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663.【ハル視点】ジェイデン
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ぴしっと背筋を伸ばして歩くジェイデンの背中を追って、俺達も入口から歩き出した。
店員の案内に従って足を踏み入れたのは、長い長い廊下だった。廊下のあちこちには高級な絵画や銅像、ダンジョン産の不思議なアイテムまで様々な物が品よく飾られている。
マーゴット商会には一見の価値がある廊下が存在しているという話は聞いた事があるが、どうやら本当だったらしい。
基本的に俺は辺境領経由で自分の本は買っていたし、マーゴット商会に来る時は急ぎの騎士団の仕事だったから応接室まで行かなかったんだよな。
キョロキョロと興味深そうに視線を動かすアキトと一緒になって、俺も飾られているものを観察してみる。
アキトが見惚れていた花の描かれた絵は、王家の所蔵でもおかしくないレベルの画家の作だ。これは何だろうと言いたげに首を傾げてみていたのは、ダンジョン産のアイテムだな。用途こそ未だ不明だが、その華奢で美しい見ため故に人気が集まり、最終的に競売にかけられたものだ。
珍しいものが惜しげもなく飾られているのを確認して、俺はちらりと前を歩くジェイデンに視線を向けた。
廊下にも飾られている物によってランクが存在しているらしいが、この廊下のランクはおそらく最上級のものだろう。さすがに王家所蔵でもおかしくない絵はそうそう無いだろうからな。
つまりそれだけ、この店員がアキトを高く評価しているという事だ。
「こちらのお部屋です」
不意に廊下の途中で立ち止まった店員は、すぐに鍵を取り出して重厚そうな扉のを開いた。
お先にどうぞと促されたアキトが恐る恐る足を踏み入れれば、そこは前回も通された部屋に負けず劣らずの高級な応接室だった。廊下にあったものよりも更に大きなサイズの絵画の前には、座り心地の良さそうなソファと細かい彫刻の施されたテーブルが並んでいる。
ああ、この応接室も見事なものだな。感心しながら部屋を見渡してみれば、一つの絵が視界に飛び込んできた。
空と海の風景を切り取ったその絵画は圧倒的な存在感を放っていた。写実的なのに、どことなく温かさを感じる不思議な、だが魅力的な絵だった。
「綺麗な絵だね」
「ああ、これは見事だな」
背伸びをして耳元でそう囁いたアキトに、俺もすぐに笑って同意を返す。
そのまま絵に見入ってしまった俺達を、ジェイデンは急かしたりはしなかった。自然とアキトと俺の視線が絵画から外れるまで待ってから、こちらへどうぞと柔らかい声色で椅子を勧めた。
「あ、すみません」
「いえ、お気になさらず。気に入って頂けたなら幸いです」
ジェイデンは誇らし気な笑みを浮かべて答えた。
「良い物を見せてもらったよ」
そう声をかければ、ジェイデンはニコリと笑みを浮かべた。
「ありがとうございます…それでは、アキト様、お連れ様もご一緒にこちらへどうぞ」
ふかふかした座り心地の椅子に二人並んで腰を下ろせば、失礼しますと声をかけたジェイデンも向かい側にある質素に見える椅子に腰かけた。
幽霊の状態でアキトに付き合っていた時も思ったけれど、あの質素に見える椅子は面白い。店員が座る椅子は質素に見えるだけで、実際に質素な作りというわけではない。
面倒な客避けにでも使っているのか、それとも気づいた人だけがクスリと笑ってくれれば良いと思っているんだろうか。
どちらにしてもこういう遊び心は好きだ。
「改めまして、本日はマーゴット商会にご来店頂きありがとうございます。失礼ですが、お連れ様とのご関係を教えて頂けますでしょうか?」
アキトにとっては予想外の質問だったのか、ぴたりと動きを止めてしまった。自然と俺の方へと向けられたジェイデンの視線に、俺は笑って答えた。
「ああ、俺はハル。アキトの伴侶候補だ」
そう説明しながら、俺は証拠となる伴侶候補の腕輪が見えるように、繋いだままだった手をすっと持ち上げた。
「はい、確かにお二人の伴侶候補の腕輪を確認させて頂きました」
そう口にしたジェイデンは、申し訳ないのですがと前置きをしてから俺達に向かって尋ねた。
「もう一点だけ確認をさせて頂きたい事があるのですが…」
「はい、なんですか?」
「ああ、どうぞ」
アキトと俺がきちんと返事を返したのを確認してから、ジェイデンは口を開いた。
「お二人はこのまま、同じお部屋で本を選ぶ事を希望されますか?それともそれぞれ個室にご案内する事を希望されますか?」
しっかりと俺とアキトの目を見つめてから尋ねたジェイデンは、真剣な表情を浮かべていた。これは大事な質問だから当然か。伴侶候補ならと勝手に判断しないのには逆に好感が持てる。
ふと視線を向けると、アキトはなんでそんな質問をされたのか分からないと言いたげな表情だった。
「我がマーゴット商会では、全ての方の同意がない場合には、基本的にそれぞれ別の個室へのご案内となります。どのような本を好んで読むかというのは、繊細な取り扱いを要する情報ですので…」
そう、どんな本を読むかが分かるだけで、かなりその人の趣味と思考が読み取れてしまうからな。
店員の案内に従って足を踏み入れたのは、長い長い廊下だった。廊下のあちこちには高級な絵画や銅像、ダンジョン産の不思議なアイテムまで様々な物が品よく飾られている。
マーゴット商会には一見の価値がある廊下が存在しているという話は聞いた事があるが、どうやら本当だったらしい。
基本的に俺は辺境領経由で自分の本は買っていたし、マーゴット商会に来る時は急ぎの騎士団の仕事だったから応接室まで行かなかったんだよな。
キョロキョロと興味深そうに視線を動かすアキトと一緒になって、俺も飾られているものを観察してみる。
アキトが見惚れていた花の描かれた絵は、王家の所蔵でもおかしくないレベルの画家の作だ。これは何だろうと言いたげに首を傾げてみていたのは、ダンジョン産のアイテムだな。用途こそ未だ不明だが、その華奢で美しい見ため故に人気が集まり、最終的に競売にかけられたものだ。
珍しいものが惜しげもなく飾られているのを確認して、俺はちらりと前を歩くジェイデンに視線を向けた。
廊下にも飾られている物によってランクが存在しているらしいが、この廊下のランクはおそらく最上級のものだろう。さすがに王家所蔵でもおかしくない絵はそうそう無いだろうからな。
つまりそれだけ、この店員がアキトを高く評価しているという事だ。
「こちらのお部屋です」
不意に廊下の途中で立ち止まった店員は、すぐに鍵を取り出して重厚そうな扉のを開いた。
お先にどうぞと促されたアキトが恐る恐る足を踏み入れれば、そこは前回も通された部屋に負けず劣らずの高級な応接室だった。廊下にあったものよりも更に大きなサイズの絵画の前には、座り心地の良さそうなソファと細かい彫刻の施されたテーブルが並んでいる。
ああ、この応接室も見事なものだな。感心しながら部屋を見渡してみれば、一つの絵が視界に飛び込んできた。
空と海の風景を切り取ったその絵画は圧倒的な存在感を放っていた。写実的なのに、どことなく温かさを感じる不思議な、だが魅力的な絵だった。
「綺麗な絵だね」
「ああ、これは見事だな」
背伸びをして耳元でそう囁いたアキトに、俺もすぐに笑って同意を返す。
そのまま絵に見入ってしまった俺達を、ジェイデンは急かしたりはしなかった。自然とアキトと俺の視線が絵画から外れるまで待ってから、こちらへどうぞと柔らかい声色で椅子を勧めた。
「あ、すみません」
「いえ、お気になさらず。気に入って頂けたなら幸いです」
ジェイデンは誇らし気な笑みを浮かべて答えた。
「良い物を見せてもらったよ」
そう声をかければ、ジェイデンはニコリと笑みを浮かべた。
「ありがとうございます…それでは、アキト様、お連れ様もご一緒にこちらへどうぞ」
ふかふかした座り心地の椅子に二人並んで腰を下ろせば、失礼しますと声をかけたジェイデンも向かい側にある質素に見える椅子に腰かけた。
幽霊の状態でアキトに付き合っていた時も思ったけれど、あの質素に見える椅子は面白い。店員が座る椅子は質素に見えるだけで、実際に質素な作りというわけではない。
面倒な客避けにでも使っているのか、それとも気づいた人だけがクスリと笑ってくれれば良いと思っているんだろうか。
どちらにしてもこういう遊び心は好きだ。
「改めまして、本日はマーゴット商会にご来店頂きありがとうございます。失礼ですが、お連れ様とのご関係を教えて頂けますでしょうか?」
アキトにとっては予想外の質問だったのか、ぴたりと動きを止めてしまった。自然と俺の方へと向けられたジェイデンの視線に、俺は笑って答えた。
「ああ、俺はハル。アキトの伴侶候補だ」
そう説明しながら、俺は証拠となる伴侶候補の腕輪が見えるように、繋いだままだった手をすっと持ち上げた。
「はい、確かにお二人の伴侶候補の腕輪を確認させて頂きました」
そう口にしたジェイデンは、申し訳ないのですがと前置きをしてから俺達に向かって尋ねた。
「もう一点だけ確認をさせて頂きたい事があるのですが…」
「はい、なんですか?」
「ああ、どうぞ」
アキトと俺がきちんと返事を返したのを確認してから、ジェイデンは口を開いた。
「お二人はこのまま、同じお部屋で本を選ぶ事を希望されますか?それともそれぞれ個室にご案内する事を希望されますか?」
しっかりと俺とアキトの目を見つめてから尋ねたジェイデンは、真剣な表情を浮かべていた。これは大事な質問だから当然か。伴侶候補ならと勝手に判断しないのには逆に好感が持てる。
ふと視線を向けると、アキトはなんでそんな質問をされたのか分からないと言いたげな表情だった。
「我がマーゴット商会では、全ての方の同意がない場合には、基本的にそれぞれ別の個室へのご案内となります。どのような本を好んで読むかというのは、繊細な取り扱いを要する情報ですので…」
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