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612.【ハル視点】アキトの魔法

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「ハル、お前も参加で良いんだよな?」
「ああ、もちろん参加で頼む」

 小声での質問に即答した俺に苦笑しながら、レーブンはそっと俺の手に鍵を押し付けてきた。疲れてるんだから、無理はせずに早く部屋に行けって事だろうな。

 レーブンの気づかいを察した俺は、嬉しそうなアキトに控え目に声をかけた。

「アキト、行こう?」

 ハッと我に返ると、アキトはすぐにうんと頷いた。

「アキト、ハル、おやすみ」
「おやすみなさい、レーブンさん」
「ああ、おやすみ」
「ゆっくり休んでくれ」

 カウンターから見送る姿勢のレーブンに、アキトは小さく手を振ってみせた。可愛らしい行動に苦笑しつつも、レーブンもぎこちなく手を振り返している。本当にアキトには甘いんだな。

 ここで笑えばジロリと睨まれるのが分かっているから、俺は表情を取り繕うと階段へと足を向けた。



 客室に入って鍵を閉めると、俺達はまず初めに揃って荷物を下ろした。重さは感じない魔導収納鞄の筈なのに、自然とふうと息が漏れた。

「おかえり、アキト」

 にっこりと笑ってそう声をかけた俺に、アキトも明るい笑顔で口を開いた。

「ただいまハル。ハルもおかえり」
「ああ、ただいま」

 すっかり定番になった挨拶を交わしてから、アキトと俺は手早く装備を解除していった。マントを脱いで防具を外し、武器も置いてしまえば一気に身軽になる。

 外を移動してきたから少し埃っぽい気がするな。こういう時はやっぱり浄化魔法かと考えてから、俺は慌てて口を開いた。

「待って、アキ…」

 俺が言葉を言い終える前に、アキトの浄化魔法は既に発動していた。一体いつの間に魔力を練ったのかすら、分からないほどの早業だった。

 しかも驚くほどの精度で、頭のてっぺんからつま先まで全身を綺麗にされている。アキトの浄化魔法は格別だからな。

「ハル、どうかした?」
「あー、いや…まずはありがとう」
「どういたしまして」

 嬉しそうな笑顔は可愛いんだけど、これはちゃんと伝えておきたいと俺は続けた。

「止めようとしたのはね、アキトの魔力量はまだ大丈夫なのかなって心配になったからだよ」

 俺はアキトの様子をじっと観察しながら、直球でそう尋ねた。今朝の実験であれだけの魔力を使った後だからな。こんな事で魔力切れのつらさを味あわせたくない。

「どう?大丈夫そうかな?」
「うん、大丈夫だよ。特に浄化魔法は魔力消費が少ないし」

 最近慣れてきたみたいだと笑うアキトは、本当に元気そうだ。俺の心配しすぎか。

「それなら良かった」
「ねぇ、ハル?」

 呼びかけに視線を向ければ、アキトは俺を見上げてゆるく首を傾げた。

「んー?」
「…明日の食事会って、本当に俺達も行って良いのかな?」
「さっき行くって言ったのに、行かない方が怒られると思うよ」
「そう…かな?」

 俺はにっこりと笑って、そうだよと断言した。まあもしそうなったとしても怒られるのはアキトじゃなくて、ちゃんと説得できなかった俺だと思うけどね。まあ、これは言わなくて良いよな。

「明日は食事会に差し入れする物でも、買いに行こうか?」
「そうだね!…って、ちょっと待って?レーブンさんとローガンさんに差し入れできるものって…何…?」

 アキトは困った顔で俺を見上げてきた。どうやら料理上手な二人に差し入れできるものが思い浮かばなかったらしい。すぐに俺を頼ってくれるアキトは、抱きしめたくなるぐらい愛おしい。

「あー…うん、アキトになら良いか」

 レーブンとローガンのささやかな秘密を知っても、アキトの態度は変わらないと確信できるからね。

「ん?」
「二人の秘密を教えてあげようか?」
「え…秘密?」
「二人とも見た目にそぐわないって、あまり知られないようにしてるんだけど…」

 アキトは勝手に秘密を聞くなんてと慌てているみたいだが、別に本当に誰にも知られないようにしてるってわけじゃないから問題は無い。

 むしろアキトの前では隠さなくてよくなるなら、良いんじゃないか?俺はアキトに止められる前にと口を開いた。

「甘いお菓子が大好きなんだよ」
「甘いお菓子」

 びっくり顔で繰り返すアキトに、俺は笑って答える。

「そう、しっかり甘いお菓子だよ」
「しっかり甘いお菓子」

 また繰り返すのか。きょとんとしながらのアキトの行動に、思わず笑ってしまった。

「アキトは二人に似合わないとか言わないだろう?」
「言わないよ。別に見た目に関係なく、好きな物を食べたら良いと思うんだけど」
「俺もそう思うから教えたんだよ」
「そっか、うん、そうだね。美味しいお菓子を選びたいな」

 明日の差し入れは、無事に甘いお菓子にする事が決定したな。二人の反応が楽しみだ。
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