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610.【ハル視点】アキトとレーブン

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 その呼びかけを聞くなり、アキトはレーブンとの距離を一気に詰めた。よほど嬉しかったんだなと微笑ましく見守っていたが、かなりの勢いだった。まあ、あのレーブンが、そんな行動で動じるわけがないんだが。

 レーブンはふわりと更に表情を緩めると、アキトの頭にそっと手を伸ばした。安心した様子で頭を撫でられているアキトの姿は、まるでこどものようにみえる。嬉しそうでなによりだ。

「無事に帰って来てくれて嬉しいよ」

 噛み締めるようにそう口にしたレーブンに、アキトはすぐに笑って答えた。

「俺もここに帰って来られて嬉しいです!」

 ニコニコと撫でられるアキトと、ひたすら撫で続けるレーブン。そんな二人のやりとりを、俺は何も言わずにただ微笑んで見守っていた。

 アキトにとってのレーブンは、俺とは違う方向で特別な存在だって事はちゃんと知っているからな。家族のような存在との交流を邪魔するほど、俺は馬鹿じゃない。

「あーそれにしても意外だな、ハル。もっとお前は嫌がるかと思ったんだが…」

 レーブンは不思議そうに俺を見つめてくる。嫌がると思いながらやってたのかよ。

「アキトにそういう感情がある相手には、絶対に触れさせないが…レーブンは違うだろう」
「まあな」
「家族枠だって知ってるから別に良いんだ」

 そう言って笑ってみせれば、レーブンはへぇと感心したように声をあげた。

「大人になったじゃないか」
「だいぶ前から大人だよ。それにさ、大事な伴侶候補様の気持ちをちゃんと大事にしないと…だしな」

 まだ気づかれていないようだし、今のうちにちゃんと言っておかないとな。そう思ってわざと選んだ伴侶候補という言葉に、レーブンは驚いた様子で俺とアキトの手首へと視線を向けた。

 俺が見やすいようにしようとするよりも前に、アキトが動いたのにはすこし驚いたが嬉しかった。照れ笑いを浮かべながらも、レーブンに伴侶候補の腕輪を見せるアキトの可愛さと言ったら――。

 じっと俺達の腕にはまっている伴侶候補の腕輪を見つめていたレーブンは、急に真剣な声で尋ねてきた。

「…お前の家は大丈夫なんだな?」

 視線だけで一応貴族だろうが?と心配そうに尋ねてくるのに、俺はさらりと答えた。

「ああ、問題は無いよ。それに偶然だけど、この依頼中にウィル兄にも会ったぞ」
「ウィルか…それで、ウィルは何て?」

 レーブンは辺境領で冒険者をしていた過去があるから、俺の家族についてもそれなりに詳しい。

 父と兄達とは面識もあった筈だが、あのウィル兄を呼び捨てにできるほどなのか。ウィル兄はよほど気に入った相手でなければ、そもそも愛称ですら呼ばせないんだが。そんなに懐かれているのかと少しだけ気になったが、俺はそれには触れずに続けた。

「終始面白そうに見守ってたけど、ちゃんと祝福の言葉を貰ったよ」
「…そうか…それは良かったな」

 ふうとひとつ息を吐いたレーブンは、まだ一人とは言え家族公認かと嬉しそうに笑った。

「俺的には、レーブンの反応の方が意外だな。まだ早いだろうとか、急ぎすぎだってもっと怒られるかと思ってたんだが…」

 というか怒られる覚悟は出来ていたんだがと続けた俺に、レーブンは真顔になって答えた。

「は?こんなに嬉しそうに伴侶候補の腕輪を見せてくるアキトを見て、そんな事が言えると思うか?」

 レーブンさんの視線が、ちらりとアキトに向けられる。釣られるように視線を向けて、納得してしまった。うん、これは無理だな。もしこんなに嬉しそうなアキトに向かってそんな事を少しでも口にすれば、レーブンさんは俺たちの事に反対なんだってしょんぼりと肩を落とすだろう。

「そんなに俺、嬉しそうでした?」
「ああ、すごくな。まあ二人で幸せになってくれや」

 レーブンはそう言うと俺の頭にもそっと手を乗せて、ぽんぽんと軽く叩いた。

 こんな風にレーブンの身内扱いされる日がくるなんて、夢にも思っていなかったな。決して嫌なわけじゃないんだが、幼い頃や澄まして騎士をやってた頃を知られている相手だから居心地が悪い。

 慣れない触れ合いにそれでも黙って耐えていると、不意にレーブンが口を開いた。

「あ、引き留めて悪かったな、疲れてるだろう?ゆっくり休んでくれ」

 そう言ってすぐに俺達の部屋の鍵を差し出してくれたが、アキトは慌てた様子で声をあげた。

「あのっ、レーブンさんにお土産があるんです!」
「土産…?でもこの前も貰ったじゃねぇか」

 確かに自分の宿の主に土産を買う冒険者なんて、そうはいないよな。なんでそんな事をと思ってるんだろう。レーブンの気持ちは想像できるが、受け取って貰えないかもと不安そうなアキトを見て黙っていられる筈が無い。

 ちゃんと止めろよと言いたげなレーブンの視線を受けて、俺はにっこりと艶やかに笑ってやった。

「レーブン、それこそ受け取らないと駄目だよ」
「だがなあ…ただ元気に帰ってきてくれただけで十分なんだが…」
「気持ちは分かるけど…そのお土産はレーブンのためにって、わざわざアキトが旅先で選んだものなんだよ?受け取らないなんて事できる?」

 レーブンはハッと顔をあげると、アキトの方へと視線を向けた。アキトは潤んだ目でじっとレーブンを見つめて、ただ答えを待っている。

 アキトの目が潤んでいるのは、多分さっきレーブンが口にした帰ってきてくれただけで十分って言葉が嬉しかったからだろうけどな。だがそれに気づいていないレーブンからすれば、今にも泣き出しそうな目に見えるだろう。

「…あー。うん、そうか、そうだな」

 一瞬で意見を翻したレーブンに、俺は笑わないように我慢しながらひとつ頷きを返した。アキトの涙目が強すぎるな。
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