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550.【ハル視点】カーディさんの村

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「あの…クリスさんとカーディは?俺の体質の事、受け入れられない…ですか?」

 アキトは少し震える声でそう尋ねた。

 異世界人だと知った時ですらあの程度の反応だったクリスが、いまさらアキトの体質にひるむ事は無いだろう。それにおおらかなカーディさんなら、笑ってへーそうなのかとあっさりと受け入れそうだ。

 話をする前はそう思っていたんだが、そういえば反応が薄いな。もしかしてカーディさんはさっきから一言も喋ってないんじゃないかと視線を向ければ、困った顔のクリスが目に留まった。

「いえ、あの…私は何の問題もないんですが…えーっと、カーディは…その…」

 言い淀むクリスの隣に座っているカーディさんは、うつむいたままで何も答えない。

 アキトはぐっと握りしめた拳に力を入れたまま、そんなカーディさんをじっと見つめていた。

 たぶん今頃アキトの頭の中では、体質の事を信じて貰えないかもしれないとか、気持ち悪いと思われたらどうしようとかそんな考えが渦巻いてるんだろうな。

 どうしてもアキトの体質を受け入れられないというなら残念ながら縁を切るしか無いだろうが、この反応はアキトが思ってるようなものじゃないと思うんだよな。明らかに何かに怯えている反応だ。

 俺はぐるぐると悩んでいるらしいアキトの耳元に顔を寄せると、耳元でそっと囁いた。

「アキト、あれこれ考える前に、カーディの顔見てごらん」

 こそりと囁いた俺の顔をじっと見上げてから、アキトは覚悟を決めた様子でカーディさんに近づいていった。カーディさんの顔を覗き込んだアキトは、途端に声をあげた。

「え、どうしたの!?カーディ!」

 慌ててそう尋ねたアキトの両手を、カーディさんの両手が縋るようにぎゅっと握りしめる。

「ア、アキト…一つ聞いて良いか…?」

 蚊の鳴く用な小さな声で、カーディさんはぽつりとそう呟いた。いつもの明るいカーディさんとは全く違う様子に戸惑いながらもアキトはすぐに答えた。

「え、うん、なんでも聞いて?」
「こ、この近くに幽霊はいたりする…か?」

 どんどん小さくなっていく声は、それでもかろうじてアキトの隣に立っている俺にも何とか届いた。アキトは慌てた様子できょろきょろと周りを見渡してから口を開いた。

「ううん、何もいないよ?」
「そっか…いない…そうなのか…」

 はーっと思いっきり息を吐いたカーディさんは、アキトの手を離すとそのままぐったりと隣に座っていたクリスにもたれかかった。体格差があるから結構な体重がかかってると思うんだが、クリスは満面の笑みだ。まあ弱った伴侶に頼られれば、それは嬉しいよな。

 カーディさんは何度も何度も深呼吸を繰り返してから、ようやく口を開いた。

「アキト、びっくりさせて悪かったな。アキトの体質を信じてないとか受け入れられないとかじゃないんだ」

 情けない話なんだがとカーディさんは続けた。

「その…俺は…幽霊がかなり苦手…?いや苦手というか怖い…んだよ?」
「え、そうなの?」
「ああ、そうなんだ。そもそもは……あー口に出して説明もしたくない……悪いがクリス、説明は頼んで良いか?」
「ええもちろん。むしろ頼ってくれてありがとうございます、カーディ」

 目をつむってて良いですからねと笑ったクリスいわく、カーディさんの住んでいた村には幽霊に関係する怖い話や伝説、噂話などがそれはもうたくさんあったらしい。

 墓場にいる幽霊に出会うと魂を取られるとか、何時以降に村の近くの湖に行くと幽霊に攫われて帰ってこれないとか、村から出る街道の脇にある廃屋には幽霊がいるから絶対に入るなとかとにかく種類が多かったらしい。

 果たしてそれほどの幽霊が一つの村に集まるものだろうか。例えどんな恐ろしい歴史がある村だったとしても、さすがにそれは無いんじゃないか。そう思うんだが、恐怖心は理屈じゃないからな。

「カーディが話してくれたのはこの辺りですが、他にも本当に色んな話があったらしいですね」
「そんなに幽霊の噂があるのか…?」

 不思議そうに尋ねたルセフに、クリスはそうらしいですよとあっさりと答えた。

「そんな幽霊の話を幼い頃から繰り返し繰り返しすり込まれた結果、カーディは極度の幽霊恐怖症になってしまったんですよ」

 普段から幽霊が出ると噂がある場所には絶対に行かないとクリスが教えてくれたんだが、そうか幽霊というのは場所を選んで出ると思っているんだな。

 船着き場にもイーシャルにも、トリク祭りの会場にまでたくさんの幽霊がいたんだがなと、思わず遠い目をしてしまった。見た目が普通の人と変わらない奴はともかく、血まみれの奴には正直に言って驚かされた。

 だがアキトは、幼い頃からこんな景色を見て育ったんだよな。職業柄、血や怪我は見慣れている俺でも動揺するような幽霊を、幼い頃から強制的に見せられてきたわけだ。

 そう考えれば、見える状態が続いている事は素直に嬉しいと思えた。
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