なんだろうと言いたげにちらりと俺の方を向いたアキトに、俺は笑みを浮かべて囁いた。

「もし興味があればアキトも読んでみてね」

 ありがとうと礼を言われるか、それとも読んでみたいと元気に返事が返ってくるか。そのどちらかだと思ったんだが、アキトは大きく目を見開いて固まってしまった。そのままじわじわとアキトの頬が色づいていく。

「アキト、どうかしたの?」

 熱でもあるのかと大丈夫?と更に顔を覗き込めば、アキトはそっと視線を反らしてしまった。

「何でもない」

 何でもないって反応じゃないよな。
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