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652.不意打ちの

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 俺の顔が真っ赤になってるのは、たぶんジェイデンさんからもばっちり見えてたと思うんだけど、わざわざ言葉にして指摘されるような事は無かった。

 いや、店員さんがわざわざそんな事を口にしたりしないって分かってるんだけどね。気分の問題だ。たださっきまでのあの穏やかで優し気なジェイデンさんの笑みが、心なしか微笑ましそうな笑顔に変わったような気がするのは気のせいだよね。

 うん、きっと気のせいだ。気のせいだと思っておこう。

「それでは本を探して参りますので、しばしおくつろぎください」
「はい、お願いします」

 慌ててそう返せば、ジェイデンさんはにっこりと笑ってから部屋を出て行った。

 音も立てずにそっと閉められた扉に、俺はホッと息を吐いた。二人きりになった室内に肩の力を抜いた瞬間、不意にハルががばりと俺を覗き込んできた。

「わっ!ハル、何っ!?」

 不意打ちの動きにびっくりしすぎたせいで声がひっくり返ったけど、ハルは気にした様子もなくそのまま片手を伸ばした。

「んー…何でもないって言ってたけど、さっき顔が赤かったから気になってね」

 そう言いながら、ハルは手のひらでそっと確かめるように俺の頬に触れた。

「うん、特に熱は無い…みたいだね。気持ち悪かったりはしない?」

 至近距離で見つめられてそう尋ねるハルに、俺は息をのんだ。

 ああ、うん。これ手を使って熱を測ってくれてるのか。なるほどなるほど。俺が急に顔を赤くしたから、もしかしたら俺の具合が悪いのかもって心配してくれたんだな。さすがハル、優しいな――。

 なんて冷静に分析できてたのなんて、ほんの一瞬だけだったよね。

「しないっ!」

 とりあえず心配させないためにと反射的にそうは答えたけど、ぐんぐん頬に熱が集まってくるのが分かる。

 だってこれは無理だよ。

 ちょっと想像してみて欲しい。

 今俺はソファに座っていて、同じくソファに座っているハルと片手を繋いでる。その状態で、ハルは繋いでない方の片手で俺の頬に触れてるわけだ。身体ごと身を乗り出してなかば俺を抱きこむような体勢でね。

 至近距離で浴びた王子様笑顔よりも、更に数段やばいやつだ。

 そもそも普通は熱を測る時って額に触れない?なんで頬なの?だから余計にキスする前みたいに感じるんじゃないか。

「あれ、でもどんどん熱く…」

 心配そうに眉を寄せたハルに、俺は思わず口を滑らせた。

「さっきも今も、ハルが格好良すぎて慌てただけだから!」

 あ、言っちゃった。

 ハルは最初はきょとんとした顔で俺を見つめていたけど、じわじわと蕩けるような笑みを浮かべた。

「そんな事思ってくれてたんだ?言ってくれたら良かったのに」
「うう…ジェイデンさんがいたのに言えないよ」

 いや、他の人でも無理だと思うけど。いきなりいちゃつき出されたら困るでしょう。もし言えるとしたらカーディかな。カーディなら惚気話を聞いてから、自分も嬉々として惚気話を返してくれると思うから。

「アキトは恥ずかしがり屋だからなぁ」

 ニコニコ嬉しそうな顔をしたハルは、俺の頬から手を離すとそっとソファに座りなおした。

 キスしそうな距離だったけどしないんだ。ちょっとだけ残念だ。

 そんな事を考えてしまった自分に、自分自身が一番驚いた。

「ねぇ、アキト。そんな顔して誘惑しないで」
「してない」
「あー無自覚かー…口づけして欲しいって顔してたよ?」
「してないって…たぶん」

 ちょっと残念とか思ってしまったから、絶対にしてないって言える程の自信は無いんだよね。ぽそりとくっつけたたぶんという言葉に、ハルは笑いだした。

「俺はいつでもアキトに口づけしたいけどね、ここでしたらアキトが次にここに来た時に困るかもしれないでしょう?」
「あ…うん、そうだね」

 普通の態度でジェイデンさんに対応できない気がする。

「それに本気で口づけした後のとろんとしたアキトの顔は、他の誰にも見せたくないからね」

 さらりとそう言ってのけたハルのせいで、ジェイデンさんが戻ってくるまで俺の頬は真っ赤なままだったよ。
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