上 下
523 / 1,112

522.幸せな二度寝

しおりを挟む
 昨日は眠気に負けてハルを置いて部屋に戻ってしまったけれど、ぐっすり眠ったおかげで今朝の目覚めは爽やかだった。

 パチリと目を開いた俺は、隣のベッドで眠るハルにそっと視線を向けた。あんまり見つめすぎたら気配に鋭いハルは起きてしまうかもしれないから、チラチラと盗み見る。

 すーすーと寝息を立てながら眠っているハルの姿は、まるで名のある有名な作家が全力で作り上げた美術品のような美しさだ。起きてる時はくるくる変わる表情と、優しくて温かみのあるあの目に意識が行くから美術品みたいなんて思わないんだけどな。

 窓から差し込む光でハルの長いまつげが透けて見える。ああ綺麗だなとついつい見惚れていたけど、これだけ見つめられているのにハルが起きそうな気配は無い。もしかして結構遅くまでクリスさんと二人で飲んでたんだろうか。

 もしそうなら、もう少し寝かせてあげたいな。

 ハルを起こさないように今出来る事を考えたけれど、何も思いつかない。魔道収納鞄の所に本を取りに行くのも無理だし、朝食だって食べるならハルと一緒に食べたい。

 何をしようかなぁとぼんやりと考えながらハルの寝息を聞いていると、あんなにしっかり眠った筈なのに不思議と眠気が湧いてきた。

 できる事、ひとつだけあったな。今日の予定は昼からなんだし、今はまだ早い。

 よし、二度寝しよう。

 自然と閉じていく瞼に抗わず、俺はそっと目を閉じた。



「アキト、起きられる?」

 ふわりと肩に触れる手と優しいハルの声に、俺はそっと目を開いた。

「おはよう、ハル」
「ああ。おはよう、アキト」
「二度寝したら寝すぎちゃったな、起こしてくれてありがとう」
「いや、気にしないで」

 俺の手を取ってベッドから立たせると、ハルはそのままテーブルの方へと歩き出した。

「朝食が届いてるから、食べよう?」
「わ、本当だ!」

 テーブルの上には色んな種類のこぶりなパンにジャム、サラダに果物、卵料理が並んでいた。

「朝の飲み物は…花茶かな?」
「うん、花茶が良い!」

 笑顔でそう答えれば、ハルはすぐにお茶を淹れて手渡してくれた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 いただきますと声を重ねて朝食に手を伸ばす。見た目はとってもシンプルなホテルの朝食って感じなのに、どれもこれも驚くほどに美味しかった。

「美味しい」
「うん、美味しいね。料理長のこだわりで、朝食は華美じゃないが質が良い物を出すって決まってるらしいよ?」
「へーそれは嬉しいこだわりだな」
「これだけ美味しいならすごい事だよね」

 のんびりと会話を楽しみながらの食事を終えると、ハルは少し申し訳なさそうに俺に向かって声をかけた。

「アキト、ひとつ話したい事があるんだ」
「うん、何?」
「昨夜ね、クリスにアキトが異世界人かって聞かれて…」
「えっ…!?」

 俺は驚きに固まったまま、呆然とハルを見つめていた。

「さすがに誤魔化せなかったから、そうだって教えた。勝手に決めてごめんね」
「いや、うん。それは仕方ないと思うから良いんだけど…何でバレたの?」
「うーん…アキト昨日ダンゴ食べたでしょう?」

 うん、食べたね。久しぶりの和菓子を堪能したね。

「その時にミタラシって言ってたんだよ」
「え…俺みたらしって言ってた?」
「言ってたよ。それをクリスも聞いてたみたいでね」

 ハルいわく、あの菓子はクリスさんの親戚が売り出す予定の物で、まだ一般には発売していないらしい。あの料理法自体はかつて親戚が保護していた異世界人が試行錯誤して作ったもので、数代前の当主の日記と一緒に最近になって出てきたんだって。

「その日記に、正式名称はミタラシダンゴだって言いながらも、なぜかミタラシと呼んでいたって記されていたんだ」

 聞きなれない言葉だから、その名前は使わないつもりだったらしいんだけどねとハルはそう教えてくれた。

 うん、その異世界人さん、多分日本人だよね。

「そっか…うん、俺のうかつな発言のせいなんだね」
「いや、不意打ちで故郷のお菓子が出てきたんだから、それは仕方ないよ」
「ありがと。それでクリスさんはなんだって?」

 思っていたよりも冷静な声が出せた事に、自分でもちょっと驚いた。

 素性も分からないような人にバレてたらもっと動揺したかもしれないけれど、クリスさんとカーディの事は信頼してるからかな。

「アキト、思ったよりも落ち着いてるね?」
「あの二人の事は信頼してるから…かな?知らない人ならもっと動揺してたかも」
「そうか…うん、そうだね」

 ハルはそう言うと、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

処理中です...