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598.あの言葉の理由

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 馬に見惚れている職員さん達の邪魔をしないように、俺達はそーっと距離を取る。馬は揃ってこちらを見たけど、ひらりと手を振れば視線を反らしてくれた。

「行こうか」

 密やかなハルの声に従い、八人揃って馬車乗り場の出口へと足を進める。

 あの驚くほどの走りっぷりのおかげで、到着予定時間はかなり前倒しになった。

 最初の予定だった夜になる頃――どころか、今はまだ夕方にすらなっていない。冒険者がこぞって帰ってくる時間よりも、まだ早い時間帯だ。

「ハル、ひとつ聞きたい事があるんだが…聞いても良いか?」

 周りに人の気配は無いから大丈夫だと思うんだがと、ルセフさんは少し不安そうに続けた。ハルはすっと目を閉じて気配を探ると、すぐにパッと目を開いた。

「俺の気配探知でもそうだから、問題無いよ」
「それなら、皆を代表して聞かせてもらうけど」
「うん。さっきの事だよね?」
「ああ、なぜ職員に対して四人で実験をしたって言ったのかを教えて欲しい」

 うん、それは俺も気になってた。あの話の流れだったら、魔力を与えた人の人数の話だったよね?ハルがそれに気づかない筈が無いから、あれはわざとって事だ。しかも視線だけで全員に口止めまでしてたから、余計に気になったんだよね。

「まずはみんな、あの時は黙っていてくれてありがとうな」

 ハルの唐突なお礼にウォルターさんは気にするなとさらりと返し、ファリーマさんとブレイズは笑って首を振った。その隣のルセフさんは、別に礼はいらないよ、ただ理由が知りたいだけだと苦笑しながら答えた。

 ちなみにクリスさんとカーディは、ただ面白そうにハルを見つめているだけだ。

「すごく簡単な理由だよ。あのウマ4頭にアキト一人で魔力を与えたって事をできれば知られたくなかったから」

 ルセフさんはひどく驚いた顔で、ハルを見つめた。

「…それはそんなに難しい事なのか?」
「え、でも魔力を与えれば速く走れるようになるんだろう?」

 不思議そうに尋ねたファリーマさんに、ハルは困った顔で続けた。

「さっきは言えなかったんだが…ウマってのはかなり魔力を選り好みするんだよ」
「選り好み?」
「そう、もし気に入らなければ、例え目の前に大量の魔力があっても絶対に吸収しないんだ」

 俺の元職場では魔力の相性で馬の相棒を選んでたんだけどねとハルが口にすれば、みんな驚いた様子で大きく目を見開いた。

 ルセフさんは馬と相性の良い相棒を選ぶものだとは聞いた事があったけど、その基準がまさか魔力だとは思ってなかったらしい。

「あー…なるほど。つまり一人の魔力で四頭を満たすなんて事は…滅多にあり得ない事なんだな?」
「うん、そうだね。俺は過去に一度だけ一人で二頭同時に魔力を与えたのを見た事があるんだけど…それもかなりの幸運が重なった結果って感じだね」

 え、そうなんだ?

「かなりの幸運が重なって、それでも二頭同時…なのか?」

 重々しく尋ねたファリーマさんに、ハルはすぐに頷いた。

「つまり一人で四頭よりは、四人で四頭の方がまだ不自然じゃないって事か」
「まあ、そういう事だ。もし知られてもそこまで問題にはならないだろうが、念のためな」
「あの、ハル。そこまで問題にならないっていうのはどういう意味ですか?」

 クリスさんは不思議そうに首を傾げながら尋ねた。

「えっとな、もし複数のウマに魔力を与えられるかもって理由で意思に反してアキトを連れていったり強制的に魔力供給をさせようとしたら、まずウマ達から報復が行く」
「ウマ達からの報復…?」
「え…怖…」
「それは恐ろしい報復になりそうですね」
「ああ、気に入った魔力の持ち主とそうじゃない相手なら、ウマは間違いなく前者の味方をするからね」

 それはつまり俺の魔力はウマに気に入って貰えてるって事なのかな?それならちょっと嬉しい。

「じゃあなんでわざわざ四人って言ったんだよ?」
「想像して欲しいんだけど」
「ん?」
「自分の大事な伴侶候補の魔力を、これからもずっとウマに与え続けてくれって言われるかもしれないって」
「うん、俺は無理だな!」

 真剣な表情をしたカーディは即答で答えた。クリスさんも、私も無理ですねとあっさりと言って笑っている。ハルの魔力をって思うと、なんとなく嫌かもしれない。独占欲的なやつかな。

「あー…確かに、俺も嫌かもしれんな」
「えーそうかな?むしろ誇らしく思わない?」
「いやーそれは無いな」

 ウォルターさんとファリーマさんが言い合っている隣で、ブレイズはどうしても想像できないーと困った顔だ。

「しかも、その大事な伴侶候補は、ウマの事が好きだからすぐに受け入れるかもしれないときたらどうだ?」

 ハルがぼそりとそう告げた瞬間、ルセフさんがブハッと噴き出した。

「つまりあれか、ハルは想像だけでウマに嫉妬したのか…?」
「悪いか…」
「いや、悪くないが、もっと深刻な話かと思ってたから、ちょっと驚いた」
「アキト、勝手に誤魔化してごめんね?」

 しょんぼりとしたハルの視線に、俺は慌てて口を開いた。

「俺も逆の立場なら同じ意見だから、文句なんてないよ!」
「本当?」
「うん、緊急事態ならともかく、普段から俺以外に魔力を与えるって言われたら…なんか嫌だ」
「アキト…」

 見つめ合う俺とハルの後ろで、周りの皆がこそこそと話すのが聞こえてくる。

「似た者同士だな」
「アキトもウマ相手でも妬くって宣言したのと同じだよな」
「お似合いって事で良いんじゃないですか?」

 聞こえてるよ、みんな。
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