生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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623.【ハル視点】トリク香水

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 明日の食事会への差し入れが決まると、アキトは眠たそうに目をこすり出した。料理上手な二人に何を差し入れすればと心配していたようだから、無事に決まった事で気が緩んだんだろうな。

「アキト、今日は早めに寝ようか、さすがに疲れたでしょう?」

 驚かせないようにそっと声をかければ、アキトは少し考えてからコクンとひとつ頷いた。眠気のせいか幼い仕草になっているのも可愛いな。

「うん、そうだね…ちょっと眠い」

 まああれだけたくさんの魔力を使ったんだからな。むしろ部屋の中に着くまで起きていられただけでも、アキトはすごいんだが。

「やっぱり。それでね折角だからこれ、試してみないかなと思って…」

 そう提案しながら俺が取り出したのは、トリク祭りで手に入れたトリクの花の香水だ。疲れているアキトにはぐっすりと眠って欲しいから、安眠効果のあるこの香水ならちょうど良い。パァッと笑みを浮かべたアキトは、じっと俺の手の香水を興味深そうに見つめている。

「はい、どれにするかはアキトが選んでくれる?」

 どうせならアキトに選んで貰いたいなと、三種類の香水瓶をずらりと机の上に並べてみた。アキトは迷った様子で視線を動かしていたけれど、不意に上目遣いに俺を見つめてきた。

「ハル、すでにねむいんだけど…つかっていいのかな?」

 心配そうなアキトに、俺はすぐにもちろんと返した。 

「気持ちよく寝られればそれで良いんだよ、直観で良いからどれか選んで?」
「んーじゃあしろいやつ」

 よし、白だな。俺はすぐに香水瓶を手に取った。アキトの枕に向けてプシュッと一吹きしてから、今度は自分の枕にも一吹きして、くるりとアキトを振り返った。

「はい、これで準備完了だよ。ほら、アキトも嗅いでみて」
「んー…?」

 アキトは言われるがままにそっとベッドに近づいていくと、くんくんと小さく鼻を動かした。可愛い仕草についつい微笑みながら、俺も一緒になって香りを嗅いでみる。うん、これはかなり良い香りだな。

 爽やかなトリクの花の香りと、その向こう側にほんのすこしだけ刺激的な香辛料のような香りも感じる。

「どう?アキトの好きな香りかな?」

 俺は好きだけどアキトはどうかなと感想を尋ねてみれば、アキトはふにゃりと笑みを返してくれた。

「うん…これ、すきなかおり…」

 アキトは香りを堪能しながら、ベッドに倒れこむようにして寝転がった。このままだとうつ伏せのまま眠ってしまいそうだな。俺は慌ててアキトの身体の向きを変えた。少しも抗わずにされるがままでコロンと転がったアキトは、ふふと小さく笑いながらぽつりと言葉を洩らした。

「かほごだ」

 過保護…だっただろうか。

「でもうれしい」

 そうか、嬉しいと言ってくれるのか。

「ハル…やさし…」

 へにゃりと笑って呟くアキトは可愛い。

 すごく可愛いんだが――これって多分考えてる事が口から出てる事に、アキト本人は気づいていないよな。もし指摘すれば恥ずかしがるだけだろうし、わざわざ指摘したりはしないけど、このままイチャイチャしていたくなるから困る。

 アキトは疲れてるんだから、絶対にそれは駄目だ。

「好きな香りで良かったよ。ほら、ゆっくりおやすみ、アキト」

 これ以上本音を聞いていたら俺の理性が危ないかもしれない。そう考えた俺は、とにかくアキトを寝かしつける事に決めた。

 誰かを寝かしつける事なんて、今までの人生で一度もした事が無い。年の離れた弟は、ベッドに寝転がれば一瞬で寝れる子だったしな。

 うろ覚えの知識を駆使して、俺はアキトのお腹のあたりをぽんぽんと優しく叩いてみた。たしか手の温かさと振動で眠気を誘うって、いつか見た本で読んだ気がする。

 アキトはトロトロと目を閉じては開いてを繰り返しているから、どうやら効果はあるみたいだ。大きなあくびをしたアキトは、涙目で俺を見上げながらそっと口を開いた。

「…やすみ、ァル」

 こんなに眠そうな時でも、おやすみって言ってくれるんだな。じわじわと胸の中が温かくなってくる。

「うん、おやすみ、アキト」

 良い夢を見てねと額に軽く口づけを落とすと、アキトはすこし身じろぎして俺の手をキュッと握ってくれた。ああ、可愛いなぁ。ふわりと香る花の香りを感じながら、俺もそっと目を閉じた。
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