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539.【ハル視点】思い出
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そろりそろりと少しずつ近づいてくるアキトが、なんだか人に慣れていない野生の猫のように思えてくる。
可愛いなぁと思いながらじっと見つめていると、ようやくベッドに辿り着いたアキトはくるりと俺に背中を向け、そのままちょこんと脚の間に腰を下ろした。
「可愛いな」
思わず口からこぼれてしまった言葉に、アキトの耳が赤くなった。これだけ耳が赤いならきっと顔も真っ赤なんだろうな。たぶん恥ずかしそうに頬を染めているんだろうなと想像してみる。
うーん、背中から抱きしめる体勢にしたのはもしかして失敗だったかな。数分前の選択を少しだけ後悔しながら、俺はアキトの身体に腕を回すとギュッと抱きしめた。
急な動きに驚いたのか一瞬だけ強張った身体から、ゆるゆると力が抜けていく。甘えるようにもたれかかってくる身体が、たまらなく愛おしい。
華奢な身体を抱きこんだまま、俺はそっと口を開いた。
「アキト、この依頼もあと数日で終わるね」
「うん、そうだね。でも、思ったよりもあっという間だったな」
アキトは嬉しそうに弾んだ声で答えた。
「これは依頼人のおかげかな?クリスさんもカーディも良い人で良かったよね」
「ああ、そうだな。でもアキトはともかく、まさか俺にまで友人が増えるとは思わなかったよ」
友人と呼べる奴はそれなりにいるが、喜んで惚気を聞いてくれる友人なんて初めてかもしれない。まあ今までは惚気た事なんて一度も無かったから、問題は無かったんだが。
「大きな問題は無くても、色んな事があったよね」
くったりともたれかかっていたアキトが、ちらりと俺の方を振り返ってそう呟いた。
「あーあの伴侶と恋人自慢は楽しかったな。どれだけ惚気ても問題ない奴が相手じゃないとできないししないけど」
「あーうん、俺もカーディといっぱい話したけど、楽しかったよ」
「それに川魚串は、やっぱり何度食べても美味しかったな」
アキトも喜んでくれて嬉しかったなと思いだしながら、俺はそう続けた。
「あーあれは本当に美味しかったね。もしかしたらあの川魚串を食べるためだけに、船着き場に行きたいーってなる日がくるかもしれない」
悪戯っぽくそう告げたアキトに、俺は笑いながらすぐに答えた。
「そうなったら二人で行こう。いつでも言って」
「うん、ハルも食べたいーってなったら言ってね」
「ああちゃんと言うよ」
なんて事の無い会話をして二人でクスクスと笑い合った。
「そうだ、船で会った兄の件では…」
船着き場からの連想で船の一件を思いだした。もう一度謝りたいと口を開きかけた俺を、アキトはすぐに大きな声で静止した。
「ハル、止まって!」
アキトのお腹に回っていた俺の手を、アキトはそっとほどいた。気づかない間に力がこもってしまっていたが、もしかして痛かっただろうか。すこし心配になったが、それを尋ねる前に、アキトは俺の両手をキュッと握ってくれた。
「もう十分謝って貰ったからね?」
「…うん、そう、だったな。分かった、もう謝らないよ」
ありがとうと呟いた俺に、アキトは明るい声で続けた。ちょっと重くなった空気を明るくするためにわざとだな。本当に良い子だと思う。
「あの船旅も楽しかったよね」
「ああ、綺麗な景色も見れたしな。アキトに船酔いが無いなら、今度は海の船にも乗ってみないか?」
「そうだね、いつか」
海での船旅ならどこに行くのが一番楽しめるんだろうか。アキトと二人で楽しめる計画を立てるべく、俺は頭の中で候補地を絞り込んでいた。
「船の中と言えばさ、この腕輪すごく嬉しかったな。ありがとう」
完全に油断していた所に不意打ちで告げられた言葉に、胸がいっぱいになった。言葉だけでも嬉しいのに、アキトは繋いでいた俺の手を持ち上げると伴侶候補の腕輪を指先で柔らかく撫でた。大切なものに触れる優しい触れ方だ。
「いや、俺も喜んでもらえた事が嬉しかったよ」
俺はふふと耳元で笑うと、アキトの髪の毛にチュッと小さな音を立ててキスをした。恥ずかしそうに身じろぐアキトの耳はまた真っ赤になっていたけれど、わざわざそれを指摘するような事はしない。
「船着き場がそっくりだったのにもびっくりしたな」
「ああ、あれは初めて見ると驚くよね…」
あれこれとこの依頼の思い出話をしている間に、あっという間に時間は過ぎてしまった。
そろそろ出ないと間に合わないという時間までまったりしてから、俺達は二人揃って階下の受付へと向かった。
年に二日しかないトリク祭りの開催中にこんな時間まで宿に残っているのは、俺達ぐらいだろうな。そう思っていたが、俺の予想はどうやら正しかったらしい。
ガランとした受付の前に立てば、すぐに奥から従業員が現れた。感知魔法?いやそれとも感知の魔道具でも置いてあるんだろうか。
「ご出立ですね」
「ああ、そうだ。支払いは?」
「お支払いは既に済んでおりますので」
こちらに記入だけお願いしますと声をかけられて手続きをしていた俺は、そわそわと身体を揺らすアキトに気づいて視線を向けた。
「アキト、どうしたの?」
「あの、噴水広場の公演、教えてくれてありがとうございました!」
ああ、そういえば目の前の従業員は、あの時噴水広場の公演を教えてくれた彼だな。お礼を言いたいとは言ってたけど、あれは本気だったのか。
「教えてもらってなかったら、あんなにすごい公演を見れなかったかもしれないので、お礼が言いたかったんです…けど…」
「お誉めの言葉、ありがとうございます。お二人のお役に立てたなら何よりです」
「本当に良いものを見させてもらったよ、俺からもありがとう」
思い出になったと笑って声をかければ、従業員の青年は嬉しそうに笑ってくれた。
「またのお越しをお待ちしております」
にこやかな笑顔で見送られて、俺達は黄昏の館を後にした。
可愛いなぁと思いながらじっと見つめていると、ようやくベッドに辿り着いたアキトはくるりと俺に背中を向け、そのままちょこんと脚の間に腰を下ろした。
「可愛いな」
思わず口からこぼれてしまった言葉に、アキトの耳が赤くなった。これだけ耳が赤いならきっと顔も真っ赤なんだろうな。たぶん恥ずかしそうに頬を染めているんだろうなと想像してみる。
うーん、背中から抱きしめる体勢にしたのはもしかして失敗だったかな。数分前の選択を少しだけ後悔しながら、俺はアキトの身体に腕を回すとギュッと抱きしめた。
急な動きに驚いたのか一瞬だけ強張った身体から、ゆるゆると力が抜けていく。甘えるようにもたれかかってくる身体が、たまらなく愛おしい。
華奢な身体を抱きこんだまま、俺はそっと口を開いた。
「アキト、この依頼もあと数日で終わるね」
「うん、そうだね。でも、思ったよりもあっという間だったな」
アキトは嬉しそうに弾んだ声で答えた。
「これは依頼人のおかげかな?クリスさんもカーディも良い人で良かったよね」
「ああ、そうだな。でもアキトはともかく、まさか俺にまで友人が増えるとは思わなかったよ」
友人と呼べる奴はそれなりにいるが、喜んで惚気を聞いてくれる友人なんて初めてかもしれない。まあ今までは惚気た事なんて一度も無かったから、問題は無かったんだが。
「大きな問題は無くても、色んな事があったよね」
くったりともたれかかっていたアキトが、ちらりと俺の方を振り返ってそう呟いた。
「あーあの伴侶と恋人自慢は楽しかったな。どれだけ惚気ても問題ない奴が相手じゃないとできないししないけど」
「あーうん、俺もカーディといっぱい話したけど、楽しかったよ」
「それに川魚串は、やっぱり何度食べても美味しかったな」
アキトも喜んでくれて嬉しかったなと思いだしながら、俺はそう続けた。
「あーあれは本当に美味しかったね。もしかしたらあの川魚串を食べるためだけに、船着き場に行きたいーってなる日がくるかもしれない」
悪戯っぽくそう告げたアキトに、俺は笑いながらすぐに答えた。
「そうなったら二人で行こう。いつでも言って」
「うん、ハルも食べたいーってなったら言ってね」
「ああちゃんと言うよ」
なんて事の無い会話をして二人でクスクスと笑い合った。
「そうだ、船で会った兄の件では…」
船着き場からの連想で船の一件を思いだした。もう一度謝りたいと口を開きかけた俺を、アキトはすぐに大きな声で静止した。
「ハル、止まって!」
アキトのお腹に回っていた俺の手を、アキトはそっとほどいた。気づかない間に力がこもってしまっていたが、もしかして痛かっただろうか。すこし心配になったが、それを尋ねる前に、アキトは俺の両手をキュッと握ってくれた。
「もう十分謝って貰ったからね?」
「…うん、そう、だったな。分かった、もう謝らないよ」
ありがとうと呟いた俺に、アキトは明るい声で続けた。ちょっと重くなった空気を明るくするためにわざとだな。本当に良い子だと思う。
「あの船旅も楽しかったよね」
「ああ、綺麗な景色も見れたしな。アキトに船酔いが無いなら、今度は海の船にも乗ってみないか?」
「そうだね、いつか」
海での船旅ならどこに行くのが一番楽しめるんだろうか。アキトと二人で楽しめる計画を立てるべく、俺は頭の中で候補地を絞り込んでいた。
「船の中と言えばさ、この腕輪すごく嬉しかったな。ありがとう」
完全に油断していた所に不意打ちで告げられた言葉に、胸がいっぱいになった。言葉だけでも嬉しいのに、アキトは繋いでいた俺の手を持ち上げると伴侶候補の腕輪を指先で柔らかく撫でた。大切なものに触れる優しい触れ方だ。
「いや、俺も喜んでもらえた事が嬉しかったよ」
俺はふふと耳元で笑うと、アキトの髪の毛にチュッと小さな音を立ててキスをした。恥ずかしそうに身じろぐアキトの耳はまた真っ赤になっていたけれど、わざわざそれを指摘するような事はしない。
「船着き場がそっくりだったのにもびっくりしたな」
「ああ、あれは初めて見ると驚くよね…」
あれこれとこの依頼の思い出話をしている間に、あっという間に時間は過ぎてしまった。
そろそろ出ないと間に合わないという時間までまったりしてから、俺達は二人揃って階下の受付へと向かった。
年に二日しかないトリク祭りの開催中にこんな時間まで宿に残っているのは、俺達ぐらいだろうな。そう思っていたが、俺の予想はどうやら正しかったらしい。
ガランとした受付の前に立てば、すぐに奥から従業員が現れた。感知魔法?いやそれとも感知の魔道具でも置いてあるんだろうか。
「ご出立ですね」
「ああ、そうだ。支払いは?」
「お支払いは既に済んでおりますので」
こちらに記入だけお願いしますと声をかけられて手続きをしていた俺は、そわそわと身体を揺らすアキトに気づいて視線を向けた。
「アキト、どうしたの?」
「あの、噴水広場の公演、教えてくれてありがとうございました!」
ああ、そういえば目の前の従業員は、あの時噴水広場の公演を教えてくれた彼だな。お礼を言いたいとは言ってたけど、あれは本気だったのか。
「教えてもらってなかったら、あんなにすごい公演を見れなかったかもしれないので、お礼が言いたかったんです…けど…」
「お誉めの言葉、ありがとうございます。お二人のお役に立てたなら何よりです」
「本当に良いものを見させてもらったよ、俺からもありがとう」
思い出になったと笑って声をかければ、従業員の青年は嬉しそうに笑ってくれた。
「またのお越しをお待ちしております」
にこやかな笑顔で見送られて、俺達は黄昏の館を後にした。
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