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661.【ハル視点】トライプールの衛兵リーン
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二人並んで椅子に座ってゆっくりとフライドチキンを堪能した後は、来た広場の中の道をそのまま戻る事になった。
「この広場は防衛がしやすいように、わざと広場の奥から街中へは抜けられないような造りになってるんだ」
そう説明すれば、アキトはそうなんだとあっさりと納得してくれた。まあ実際は特別な権限のある人だけが鍵を開けられる抜け道が存在してるんだがな。
しかもその抜け道の場所や鍵を開けるための方法についてはともかく、存在だけは市民の噂話にまで出てくるような有名さだ。これは別に情報漏洩が起きたとかそういう厄介な話ではなく、いざという時に市民が慌てないようにとわざと流されているものだ。
アキトにも伝えておかないとなと、俺は話を続けた。
「一応いざという時のための抜け道というのも存在してはいるんだが、その場所は一般市民に公開はされていないし厳重に鍵がかかっているんだ」
アキトは今度はもの言いたげにじっと俺を見つめたけれど、すぐになるほど覚えておくねと笑ってくれた。
この察しの良さがアキトだよなぁ。
「やっぱりマルックスのグリルが良いな」
「おれの今日の気分は甘いクリームの入ったパンかな」
すれ違った人達が今日は何を食べようかと相談しているのを流し聞きながら、俺達は更に道を進んでいった。
「あ…」
不意にアキトが洩らした声に、俺はさっとアキトの視線の先を目で追った。
「ん?どうかしたの?ってああ、ハーレの屋台か」
「…まだ混んでるんだね」
なんでそこで申し訳なさそうな顔をするんだろうな。繁盛させてやったと胸を張っても良いぐらいだと思うんだが。
「アキトが気にしなくて大丈夫だよ」
「…そうかな?」
「むしろ見てよ、おじいさんのあの表情」
俺の言葉を聞いて、アキトは恐る恐る屋台の方へと視線を向けた。俺が言葉を尽くして説明するよりも、あの誇らし気な笑みを見て貰った方が絶対に早いだろう。
アキトはおじいさんの表情をじっと見つめてから、俺に向かってつぶやいた。
「笑ってる…」
「でしょう?それにあのおじいさんは根っからの商人って感じだったから、むしろ稼ぎ時だって喜んでるよ。俺が保証する」
あの店員はアキトに感謝している。それだけは確実だ。そうでなければあの商人らしい人が、次回来たらサービスするからなんて口にしないだろう。
「そう…だと良いな」
まだ少し気弱なアキトに、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべて囁いた。
「アキトのおかげで人気店の仲間入りかもね」
俺の言葉にきょとんとしたアキトは、次の瞬間にはううんと首を振った。
「俺のおかげじゃなくて、あのおじいさんの料理の腕のおかげだよ。美味しかったからね」
「うん、まあ確かにそうだね」
またハーレも食べに来ようねと、俺は笑いながらそう提案した。
無事に広場を抜け、のんびりと路地を進んでいく。
いつもの癖で気配探知をしながら歩いていると、これから進む路地の先に三つの気配があるのに気づいた。
三人は道を塞ぐようにして立っているが、敵意も殺意も無いな。とりあえず自分の目で確認してから判断しようと決めて、俺はアキトと一緒に路地を曲がった。
視界に飛び込んで来たのは、衛兵の制服を着た三人の男達の姿だった。そのうちの一人は知り合いのリーンだから、こいつらが偽衛兵だという可能性も無いな。
だがあのピリピリした雰囲気といつでも武器が抜ける体勢からして、何か事件でもあったんだろう。そんな風に分析している間に、衛兵たちに動きがあった。薄っすらと笑みを浮かべたリーンが、隊を代表してかこちらに近づいてくる。
「申し訳ないが、今はこの路地は閉鎖中なんだ」
「…何か、あったのか?」
リーンならきっと隠したりせずに情報を寄越すだろう。もし何かに気づいたら通報をしろって意味で、だが。
そう思って直球で尋ねれば、リーンは予想通りあっさりと口を開いた。
「ああ、手配中の盗賊が出たって話があってな。念のために確認中だからこの路地は迂回してくれるか?」
「そうか、分かった」
「ああ、もし路地の案内が必要なら俺が説明するが…?」
俺だと気づいているくせにニヤニヤ笑いながら尋ねてくるリーンに、俺は呆れ顔で即答した。
「大丈夫だ」
「まあお前ならそう言うよな。可愛い伴侶候補さんじゃないか」
何故知ってるんだと思ったのは、ほんの一瞬だけだった。こいつはアッシュの友人だから、まず間違いなくそこからだな。
「…あーアッシュか…?」
「おう、正解だ。まさかお前が伴侶候補を得るとは思わなかったけどお幸せにな」
さらりと祝いの言葉を口にしたリーンは、アキトに向かって小さく手を振ってから仲間の衛兵達の方へと去って行った。
「アキト、こっち」
「さっきの人、知り合いだったんだね」
「ああ、イーシャルでアキトも会った、元部下だったアッシュの友人だな」
「へぇーそうなんだ」
そこで、そういえばとやっと気づいた。アッシュに許可を出した事、アキトに言ってなかったな。これは素直に謝っておかないと。俺は慌てて口を開いた。
「あーアキトには言ってなかったんだが…実はアッシュに俺が伴侶候補を得たって話を広めても良いかって前にこっそり聞かれたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、勝手に許可してごめん。トリク祭りを一緒に回れるのが嬉しくて、言うのを忘れてたんだ」
情けない理由を口にしながら、俺はガックリと肩を落とした。
「別に謝らなくて良いよ。ハルの伴侶候補だって事は、別に誰に知られても困らないし」
アキトは怒るでも無く、嬉しそうにそんな事を言ってくれた。俺も誰に知られても困らないが、アキトがそう言ってくれるのは嬉しいな。
「そうか。ありがとう、アキト」
お礼の言葉を口にすれば、アキトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「俺もありがとう」
ん?なんでアキトがお礼を言うんだ?どういう意味だろうと考えるよりも前に、アキトが口を開いた。
「ハル、この次は右?左?」
「ああ、ここは左だね」
少し気にはなったけれど、アキトが誤魔化したいなら聞くのはやめよう。
俺はそう決めると、アキトの手を引いて歩き出した。
「この広場は防衛がしやすいように、わざと広場の奥から街中へは抜けられないような造りになってるんだ」
そう説明すれば、アキトはそうなんだとあっさりと納得してくれた。まあ実際は特別な権限のある人だけが鍵を開けられる抜け道が存在してるんだがな。
しかもその抜け道の場所や鍵を開けるための方法についてはともかく、存在だけは市民の噂話にまで出てくるような有名さだ。これは別に情報漏洩が起きたとかそういう厄介な話ではなく、いざという時に市民が慌てないようにとわざと流されているものだ。
アキトにも伝えておかないとなと、俺は話を続けた。
「一応いざという時のための抜け道というのも存在してはいるんだが、その場所は一般市民に公開はされていないし厳重に鍵がかかっているんだ」
アキトは今度はもの言いたげにじっと俺を見つめたけれど、すぐになるほど覚えておくねと笑ってくれた。
この察しの良さがアキトだよなぁ。
「やっぱりマルックスのグリルが良いな」
「おれの今日の気分は甘いクリームの入ったパンかな」
すれ違った人達が今日は何を食べようかと相談しているのを流し聞きながら、俺達は更に道を進んでいった。
「あ…」
不意にアキトが洩らした声に、俺はさっとアキトの視線の先を目で追った。
「ん?どうかしたの?ってああ、ハーレの屋台か」
「…まだ混んでるんだね」
なんでそこで申し訳なさそうな顔をするんだろうな。繁盛させてやったと胸を張っても良いぐらいだと思うんだが。
「アキトが気にしなくて大丈夫だよ」
「…そうかな?」
「むしろ見てよ、おじいさんのあの表情」
俺の言葉を聞いて、アキトは恐る恐る屋台の方へと視線を向けた。俺が言葉を尽くして説明するよりも、あの誇らし気な笑みを見て貰った方が絶対に早いだろう。
アキトはおじいさんの表情をじっと見つめてから、俺に向かってつぶやいた。
「笑ってる…」
「でしょう?それにあのおじいさんは根っからの商人って感じだったから、むしろ稼ぎ時だって喜んでるよ。俺が保証する」
あの店員はアキトに感謝している。それだけは確実だ。そうでなければあの商人らしい人が、次回来たらサービスするからなんて口にしないだろう。
「そう…だと良いな」
まだ少し気弱なアキトに、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべて囁いた。
「アキトのおかげで人気店の仲間入りかもね」
俺の言葉にきょとんとしたアキトは、次の瞬間にはううんと首を振った。
「俺のおかげじゃなくて、あのおじいさんの料理の腕のおかげだよ。美味しかったからね」
「うん、まあ確かにそうだね」
またハーレも食べに来ようねと、俺は笑いながらそう提案した。
無事に広場を抜け、のんびりと路地を進んでいく。
いつもの癖で気配探知をしながら歩いていると、これから進む路地の先に三つの気配があるのに気づいた。
三人は道を塞ぐようにして立っているが、敵意も殺意も無いな。とりあえず自分の目で確認してから判断しようと決めて、俺はアキトと一緒に路地を曲がった。
視界に飛び込んで来たのは、衛兵の制服を着た三人の男達の姿だった。そのうちの一人は知り合いのリーンだから、こいつらが偽衛兵だという可能性も無いな。
だがあのピリピリした雰囲気といつでも武器が抜ける体勢からして、何か事件でもあったんだろう。そんな風に分析している間に、衛兵たちに動きがあった。薄っすらと笑みを浮かべたリーンが、隊を代表してかこちらに近づいてくる。
「申し訳ないが、今はこの路地は閉鎖中なんだ」
「…何か、あったのか?」
リーンならきっと隠したりせずに情報を寄越すだろう。もし何かに気づいたら通報をしろって意味で、だが。
そう思って直球で尋ねれば、リーンは予想通りあっさりと口を開いた。
「ああ、手配中の盗賊が出たって話があってな。念のために確認中だからこの路地は迂回してくれるか?」
「そうか、分かった」
「ああ、もし路地の案内が必要なら俺が説明するが…?」
俺だと気づいているくせにニヤニヤ笑いながら尋ねてくるリーンに、俺は呆れ顔で即答した。
「大丈夫だ」
「まあお前ならそう言うよな。可愛い伴侶候補さんじゃないか」
何故知ってるんだと思ったのは、ほんの一瞬だけだった。こいつはアッシュの友人だから、まず間違いなくそこからだな。
「…あーアッシュか…?」
「おう、正解だ。まさかお前が伴侶候補を得るとは思わなかったけどお幸せにな」
さらりと祝いの言葉を口にしたリーンは、アキトに向かって小さく手を振ってから仲間の衛兵達の方へと去って行った。
「アキト、こっち」
「さっきの人、知り合いだったんだね」
「ああ、イーシャルでアキトも会った、元部下だったアッシュの友人だな」
「へぇーそうなんだ」
そこで、そういえばとやっと気づいた。アッシュに許可を出した事、アキトに言ってなかったな。これは素直に謝っておかないと。俺は慌てて口を開いた。
「あーアキトには言ってなかったんだが…実はアッシュに俺が伴侶候補を得たって話を広めても良いかって前にこっそり聞かれたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、勝手に許可してごめん。トリク祭りを一緒に回れるのが嬉しくて、言うのを忘れてたんだ」
情けない理由を口にしながら、俺はガックリと肩を落とした。
「別に謝らなくて良いよ。ハルの伴侶候補だって事は、別に誰に知られても困らないし」
アキトは怒るでも無く、嬉しそうにそんな事を言ってくれた。俺も誰に知られても困らないが、アキトがそう言ってくれるのは嬉しいな。
「そうか。ありがとう、アキト」
お礼の言葉を口にすれば、アキトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「俺もありがとう」
ん?なんでアキトがお礼を言うんだ?どういう意味だろうと考えるよりも前に、アキトが口を開いた。
「ハル、この次は右?左?」
「ああ、ここは左だね」
少し気にはなったけれど、アキトが誤魔化したいなら聞くのはやめよう。
俺はそう決めると、アキトの手を引いて歩き出した。
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