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620.噂の元は

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「黙っているのも、何だか騙すようで嫌だなと思ったんですが…突然こんな話をしてすみません」

 そう申し訳なさそうに続けたカルツさんに、俺は一体どこで知ったんだろうとただただ不思議に思っていた。

 こういう時に察しの良いハルなら説明してくれるかなとちらりと視線を向けてみたけど、珍しくも視線は全く合わなかった。ハルは何も言わずに黙り込んだまま、強張った顔でカルツさんを見つめていた。

「なあ、カルツさん。その情報をいつ、どこで、どんな奴から聞いたのか…聞いても良いか?」

 不意に口を開いて質問したハルの声が、あまりに冷えきっていて驚いてしまった。こんなハルの声は、今まで一度も聞いた事は無いと思う。表情も明らかに強張っているし、纏う空気までピリピリしてるように感じる。

「ええ、もちろんです。実は昨日、冒険者らしき方々が話しているのを聞いたんです」
「冒険者らしき奴ら…そいつらの見た目や特徴は説明できるか?」

 警戒心を露わにしたハルの質問に、カルツさんは慌てた様子で手を振った。

「あの、そんなに警戒する必要はありませんよ」
「警戒する必要が無い…とは?」

 ハルのいっそ睨むような視線にも怯まずに、カルツさんは答えた。

「ええ。紛らわしい言い方をしてしまいましたね…おそらくあの方々は、お二人のお知り合いなのだと思います」
「…知り合いだと判断した理由は何だ?」

 疑うように尋ねられても、カルツさんの穏やかな笑みは少しも揺らがなかった。

「まさかハルとアキトが伴侶候補になるとはなと一人が口にしたら、別に意外でも無いだろうと他の人達が笑っていたから…ですね」

 あれは間違いなく、話題の人達に対しての親しみのこもった声色でしたとカルツさんは続けた。

「元商人の目を信じて頂けるなら、決して警戒するような開いてでは無かったんです」
「そう…か…」

 そう呟くなり黙って何事かを考えこんでいたハルは、ハッと何かに気づいた様子で視線をあげた。

「あーすまない、カルツさん。思い当る奴らが浮かんだよ…もしかしてそいつらは四人組だったか?」
「ええ、確かに四人組でしたよ」

 ハルはその答えを聞くなり、ふうーっと思いっきり息を吐いた。

「なるほど、ルセフ達か」
「ええ、確かにそんなお名前でしたね。後はウォルさんと、ブレイさん、あとファリーアさん…でしたか」
「ウォルターに、ブレイズ、それにファリーマだな」

 律儀にみんなの名前の訂正をしているハルは、もう普段通りの柔らかい笑顔を浮かべている。

「つまり…ルセフさん達がこの近くを通りかかったって事?」
「ああ、そうみたいだな。まあよくよく考えてみれば、黒酒を売ってるラルトの酒屋っていうのは、ちょうどこの近くにあるんだ…だから不思議って訳でも無い」
「えっと…黒酒を売ってるお酒屋さんって、ルセフさん達と連絡を取れるって言ってたあの?」

 ブレイズがそんな事を教えてくれたなと思いだしながら口にすれば、ハルは笑って頷いた。

「ああそうだ。つまりあいつらはこの近くに住んでるって事になる。自分たちの家の近くで普通に世間話として俺達の事を喋っていたのを、たまたまカルツさんが聞いたんだろう」

 へーこの近くに住んでるのか。

「そういう事か」
「カルツさん、焦らせてすまなかった」

 勝手に警戒して質問責めにしてしまった事を、ハルはすぐに丁寧に謝罪した。

「お気になさらず」

 カルツさんもそう言うと、あっさりとハルの謝罪を受け入れてくれた。うん、やっぱりカルツさんも癒し系だよな。あの優しい声で話かけられると、それだけで空気も和む気がする。

「それにしても、ハルさん…何か、ありましたか?」
「何か…とは?」
「元々アキトさんに関しては過保護でしたが、あんな風に誰かに噂されていたってだけでピリピリしたりしない人だったでしょう?」

 すこし不思議そうにそう尋ねてきたカルツさんに、ハルは苦笑を浮かべた。

「最近、色々あってな…しばらくは警戒を怠れないんだ」

 それだけを答えたハルに、カルツさんはそれ以上は何も聞かなかった。ただにっこりと笑うと、話したいと思ったらいつでも聞きますからねと声をかけてくれた。

 こういう気づかいが、カルツさんの大人の余裕だな。
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