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606.【ハル視点】ウマの魔力係

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 馬に見惚れている職員達の邪魔をしないように、俺達はそーっと距離を取った。

 ウマは揃ってアキトを見ていたけれど、ひらりとアキトが手を振ればしぶしぶながらも視線を反らしてくれた。主人に成れと迫られなかったのは、アキトが直接乗ったり操ったりしてなかったから――だろうな。助かった。

「行こうか」

 密やかにそう声をかけて、俺達は八人揃って馬車乗り場の出口へと足を進めた。

 あのアキトの魔力を吸収したウマ達の驚くほどの走りっぷりのおかげで、到着予定時間は大幅に短縮された。

 最初の予定だった夜になる頃――どころか、今はまだ夕方にすらなっていない。冒険者がこぞって帰ってくる時間よりも、まだ早い時間帯だ。

「ハル、ひとつ聞きたい事があるんだが…聞いても良いか?」

 周りに人の気配は無いから大丈夫だと思うんだがと、ルセフは少し不安そうに続けた。俺はすっと目を閉じて周囲の気配を探ると、すぐにパッと目を開いた。

「俺の気配探知でもそうだから、問題無いよ」
「それなら、皆を代表して聞かせてもらうけど」
「うん。さっきの事だよね?」
「ああ、なぜ職員に対して四人で実験をしたって言ったのかを教えて欲しい」
「まずはみんな、あの時は黙っていてくれてありがとうな」

 俺の唐突なお礼にウォルターは気にするなとさらりと返し、ファリーマとブレイズは笑って首を振った。ルセフは礼はいらないよ、ただ理由が知りたいだけだと苦笑しながら答えた。クリスとカーディは、ただ面白そうに俺を見つめている。ああ、この二人には俺の発言の理由まで想像できているらしい。

「すごく簡単な理由だよ。あのウマ4頭にアキト一人で魔力を与えたって事をできれば知られたくなかったから」

 ルセフはひどく驚いた顔で、俺を見つめてきた。

「…それはそんなに難しい事なのか?」
「え、でも魔力を与えれば速く走れるようになるんだろう?」

 不思議そうに尋ねてきたファリーマに、俺はすぐに答えた。ウマに魔力を与える気だったみたいだしな。

「さっきは言えなかったんだが…ウマってのはかなり魔力を選り好みするんだよ」
「選り好み?」
「そう、もし気に入らなければ、例え目の前に大量の魔力があっても絶対に吸収しないんだ」

 ちなみに俺の元職場では魔力の相性で馬の相棒を選んでたんだけどねと俺が口にすれば、みんな驚いた様子で大きく目を見開いた。

 ルセフは馬と相性の良い相棒を選ぶものだとは聞いた事があったけど、その基準がまさか魔力だとは思っていなかったらしい。

「あー…なるほど。つまり一人の魔力で四頭を満たすなんて事は…滅多にあり得ない事なんだな?」
「うん、そうだね。俺は過去に一度だけ一人で二頭同時に魔力を与えたのを見た事があるんだけど…それもかなりの幸運が重なった結果って感じだね」

 俺の持っている情報を伝えれば、ファリーマは眉間にしわを寄せながら尋ねてきた。

「かなりの幸運が重なって、それでも二頭同時…なのか?」
「ああ、そうだ」
「つまり一人で四頭よりは、四人で四頭の方がまだ不自然じゃないって事か」

 深刻な顔の全員を見渡してから、俺はあえて明るく続けた。

「まあ、そういう事だ。もし知られてもそこまで問題にはならないだろうが、念のためな」
「あの、ハル。そこまで問題にならないっていうのはどういう意味ですか?」

 クリスは不思議そうに首を傾げながら、そう尋ねた。珍しい能力として狙われるから隠したんじゃないのかと、疑問に思ったんだろうな。

「えっとな、もし複数のウマに魔力を与えられるかもって理由で意思に反してアキトを連れていったり強制的に魔力供給をさせようとしたら、まずウマ達から報復が行く」
「ウマ達からの報復…?」
「え…怖…」
「それは恐ろしい報復になりそうですね」
「ああ、気に入った魔力の持ち主とそうじゃない相手なら、ウマは間違いなく前者の味方をするからね」
「じゃあなんでわざわざ四人って言ったんだよ?」
「想像して欲しいんだけど」
「ん?」
「自分の大事な伴侶候補の魔力を、これからもずっとウマに与え続けてくれって言われるかもしれないって」
「うん、俺は無理だな!」

 真剣な表情をしたカーディさんは即答で答えた。実はかなり伴侶の事が大好きだよな、カーディさんって。私も無理ですねとクリスもあっさりと言って笑っている。まあここでクリスが歓迎するって言った方が驚くもんな。まあ予想通りだ。

 アキトはと視線を向ければ、困ったような表情でうつむいていた。やっぱりアキトはウマに魔力を与えたかったんだろうか。

「あー…確かに、俺も嫌かもしれんな」
「えーそうかな?むしろ誇らしく思わない?」
「いやーそれは無いな」

 ウォルターとファリーマが言い合っている隣で、ブレイズはどうしても想像できないーと困った顔だ。

「しかも、その大事な伴侶候補は、ウマの事が好きだからすぐに受け入れるかもしれないときたらどうだ?」

 俺がぼそりとそう告げた瞬間、ルセフがブハッと噴き出した。遠慮なく思いっきり噴き出したな。まあ、笑いたければ笑えば良いさ。

「つまりあれか、ハルは想像だけでウマに嫉妬したのか…?」

 震える声で尋ねてくるルセフに、俺はぶっきらぼうに答える。

「悪いか…」
「いや、悪くないが、もっと深刻な話かと思ってたから、ちょっと驚いた」
「アキト、勝手に誤魔化してごめんね?」

 そーっと視線を向ければ、アキトは慌てた様子で口を開いた。

「俺も逆の立場なら同じ意見だから、文句なんてないよ!」
「本当?」
「うん、緊急事態ならともかく、普段から俺以外に魔力を与えるって言われたら…なんか嫌だ」
「アキト…」

 見つめ合う俺とアキトの後ろで、周りの皆がこそこそと話すのが聞こえてくる。

「似た者同士だな」
「アキトもウマ相手でも妬くって宣言したのと同じだよな」
「お似合いって事で良いんじゃないですか?」

 聞こえてるぞ、おまえら。
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