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597.北門の馬車乗り場
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ぐんぐんと近づいてきたトライプールの城壁を窓越しに眺めながら、俺達はぐるりと街道を迂回する形で北門へと向かう。目指すは北門にあるあの馬車乗り場だ。
ハルによるとイーシャルで借りてきた馬達も、あの馬車乗り場に返却すればそれで良いんだって。
基本的にこういう形で貸し出される馬達は、これはと思う乗り手さんに出会うまでずっと旅をしているんだそうだ。馬乗り場では馬の世話をあれこれとする代わりに、気が向けば仕事をしてお金を稼いでくれるらしい。
へーそういうシステムなのか。
この世界の馬は知能が高いから、どうしても行きたくない目的地だったり気に入らない相手なら貸出を断られたりもするんだって。馬にこの仕事はどうだろうってお伺いを立ててるのって、想像してみるとちょっと面白いよね。そのやりとり、一度で良いから見てみたいな。
そんな事を考えていると、馬車は緩やかに速度を落とし振動も無くふわりと停車した。こういう停車時に腕が出るんだよなとハルが感心してたから、ルセフさんの腕前はかなりのものらしい。
もう出てきて良いぞと、ルセフさんが外から小窓を叩いてくれた。事前に決めていた停車の合図だ。
「よし、無事に着いたみたいだな」
「はーやっとここまで帰ってきたなー」
「ええ、トライプールまでもう少し頑張りましょう」
そうだよね。もうほど近いとは言え、ここはまだ城壁の外だ。クリスさんの言葉に気持ちを引き締めて、俺は護衛の役目を果たすべく立ち上がった。
「俺、先に降りますね」
「ああ、頼んだよ、アキト」
周りをしっかりと警戒しながら下りていった俺の視界に飛び込んできたのは、たくさんの人達に詰め寄られているルセフさん達の姿だった。
え、なんで?
最初は驚いたけど、よくよく見れば詰め寄ってきていたのは御者さんや馬の世話をする職員の人達だった。
「だから、詳しい話を聞かせて欲しいだけなんだって言ってるだろう!」
「そうだそうだ!」
「別室で茶も菓子も出すからぜひって言ってるんだ!」
「何なら詳しい話を聞かせて欲しいって依頼を出すから、名前を教えてくれ、兄ちゃん」
ぐいぐいと目の色を変えて迫ってくる職員さん達に囲まれてしまっては、さすがのルセフさんも困り顔だ。
「ですから、詳しい話と言われても困るんです。今は依頼中なので…」
「そうそう。というか集まって来すぎだろ、あんたら。普段はウマ以外にはろくに興味ない感じなのにさ…」
ウォルターさんはそう言いながらも、苦笑している。
「ね、トライプールに帰ったら何食べたい?」
「ん?そうだなー俺はやっぱり酒を飲みながらマルックスのステーキかなー」
「あ、それも良いねー俺は何か果物が食べたいなー」
「あの新しくできてた店はどうだ?一番街のさ」
「あー良いねー」
うん、ブレイズとファリーマさんは、どうやら遠い目をして現実逃避中みたいだ。
「あのーどうかしました?」
「あーそれがな…ウマを見るなりこの人達が集まってきちゃって…」
それはもしかして…あの…俺の魔力のせいですか。今は走らずに辺りを歩いているだけなのに、見たら分かるのかな。
「ああ、待ってくれ、俺から説明するよ」
「ハル?」
「皆、良いか?」
ハルが視線を向ければ、ルセフさん達はむしろ助かるよと即答した。よっぽど困ってたんだろうな。クリスさんとカーディも問題ないと笑って頷いているし、何なら職員さん達もやっと説明してくれるのかと期待の眼差しでハルを見つめている。
「魔力を吸収してるのは事実だが、これは故意に渡したってわけじゃないんだ。俺達は途中の停留場で魔法の実験をしたんだが、気づいたらウマが吸収してたみたいでな…俺達も驚いたよ」
「実験っていうのは?」
「ちょっと複雑な構造の…新しい魔法をな。もちろんウマに危険な実験ではないよ」
「それは分かるさ、もしそうなら、あんたらが無傷でここにいるわけがない」
「しかし一頭ならともかく四頭とはなぁ…」
「めったに無い事だ」
「ああ…」
こそこそと話し合う職員さん達を綺麗に無視して、ハルは代表らしき男性に尋ねた。
「他に聞きたい事がなければ、そろそろ行って良いかな?彼も言ってただろうけど、依頼中だからね」
「ああ、引き留めてすまんな…もう一つだけ良いか?その実験は何人でやったんだ?」
「四人だな」
ハルはそう言うなり、さりげなく全員に視線を巡らせた。視線だけで黙っていてくれって言われた気がする。俺はむっと口をつぐんでハルに小さく頷いてみせた。
「ああ、なるほど、それでか…」
「自然と漏れた魔力を吸収したなら、捧げられた魔力とは条件が違うのかもな」
「それにしてもすごいな」
「魔力に満ちていると更に美しい…」
ウマを見つめてはうっとりしている職員さん達に、ハルはそっと尋ねる。
「一応確認しておきたいんだが、ウマに無理やり魔力を与える事はできないんだから、問題は無いんだよな?」
「ああ、差し出しても拒否されるのがオチだからな、やるだけなら誰も咎めねぇよ」
あ、そうなんだ。
「こいつらはしばらく絶好調だろうから、こちらから謝礼を出したいぐらいなんだが」
「そう言ってるが、どうする?クリス?」
「いえいえ、私たちも彼らのおかげで助かりましたから、お気持ちだけで結構ですよ」
「そうかい?」
「ええ、またひいきにさせてもらいますね」
にっこりと笑ったクリスさんにお礼を言ってから、職員さん達はすぐにウマを眺めるお仕事へと戻っていった。
ハルによるとイーシャルで借りてきた馬達も、あの馬車乗り場に返却すればそれで良いんだって。
基本的にこういう形で貸し出される馬達は、これはと思う乗り手さんに出会うまでずっと旅をしているんだそうだ。馬乗り場では馬の世話をあれこれとする代わりに、気が向けば仕事をしてお金を稼いでくれるらしい。
へーそういうシステムなのか。
この世界の馬は知能が高いから、どうしても行きたくない目的地だったり気に入らない相手なら貸出を断られたりもするんだって。馬にこの仕事はどうだろうってお伺いを立ててるのって、想像してみるとちょっと面白いよね。そのやりとり、一度で良いから見てみたいな。
そんな事を考えていると、馬車は緩やかに速度を落とし振動も無くふわりと停車した。こういう停車時に腕が出るんだよなとハルが感心してたから、ルセフさんの腕前はかなりのものらしい。
もう出てきて良いぞと、ルセフさんが外から小窓を叩いてくれた。事前に決めていた停車の合図だ。
「よし、無事に着いたみたいだな」
「はーやっとここまで帰ってきたなー」
「ええ、トライプールまでもう少し頑張りましょう」
そうだよね。もうほど近いとは言え、ここはまだ城壁の外だ。クリスさんの言葉に気持ちを引き締めて、俺は護衛の役目を果たすべく立ち上がった。
「俺、先に降りますね」
「ああ、頼んだよ、アキト」
周りをしっかりと警戒しながら下りていった俺の視界に飛び込んできたのは、たくさんの人達に詰め寄られているルセフさん達の姿だった。
え、なんで?
最初は驚いたけど、よくよく見れば詰め寄ってきていたのは御者さんや馬の世話をする職員の人達だった。
「だから、詳しい話を聞かせて欲しいだけなんだって言ってるだろう!」
「そうだそうだ!」
「別室で茶も菓子も出すからぜひって言ってるんだ!」
「何なら詳しい話を聞かせて欲しいって依頼を出すから、名前を教えてくれ、兄ちゃん」
ぐいぐいと目の色を変えて迫ってくる職員さん達に囲まれてしまっては、さすがのルセフさんも困り顔だ。
「ですから、詳しい話と言われても困るんです。今は依頼中なので…」
「そうそう。というか集まって来すぎだろ、あんたら。普段はウマ以外にはろくに興味ない感じなのにさ…」
ウォルターさんはそう言いながらも、苦笑している。
「ね、トライプールに帰ったら何食べたい?」
「ん?そうだなー俺はやっぱり酒を飲みながらマルックスのステーキかなー」
「あ、それも良いねー俺は何か果物が食べたいなー」
「あの新しくできてた店はどうだ?一番街のさ」
「あー良いねー」
うん、ブレイズとファリーマさんは、どうやら遠い目をして現実逃避中みたいだ。
「あのーどうかしました?」
「あーそれがな…ウマを見るなりこの人達が集まってきちゃって…」
それはもしかして…あの…俺の魔力のせいですか。今は走らずに辺りを歩いているだけなのに、見たら分かるのかな。
「ああ、待ってくれ、俺から説明するよ」
「ハル?」
「皆、良いか?」
ハルが視線を向ければ、ルセフさん達はむしろ助かるよと即答した。よっぽど困ってたんだろうな。クリスさんとカーディも問題ないと笑って頷いているし、何なら職員さん達もやっと説明してくれるのかと期待の眼差しでハルを見つめている。
「魔力を吸収してるのは事実だが、これは故意に渡したってわけじゃないんだ。俺達は途中の停留場で魔法の実験をしたんだが、気づいたらウマが吸収してたみたいでな…俺達も驚いたよ」
「実験っていうのは?」
「ちょっと複雑な構造の…新しい魔法をな。もちろんウマに危険な実験ではないよ」
「それは分かるさ、もしそうなら、あんたらが無傷でここにいるわけがない」
「しかし一頭ならともかく四頭とはなぁ…」
「めったに無い事だ」
「ああ…」
こそこそと話し合う職員さん達を綺麗に無視して、ハルは代表らしき男性に尋ねた。
「他に聞きたい事がなければ、そろそろ行って良いかな?彼も言ってただろうけど、依頼中だからね」
「ああ、引き留めてすまんな…もう一つだけ良いか?その実験は何人でやったんだ?」
「四人だな」
ハルはそう言うなり、さりげなく全員に視線を巡らせた。視線だけで黙っていてくれって言われた気がする。俺はむっと口をつぐんでハルに小さく頷いてみせた。
「ああ、なるほど、それでか…」
「自然と漏れた魔力を吸収したなら、捧げられた魔力とは条件が違うのかもな」
「それにしてもすごいな」
「魔力に満ちていると更に美しい…」
ウマを見つめてはうっとりしている職員さん達に、ハルはそっと尋ねる。
「一応確認しておきたいんだが、ウマに無理やり魔力を与える事はできないんだから、問題は無いんだよな?」
「ああ、差し出しても拒否されるのがオチだからな、やるだけなら誰も咎めねぇよ」
あ、そうなんだ。
「こいつらはしばらく絶好調だろうから、こちらから謝礼を出したいぐらいなんだが」
「そう言ってるが、どうする?クリス?」
「いえいえ、私たちも彼らのおかげで助かりましたから、お気持ちだけで結構ですよ」
「そうかい?」
「ええ、またひいきにさせてもらいますね」
にっこりと笑ったクリスさんにお礼を言ってから、職員さん達はすぐにウマを眺めるお仕事へと戻っていった。
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