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651.セスミアの旅行記

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「もし他にもご希望の本があれば、お聞かせくださいね」

 いつの間にか取り出したこぶりな手帳に魔道具のペンでさらさらと記入しながら、ジェイデンさんは俺の方へちらりと視線を向けた。うーん、明らかに仕事ができる頼れる人って感じだな。あと執事っぽい。

 えっと、他って言うと…。あ、一冊だけ思いついたな。

「あの、前に買わせてもらった旅行記、まるでそこを旅してる気分になれてすごく楽しかったんです。もしああいう雰囲気の本が、他にもあれば…ぜひ欲しいです」

 セスミアの旅行記って名前だから最初はセスミアさんって人が書いた本だと思ってたから、まさかのセスとミアっていう姉弟が書いた本だっって知った時はびっくりしたなぁ。

 でもこれがね、読めば読むほど楽しい本だったんだ。

 本の中で説明されてる場所はほとんどが行った事が無い場所だったけど、風景から食べ物までしっかりと文章や絵で説明されてるから、本当にそこを旅してる気分になれるんだよ。

 実際に行ってみたいなーって思った場所もいくつかできたんだ。いつかハルと一緒に行けたら良いなと密かに考えてる。

 あと、たまーに混ざる姉弟らしいエピソードも面白かったな。文章を読んでるだけでも本当に仲が良いんだなって伝わってくるぐらい仲良しなのに、美味しかった料理の最後の一口を奪い合って真剣勝負してたりするんだよ。

 まあ真剣勝負って言っても、勝負の内容はカードゲームとかコイントスとかあくまで平和なものなんだけどね。だからこそ、そんなゲームに真剣に取り組む二人の鬼気迫るやり取りが、面白くてたまらなかった。

 まさか旅行記を読んで、あんなに笑うとは思わなかったよ。

 あ、あとトライプールについての説明があったのも地味に嬉しかったな。あ、ここ知ってる!って場所が本の中に出てくると、不思議と嬉しいもんだよね。

「なるほど。気に入って頂けたようで幸いです」

 あれはジェイデンさんがお勧めしてくれてなかったら、きっと出会えてない本だ。

「はい、あれは本当にお気に入りの本です、ありがとうございました」
「いえ、とんでもない」

 ふわりと笑ったジェイデンさんは、手帳をパラパラとめくりながら口を開いた。

「アキト様にお買い求め頂いたのは、セスミアの旅行記で間違いないでしょうか?」
「はい」

 もしかしたらその手帳に、誰が何を買ったかまで書かれてるのかな。いやでも例えメモがあっても、たくさんのお客さんの情報がその一冊に書いてあったら、そのページに辿り着くのも難しそうな気がするな。

「それならちょうど、セスミア旅行記の続編が入荷しておりますがいかがでしょうか?」
「え、本当ですか?」

 いや、こんなに頼れる店員さんが、こんなタイミングで嘘を吐くわけないよね。絶対ないって分かってるのに、咄嗟に口から出ちゃったんだよ。

 ジェイデンさんは慌てる俺に呆れるでもなく、すぐに穏やかな笑顔で頷いてくれた。ううん、優しい。

「ではこちらもお持ちしますね」
「はい、お願いします!」

 他には何かありますかと聞いてくれたけど、とりあえずはそのぐらいかな。持ってきてくれる料理本も、何冊気に入るか分からないからね。

「とりあえずそれでお願いします」
「かしこまりました」

 ジェイデンさんは手帳をちらりと見てから、今度はハルに視線を向けた。

「ハル様」
「なんだ?」
「もし私が担当をさせて頂いてもよろしければ、ハル様にも本をお持ち致しますが…いかがでしょうか?」

 ハルは少しだけ考えてから、笑顔で頷いた。

「ああ、じゃあ頼もうかな」
「ハル様はどういった本がご入用でしょうか?」
「そうだな…最新の魔物研究の本の中から、信頼に足ると思うものを何冊か頼めるか」
「私の主観でよろしいでしょうか?」
「ああ、まかせる」

 へぇ、魔物研究の本か。そんなのもあるんだね。しかも最新のって事は、他にもいっぱい種類があるって事だよね。さすが異世界だな。

 そんな事を考えながら何げなくハルの方を見れば、もし興味があればアキトも読んでみてねと柔らかい笑みが降ってきた。

 う、隣合わせでソファに腰かけているせいで、全く回避できなかった。

 この至近距離で浴びるハルの王子様笑顔に、頬が熱くなっていく。

「アキト、どうかしたの?」

 不思議そうなハルに、俺は視線を反らしながら答えた。

「何でもない」

 ハルの顔が格好良すぎるせいですとは言えなかった。
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