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632.【ハル視点】胸のつかえ
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「どうしてそこまでピリピリしてるんだろうと不思議には思っていましたが…そんな事情でしたら心配になるのも無理は無いですね…」
事情を聞いたカルツさんはそう言うと、ちらりと俺に視線を向けた。
「しかしまだアキトさんだと決まったわけでは無いんですよね?」
そう、アキトだと決まったわけでは無い。分かっているんだがな。
「ああ、もちろん他にも召喚された異世界人がいるのかもしれないとも思うんだ。だが…同時にもしアキトの事だったらどうしようとどうしても頭を過るんだ」
誰かに噂をされていたと聞いただけで、もしかしたらと警戒してしまう。明らかに過剰な反応だと分かっているのに、理性だけで抑える事ができない。
何があってもアキトを連れ去らせたりしないという意思はある、だがどうしても心の片隅でもしもの場合を考えてしまうんだ。
ああ、自分でも呆れるぐらい情けない反応だな。自嘲の笑みを浮かべた俺に、カルツさんは真剣な表情で尋ねてきた。
「あの、ハルさん、いくつか質問をしても良いでしょうが?」
「ああ、なんだ?結界もあるしあなたの質問になら何でも答えるぞ」
カルツさんなら、俺のこの感情をどうにしかしてくれるだろうか。そんな淡い期待をしながら、俺はすぐに質問を快諾した。
「嫌な想像になりますが…」
そう前置きしたカルツさんに、俺はコクリと頷いた。
「もし、もし万が一にも、アキトさんを取り戻そうとその国の人がやって来たとしたら、ハルさんはその時はどうしますか?」
「全力で抗う」
質問を理解した瞬間、反射的にそう答えてしまった。考えた事も無かったが、もしそうなったとしたら俺は全力を持ってして徹底的に抗うだろう。
「その場合のハルさんの思う全力というと…具体的にはどうなりますか?」
「そうだな…まず家族に頭を下げてでも辺境領伯の力は使うだろうな。他国でもそれなりに有名だからどこが相手でも圧力ぐらいはかけられるだろう」
俺はそう言って指折り数え始めた。
「ああ、それに王国間の問題になるならちょうどトライプール騎士団の管轄だから巻き込めるな」
少なくともトライプール領主と団長は絶対に味方になるぞと、ハルはもう一本指を曲げながらさらりと続けた。
「それに俺の友人や知人達にも声をかけないとな。幸い冒険者から騎士に衛兵まで、知り合いは多いからな。アキトのためならって奴も何人も思い浮かぶし…」
ちらりと視界の端で捕らえたアキトは、そんな人いるかなと言いたげにゆるりと首を傾げている。アキトは本当に周りに好かれている自覚が無いらしい。
まずレーブンとローガンは確実に参加するし、冒険者ギルドのメロウと――ギルマスもきっと来るだろう。あのギルマスはきちんと任務をこなしてくれる冒険者には、かなり甘いからな。既にアキトの事はお気に入りの冒険者入りしている筈だ。
ああ、アキトの魔法の師匠でもある金級のドロシーも弟子の危機だと聞けば確実に来るだろうし、そうなればドロシーの相棒である同じく金級のトーマスも確実に参加する。
ああ、それにルセフ達四人も絶対に参加するよな。
クリスとカーディさんは魔導具の提供とかで助力してくれそうだ。
そんな事をつらつらと考えていると、カルツさんはぼそりと呟いた。
「それは…本当に全力ですね?」
「ああ、俺が持つ権力だろうと人脈だろうと、全てを使って、何がなんでもアキトを守る覚悟だ。もしどうしても抗えない相手なら、何もかも捨ててアキトについていくよ」
アキトが一緒にいてくれるなら、別に他国に移住したって良いんだ。どこにいるかより誰といるかの方が大事なんだからな。
「ええ、ハルさんはそういう人ですよね」
カルツさんはそう言うとふわりと満面の笑みを浮かべた。なぜ笑ったのかと戸惑った俺とアキトをじっと見つめてから、カルツさんはふふと声を上げて笑いだした。
「私は今の質問の答えで、心配はいらないんだなと思いましたよ」
「…なぜ?」
「例えその異世界人がアキトさんだったとしても、ハルさんが全力を出すなら何の問題もなく守り通せるだろうなと思ったからですよ」
そもそもあのハロルド様が権力や人脈まで駆使して守ると言っているのに、心配をするなんて逆に失礼でしょうとカルツさんはさらりと続けた。
そこまで言われたら、もう苦笑するしかないな。ちょっと買いかぶり過ぎじゃないかと口にしようとした瞬間、アキトが口を開いた。
「俺もそう思う――それに、もしもの時は俺も戦うからね!」
ハルと引き離されるぐらいなら、俺も人に対して魔法ぐらい放てるよとアキトは続けた。
「そうか…うん、そうだな」
もしかしたらを想定するのも警戒するのも必要な事だが、視野を狭めるのは逆に危険が増すのかもしれない。それよりも全力で叩き潰すと決めておく方が、いざという時に動きやすい。アキトだって強いんだ。そうそう無抵抗で連れ去られたりなんかしないよな。
そう思えば、何だか一気に胸のつかえが消えた気がする。
「いつものハルさんに戻りましたね」
「ああ、ありがとう。胸が軽くなった気がするよ。カルツさん、あなたに話して良かった」
気にしすぎだとも、もっと警戒するべきだとも言わず、ただ俺とアキトを信じてくれた。
「光栄です」
ふふと笑ったカルツさんは、とはいえ情報は大事ですからと、何か気になる噂話を聞いたら伝えましょうと約束してくれた。何ともありがたい味方だな。
事情を聞いたカルツさんはそう言うと、ちらりと俺に視線を向けた。
「しかしまだアキトさんだと決まったわけでは無いんですよね?」
そう、アキトだと決まったわけでは無い。分かっているんだがな。
「ああ、もちろん他にも召喚された異世界人がいるのかもしれないとも思うんだ。だが…同時にもしアキトの事だったらどうしようとどうしても頭を過るんだ」
誰かに噂をされていたと聞いただけで、もしかしたらと警戒してしまう。明らかに過剰な反応だと分かっているのに、理性だけで抑える事ができない。
何があってもアキトを連れ去らせたりしないという意思はある、だがどうしても心の片隅でもしもの場合を考えてしまうんだ。
ああ、自分でも呆れるぐらい情けない反応だな。自嘲の笑みを浮かべた俺に、カルツさんは真剣な表情で尋ねてきた。
「あの、ハルさん、いくつか質問をしても良いでしょうが?」
「ああ、なんだ?結界もあるしあなたの質問になら何でも答えるぞ」
カルツさんなら、俺のこの感情をどうにしかしてくれるだろうか。そんな淡い期待をしながら、俺はすぐに質問を快諾した。
「嫌な想像になりますが…」
そう前置きしたカルツさんに、俺はコクリと頷いた。
「もし、もし万が一にも、アキトさんを取り戻そうとその国の人がやって来たとしたら、ハルさんはその時はどうしますか?」
「全力で抗う」
質問を理解した瞬間、反射的にそう答えてしまった。考えた事も無かったが、もしそうなったとしたら俺は全力を持ってして徹底的に抗うだろう。
「その場合のハルさんの思う全力というと…具体的にはどうなりますか?」
「そうだな…まず家族に頭を下げてでも辺境領伯の力は使うだろうな。他国でもそれなりに有名だからどこが相手でも圧力ぐらいはかけられるだろう」
俺はそう言って指折り数え始めた。
「ああ、それに王国間の問題になるならちょうどトライプール騎士団の管轄だから巻き込めるな」
少なくともトライプール領主と団長は絶対に味方になるぞと、ハルはもう一本指を曲げながらさらりと続けた。
「それに俺の友人や知人達にも声をかけないとな。幸い冒険者から騎士に衛兵まで、知り合いは多いからな。アキトのためならって奴も何人も思い浮かぶし…」
ちらりと視界の端で捕らえたアキトは、そんな人いるかなと言いたげにゆるりと首を傾げている。アキトは本当に周りに好かれている自覚が無いらしい。
まずレーブンとローガンは確実に参加するし、冒険者ギルドのメロウと――ギルマスもきっと来るだろう。あのギルマスはきちんと任務をこなしてくれる冒険者には、かなり甘いからな。既にアキトの事はお気に入りの冒険者入りしている筈だ。
ああ、アキトの魔法の師匠でもある金級のドロシーも弟子の危機だと聞けば確実に来るだろうし、そうなればドロシーの相棒である同じく金級のトーマスも確実に参加する。
ああ、それにルセフ達四人も絶対に参加するよな。
クリスとカーディさんは魔導具の提供とかで助力してくれそうだ。
そんな事をつらつらと考えていると、カルツさんはぼそりと呟いた。
「それは…本当に全力ですね?」
「ああ、俺が持つ権力だろうと人脈だろうと、全てを使って、何がなんでもアキトを守る覚悟だ。もしどうしても抗えない相手なら、何もかも捨ててアキトについていくよ」
アキトが一緒にいてくれるなら、別に他国に移住したって良いんだ。どこにいるかより誰といるかの方が大事なんだからな。
「ええ、ハルさんはそういう人ですよね」
カルツさんはそう言うとふわりと満面の笑みを浮かべた。なぜ笑ったのかと戸惑った俺とアキトをじっと見つめてから、カルツさんはふふと声を上げて笑いだした。
「私は今の質問の答えで、心配はいらないんだなと思いましたよ」
「…なぜ?」
「例えその異世界人がアキトさんだったとしても、ハルさんが全力を出すなら何の問題もなく守り通せるだろうなと思ったからですよ」
そもそもあのハロルド様が権力や人脈まで駆使して守ると言っているのに、心配をするなんて逆に失礼でしょうとカルツさんはさらりと続けた。
そこまで言われたら、もう苦笑するしかないな。ちょっと買いかぶり過ぎじゃないかと口にしようとした瞬間、アキトが口を開いた。
「俺もそう思う――それに、もしもの時は俺も戦うからね!」
ハルと引き離されるぐらいなら、俺も人に対して魔法ぐらい放てるよとアキトは続けた。
「そうか…うん、そうだな」
もしかしたらを想定するのも警戒するのも必要な事だが、視野を狭めるのは逆に危険が増すのかもしれない。それよりも全力で叩き潰すと決めておく方が、いざという時に動きやすい。アキトだって強いんだ。そうそう無抵抗で連れ去られたりなんかしないよな。
そう思えば、何だか一気に胸のつかえが消えた気がする。
「いつものハルさんに戻りましたね」
「ああ、ありがとう。胸が軽くなった気がするよ。カルツさん、あなたに話して良かった」
気にしすぎだとも、もっと警戒するべきだとも言わず、ただ俺とアキトを信じてくれた。
「光栄です」
ふふと笑ったカルツさんは、とはいえ情報は大事ですからと、何か気になる噂話を聞いたら伝えましょうと約束してくれた。何ともありがたい味方だな。
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