上 下
637 / 1,112

636.カーディの惚気

しおりを挟む
「よし、それじゃあ折角だし一緒に行くか!」

 明るい笑顔でそう提案したカーディに、俺とハルは顔を見合わせてからすぐに揃って頷いた。

 店の詳細までは聞いてないんだってハルも言ってたしね。そもそもどんな料理なのかすら知らないんだし、もしカーディの好きそうなお店がいくつかあったら、どれが正解かすら分からないっていう残念な事になる所だったんだ。

 そんな行き当たりばったりの俺達の前に、まさかの本人が現れてお気に入りのお店に案内してくれるって言うんだから断る理由なんて無い。

「それにしても、今日はクリスは一緒じゃないんだな?」

 三人で並んで歩き出すと、不意にハルが口を開いた。

 ああ、確かに。クリスさんが一緒じゃないのには、俺もちょっとびっくりした。ずっと二人で一緒にいる所ばかり見てたから、それが普通のような気がしてたんだよね。

「こんな所に来るって言ったら絶対について来そうなのにな」

 あーうん。人が多い場所にこんなに可愛いカーディを一人で行かせて何かあったら、心配でたまらないですとか言いそうだよね。クリスさんなら。

 カーディはハルの質問に、苦笑を浮かべながら答えた。

「あー昨日さ、冒険者ギルドに行って報告した後から、あいつ、ず――――っとあの赤い魔石をいじってるんだよ」
「え、ずっと!?」
「ああ、ずっとだな」
「寝てないの?」

 恐る恐る尋ねれば、カーディはいいやとあっさりと否定してくれた。良かった、寝てはいるんだ。ずっとってのは起きてる間はずっとって意味なのかな。そう考えを巡らせた瞬間、カーディは困った顔で続けた。

「クリスが一緒に寝ないなら俺も徹夜するって言って脅したら、何とか寝てはくれたんだ」
「脅した」
「えっとな…それぐらいしないと寝ないんだよ、クリスは」

 魔道具の事に夢中になると自分の事は一切気にしなくなるのに、俺のためなら寝ないと駄目だって思うらしいから仕方なくなとそうさらりと続ける。愛されてるね、カーディ。

「じゃあクリスは家にいるのか」
「ああ、家というか店というか…多分俺が出てきたのにも気づいてないぞ」

 あんなに自分の伴侶が大好きなあのクリスさんが、大事な大事なカーディの不在に気づかないって…そんな事ある?

 びっくり顔で見つめてしまったけれど、カーディは重々しく頷いただけだった。

 あ、うん。その反応で分かったよ。本当に気づかないんだな。

「なるほど…カーディさんは、一人で昼食の買い出しに来たのか」
「ああ。適当な飯を用意しても後で食べるって言うのが分かってるから、あえて俺の好物を買いたくてな」
「えっと、クリスさんの好物じゃなくて?」
「まあそこの屋台飯はクリスも好きだが…こういう時は俺の好物を用意して、お前のために俺がわざわざ買ってきたのに食べないのか?って言った方が食べるんだよ」

 なるほど。こういう時のクリスさんにご飯を食べさせるための攻略法がそれって事か。

「それは…大変だな」

 何と言えば良いのか言葉に悩んだらしいハルは、しばらく黙り込んでからぽそりとそう返した。きっと考えに考えてやっと出た言葉なんだろうな。俺なんて何て言って良いかわららなくて黙ったままだから、ハルはすごいと思う。

「うん…まあ、そうだな。正直に言えば楽では無いし大変なんだが…そういう所も可愛いと思うんだから仕方ない」

 さらりと返ってきたカーディのそんな言葉に、俺は思わず頬を赤く染めてしまった。

 何ていうかこう、カーディはクリスさんの事を愛おしいと思ってるんだなってのをしみじみ実感しちゃったんだよ。下手な惚気話よりも強烈な言葉だった。

「あれ、アキト、なんで赤くなってるんだ?」

 カーディは不思議そうな顔だけど、隣を歩いているハルは気持ちは分かるよと言いたげな優しい笑みを見せてくれた。うう、ハルの優しさが染みる。

「さっきの言葉でカーディがクリスさんの事を大好きなんだなーって実感したからだよ。惚気話よりも強烈だったからね!」

 恥ずかしくなってもおかしくないと思うと必死で主張した俺に、カーディはへらりと笑ってみせた。

「ああ、まあな。それにアキトもハルの事大好きだろうが」

 揶揄ったらあっさり肯定された上に、予想外の返しが返ってきてしまった。

「あ…うん、それは…そうだね」

 その言葉を否定もできないからと頬を赤く染めながら肯定すれば、繋いだままだった手がキュッと握られた。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...