生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
563 / 1,179

562.【ハル視点】アキトと馬車

しおりを挟む
 いきなり噴き出したアキトの反応には、正直に言えば驚いた。まさか笑われるとは予想外の反応だったけれど、少し考えてみればテント張りの経験値という言い回しが面白かったんだろうなと理解はできた。

 さっきの笑いの余韻を引きずっているらしいアキトに、俺はあえて真剣な表情を作ってから声をかけた。

「テント張りにももちろん経験値というのはあるから、間違っては無いだろう?」

 俺の言葉に一瞬だけきょとんとしたアキトは、次の瞬間には声をあげて笑い出した。うん、何がそんなに刺さったのかはっきりとは分からないけれど、アキトが楽しそうで何よりだ。

 やっとアキトの笑いがひと段落した所で、馬車の影からカーディさんとクリスがひょこっと顔を出した。こっちだと手を振れば、二人は揃って俺達の方へと歩いてきた。

「わ、もうこんなに用意が終わってるのか」
「すこし時間をかけ過ぎましたかね…?」

 クリスは心配そうにそう尋ねてきたが、ウマの世話だって立派な役割だろう。少なくとも俺は助かった。もしアキトがウマ当番になって、目の前でウマの事を褒めちぎられたら嫉妬するかもしれないからな。

「気にしなくて良いと思うぞ。はやいのはあっちのパーティーの手際が良いからだしな。それに俺とアキトも、テントを張っただけだよ」

 苦笑しながらそう告げれば、アキトもうんうんと頷いて同意してくれた。

「そうなのか…すごいな」
「すごいよねー俺のやる事なくなるかと思ったよ」
「俺は冒険者時代も臨時パーティーぐらいしか組んだ事がないんだ」
「あ、そうなんだ?」
「ああ。本当のパーティーはやっぱりすごいんだな」

 嬉しそうにルセフ達のパーティーについて話す二人の声を聞きながら、俺はクリスに話しかけた。

「あ、一応聞いておくけど、クリスとカーディさんは、今日は馬車で良いんだよな?」
「ええ、折角なら今日は皆さんと一緒にテントっていうのもありかと思ったんですが…カーディに叱られましたから諦めます」
「なんだ、そうなのか?」

 俺がちらりと視線を向ければ、カーディさんは苦笑を浮かべた。

「いくらテントの方が楽しそうでも、依頼人なら馬車で寝るべき…そうだろ?」
「あー…うん、まあ二人の事はそういう意味で心配はしてないけど、馬車の方が守りやすくはなるから護衛としては助かるよ」
「馬車で寝てくれって説得するのは面倒すぎるからな…」

 うん、分かるよ。そう内心で同意しながら、俺は重々しく頷いた。遠い目をしたカーディさんの反応に、クリスは慌てた様子で私は今日はちゃんと馬車で寝ますからねと力強く宣言している。

「あ、馬車の中のベッドの組み立ては、私がしてきますね。カーディはゆっくりしててください」

 クリスはにっこりと笑ってそう言い置くと、カーディさんを俺達の前に残したまま軽い足取りで馬車の方へと歩いていった。

「一緒に行かなくて良いの?カーディ」
「ああ、大丈夫だ。というか、あんな風に言われた時について行ったら…拗ねるから」

 なるほど、それはすごく簡単に想像できるな。

「そっか…じゃあとりあえず座って話でもする?」

 アキトはそう言いながら、キョロキョロと視線を彷徨わせた。

 普通の野営地とは違って、停留場には腰を下ろせる切り株等は無い。馬車の移動が最優先だからと、森を切り開く際にもあえて残す事はしないんだよな。

 説明を聞いたアキトは、切り株があったら確かに危険だよねと頷いてくれた。

「じゃあ、どうするの?」
「こういう時は、マントだな」
「うん、そうだね」

 俺達の言葉を聞くなり、アキトは素直に鞄に手を入れた。

 マントにはある程度の厚みがあるから、地面の凹凸も気にならない。しかもよほどの安物か粗悪品でなければ、ほとんどのマントには防水機能が付いている。俺とアキトのマントも当然防水機能付きだ。

 今の時期なら特に問題はないが、寒い時期に地面に直接腰を下ろすと体温を奪われるからな。それを防ぐためにも覚えておくべき、冒険者…いや、旅人の知恵だな。

 それぞれの鞄から取り出したマントを地面に敷いてから、俺達はそこに腰を下ろした。

「あ、馬車の中のベッド見てみたかったんだけど…言うの忘れてた」

 ぽつりとそう呟いたアキトに、カーディさんは見たかったのか?と軽く尋ねた。

「うん、興味あって」
「ああ、馬車自体が初めてなんだっけ。じゃあ組み立て終わってから覗きにいくか」
「良いの?」
「ああ、別に良いと思うぞ。ハルとアキトなら、クリスも別に気にしないだろ!」

 カーディさんがそう断言すると、アキトは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 うーん、伴侶と二人で眠る予定の今夜の寝床を見せてくれなんて言われて、それほど簡単に受け入れてくれるだろうか?アキトががっかりしないと良いなと考えながら、俺は二人の会話に耳を傾けていた。



 組み立てが終わったと報告にきたクリスに、カーディさんはアキトの希望をすぐに伝えてくれた。

「ええ、二人なら大丈夫ですよ」

 想像以上にあっさりと許可がでたな。カーディさんの予想通りというところか。

「え、ここが外れて、そこにはまるの?」

 簡易ベッドの説明を聞いているアキトは、目をキラキラさせて楽しんでいる。

「ここに枕が収納されてるんですよ」
「そんな所に!?」

 うーん、やっぱりいつか馬車は買おう。俺は密かに決意しながら、楽し気なアキトの姿を眺めていた。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...