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628.【ハル視点】リコーヴェ菓子店の店内で
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「あまり他の場所では見ないけど、王都とトライプールではわりと人気な菓子なんだよ」
にっこり笑顔でそう声をかけたけれど、そこで説明に詰まってしまった。
あの反応からして、アキトはキャラメルを知らないのかもしれない。
トライプールと王都ではわりと人気とはいえ、もちろんキャラメルを知らない人もそれなりにいるだろう。だからキャラメルを知らなくても、特に問題は無い。
だが、キャラメルを知らない人を相手に、一体どう説明すれば通じるのかがいまいち想像できない。俺は少し悩みながらも、アキトを見つめて口を開いた。
「うーん、俺も作り方までは知らないんだけど、キャラメルっていうのは濃厚な甘みのある柔らかい飴のような…いや、飴では無いか…?じゃあ何って言われると困るんだが…」
うーん、この説明は本当に難易度が高いな。せめて作り方を知っていれば、こういう材料でこうやって作るんだよと説明できたんだが。
さてどう説明しようかと悩む俺に、アキトは慌てた様子で声を上げた。
「ハル、ごめん。俺多分だけどキャラメルは知ってる…と思う」
「あれ?そうなの?」
さっきはあんなにきょとんとしながら繰り返してたのに?
「ここでその単語が出てくると思ってなかったから、びっくりしただけなんだ」
ああ、あれはびっくりした方の表情だったのか。アキトの感情を読み間違えた事が、少しだけ――いや、かなり悔しいな。
「いや、謝らなくて良いよ。俺が勝手に勘違いしたんだし」
内心では悔しがっている事など綺麗に隠して、俺は笑顔でそう答えた。
「それなら…説明ありがと、ハル」
「どういたしまして」
買うものが決まっている常連が多いからなのか、並んでいる列の進みは今日も速い。アキトと楽しく話し込んでいると、あっという間に俺達の順番が回ってきた。前に二十人以上も並んでいたとは思えない早さだ。
「いらっしゃいませ、リコーヴェ菓子店へようこそ。ゆっくりご覧になってください」
明るい笑みを浮かべた店員に迎え入れられた店内には、様々な種類のお菓子が所せましとずらりと並んでいる。キラキラと目を輝かせているアキトは、楽し気に周りを見回していた。
この店は入店者数を制限しているため、店内にいるのは数組の客だけだ。おかげで商品が見やすいのは嬉しい。
それにこの店では、何を買うのかと店員に急かされる心配が無い。店主の意向らしく、ゆっくりと見て選んでくれと放っておいてくれる。まあゆっくりと選ぶ客もいれば、あっと言う間に注文を告げてすぐに出ていく客もいるんだが。
「アキト、どれにする?」
「さっきハルがお勧めしてくれてた木の実のケーキってまだある?」
そう尋ねてきたアキトは、ちらちらと店内で一番派手なケーキの方を盗み見ている。
アキトの好みは派手すぎないものだから、まさかあれじゃないかと心配なんだろうなとすぐに理解できた。アキトのいた世界の野菜や果物は、もっと地味な色合いだったと言っていたからな。
「うん、まだあるね。あれだよ」
そっと指差して囁けば、アキトはさっと指の指す方へと視線を向けた。もちろん俺がお勧めしたのは、アキトの好きそうな見た目は地味だが味は絶品のケーキだ。
まじまじと木の実のケーキを見つめたアキトは、分かりやすくキラキラと目を輝かせた。よし、アキトの好みにぴったりだったみたいだな。
「うん、すごく美味しそう!」
「実際美味しいよ。あ、今の時期だと、トスの木の実を使ってるんだって。少し硬めだけどアキトは好きだと思うよ」
しっかりと炒ってあるトスの木の実は、香ばしい風味とその硬さが特徴だ。ケーキに入れてもカリカリとした食感が残るんだが、アキトは食感のあるものも好きだからきっと気に入るだろう。
「あれは買おう。えっと、ハルの好きなキャラメルは?」
「あの辺りだね」
店の隅の方にあるキャラメルの並ぶ一角へと近づいていくと、アキトは口を開いて見入っていた。キャラメルを知ってるっていってたのに、えらく可愛らしい反応だな。
「ちなみに、ハルが好きなのはどの色なの?」
「前は白と茶色が好きだったんだけど…」
こうして改めてキャラメルが並んでいるのを見ると、気が変わってしまった。以前なら目にも止めなかった色が目に飛び込んできたせいだ。
「…ん?前は?」
不思議そうに首を傾げたアキトに、俺は笑って答えた。
「今回はね、黒も買ってみようかなと思ってるんだ」
「へー黒は食べた事無いの?」
「うん、無いね。何種類か試してみたんだけど白と茶色が特別に好きだなって思ったから、俺も全色制覇はしてなかったんだ」
ずーっと白と茶色を買ってたんだと教えれば、アキトはきょとんと俺を見つめてきた。
「じゃあなんで急に違うのを買おうと思ったの?」
やっぱり気になるか。俺が黒いキャラメルを買いたいと思った理由は、あまりにも単純なんだけどな。俺はふふと小さく笑ってから、アキトの耳元にそっと口を近づけた。
「アキトの髪の色だからね」
俺の言葉に息を吞んだアキトは、そのまま固まってしまった。なんだその反応、可愛いな。
じわじわと耳まで赤く染まっていくアキトが動き出すまで、俺はじっとアキトの様子を見守っていた。
にっこり笑顔でそう声をかけたけれど、そこで説明に詰まってしまった。
あの反応からして、アキトはキャラメルを知らないのかもしれない。
トライプールと王都ではわりと人気とはいえ、もちろんキャラメルを知らない人もそれなりにいるだろう。だからキャラメルを知らなくても、特に問題は無い。
だが、キャラメルを知らない人を相手に、一体どう説明すれば通じるのかがいまいち想像できない。俺は少し悩みながらも、アキトを見つめて口を開いた。
「うーん、俺も作り方までは知らないんだけど、キャラメルっていうのは濃厚な甘みのある柔らかい飴のような…いや、飴では無いか…?じゃあ何って言われると困るんだが…」
うーん、この説明は本当に難易度が高いな。せめて作り方を知っていれば、こういう材料でこうやって作るんだよと説明できたんだが。
さてどう説明しようかと悩む俺に、アキトは慌てた様子で声を上げた。
「ハル、ごめん。俺多分だけどキャラメルは知ってる…と思う」
「あれ?そうなの?」
さっきはあんなにきょとんとしながら繰り返してたのに?
「ここでその単語が出てくると思ってなかったから、びっくりしただけなんだ」
ああ、あれはびっくりした方の表情だったのか。アキトの感情を読み間違えた事が、少しだけ――いや、かなり悔しいな。
「いや、謝らなくて良いよ。俺が勝手に勘違いしたんだし」
内心では悔しがっている事など綺麗に隠して、俺は笑顔でそう答えた。
「それなら…説明ありがと、ハル」
「どういたしまして」
買うものが決まっている常連が多いからなのか、並んでいる列の進みは今日も速い。アキトと楽しく話し込んでいると、あっという間に俺達の順番が回ってきた。前に二十人以上も並んでいたとは思えない早さだ。
「いらっしゃいませ、リコーヴェ菓子店へようこそ。ゆっくりご覧になってください」
明るい笑みを浮かべた店員に迎え入れられた店内には、様々な種類のお菓子が所せましとずらりと並んでいる。キラキラと目を輝かせているアキトは、楽し気に周りを見回していた。
この店は入店者数を制限しているため、店内にいるのは数組の客だけだ。おかげで商品が見やすいのは嬉しい。
それにこの店では、何を買うのかと店員に急かされる心配が無い。店主の意向らしく、ゆっくりと見て選んでくれと放っておいてくれる。まあゆっくりと選ぶ客もいれば、あっと言う間に注文を告げてすぐに出ていく客もいるんだが。
「アキト、どれにする?」
「さっきハルがお勧めしてくれてた木の実のケーキってまだある?」
そう尋ねてきたアキトは、ちらちらと店内で一番派手なケーキの方を盗み見ている。
アキトの好みは派手すぎないものだから、まさかあれじゃないかと心配なんだろうなとすぐに理解できた。アキトのいた世界の野菜や果物は、もっと地味な色合いだったと言っていたからな。
「うん、まだあるね。あれだよ」
そっと指差して囁けば、アキトはさっと指の指す方へと視線を向けた。もちろん俺がお勧めしたのは、アキトの好きそうな見た目は地味だが味は絶品のケーキだ。
まじまじと木の実のケーキを見つめたアキトは、分かりやすくキラキラと目を輝かせた。よし、アキトの好みにぴったりだったみたいだな。
「うん、すごく美味しそう!」
「実際美味しいよ。あ、今の時期だと、トスの木の実を使ってるんだって。少し硬めだけどアキトは好きだと思うよ」
しっかりと炒ってあるトスの木の実は、香ばしい風味とその硬さが特徴だ。ケーキに入れてもカリカリとした食感が残るんだが、アキトは食感のあるものも好きだからきっと気に入るだろう。
「あれは買おう。えっと、ハルの好きなキャラメルは?」
「あの辺りだね」
店の隅の方にあるキャラメルの並ぶ一角へと近づいていくと、アキトは口を開いて見入っていた。キャラメルを知ってるっていってたのに、えらく可愛らしい反応だな。
「ちなみに、ハルが好きなのはどの色なの?」
「前は白と茶色が好きだったんだけど…」
こうして改めてキャラメルが並んでいるのを見ると、気が変わってしまった。以前なら目にも止めなかった色が目に飛び込んできたせいだ。
「…ん?前は?」
不思議そうに首を傾げたアキトに、俺は笑って答えた。
「今回はね、黒も買ってみようかなと思ってるんだ」
「へー黒は食べた事無いの?」
「うん、無いね。何種類か試してみたんだけど白と茶色が特別に好きだなって思ったから、俺も全色制覇はしてなかったんだ」
ずーっと白と茶色を買ってたんだと教えれば、アキトはきょとんと俺を見つめてきた。
「じゃあなんで急に違うのを買おうと思ったの?」
やっぱり気になるか。俺が黒いキャラメルを買いたいと思った理由は、あまりにも単純なんだけどな。俺はふふと小さく笑ってから、アキトの耳元にそっと口を近づけた。
「アキトの髪の色だからね」
俺の言葉に息を吞んだアキトは、そのまま固まってしまった。なんだその反応、可愛いな。
じわじわと耳まで赤く染まっていくアキトが動き出すまで、俺はじっとアキトの様子を見守っていた。
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