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521.【ハル視点】噂話

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「どういたしまして。あ、もし完全に呼び名が広まる前に誰かに聞かれてしまったら、私の護衛をした時に知ったんだと言ってくださいね」

 その辺りの言い訳はたぶんハルなら得意でしょう?とクリスは明るく笑ってみせた。

 親身になってアキトの事を気にかけてくれている事に感謝しながらも、俺はクリスの行動に違和感を覚えていた。

「なあ、クリス」
「なんですか?」
「アキトが異世界人がどうかを聞いてきたのは、アキトの知識を利用するためじゃないと言ったよな」
「ええ、そうですよ」
「じゃあなぜわざわざ、その情報の真偽を確かめたんだ?」

 アキトのミタラシ呼びに気づいたとしても、そのまま気づかない振りをして流す事もできた筈だ。アキトの秘密が他の人にバレる可能性を考えたからかとも思ったが、それならただ親戚にミタラシ呼びを広めて欲しいとだけ言っておけば良い。それなら俺に気づかれる事も殺気を向けられる事も無かっただろう。

 クリスにとって、アキトが異世界人だと確認する事に何らかの意味があった。そう考えるしかない。

「一体何が目的で俺に睨まれてまで確認をしたんだ?」
「さすがハルですね、そこまで理解してくれるとは感心しました」

 クリスは自然な笑みを浮かべて俺を見つめてくる。

「こんな高度な防音結界のある部屋で、わざと二人きりの状況を作ったんだからな。それぐらいは分かる。―――何か、言い難い事か?」
「いいえ、私がわざわざ確認をした理由は一つだけです。もしアキトさんが異世界人ならあなたたち二人が知っておくべきじゃないかと思う情報を私が握っているからですね」

 異世界人なら知っておくべきじゃないかと思う情報か。クリスがそこまで言うなら、それはかなり重大な情報なんだろう。

「俺達二人に教えたい情報?」
「ええ、部外者には絶対に聞こえないこんな状況でないと、そうそう話せないような情報ですね」

 実は俺も密かに異世界人に関しての情報は集めていた。異世界に戻る方法や、実際に渡ってきた人の話なども探しては見たが、正直に言えばその成果はあまり無かった。

 貴重な情報だけに、そうそうやり取りされていないのが実情だからだ。

「仕事柄色々な人に会いますからね。こっそりと噂話や情報を回してくれる方も多いんですよ」
「そう…だろうな」

 魔道具の依頼ついでに話し込んでいく客も多いだろうし、興味のある話ならクリスが上手く聞き出すんだろう。そう思って頷いた俺に、クリスは少し困った顔で続けた。

「その噂話の内容についてなんですが、まずはハルが聞いてから判断してもらいたんです」
「判断?」
「ええ、アキトさんに言うかどうかは…ハルが決めて下さい」
「…分かった。聞こう」

 言うかどうかを俺に決めろというような内容なのかと咄嗟に身構えた俺に、クリスはそっと口を開いた。 

「数か月前、他国で異世界人を召喚した貴族がいるという噂を聞きました」
「異世界人を…召喚した?」
「ええ。とは言っても国を上げて行った行事では無く、とある貴族の独断で行った召喚だったらしいんですが」

 国名と貴族の名前まではさすがに聞き出せなかったですと、クリスは申し訳なさそうな表情を浮かべている。いや、むしろそこをあまり追及しすぎると、必要な情報を聞き出す前に逃げられるかもしれないからな。

「いや、良い判断だと思う」
「ありがとうございます。その時は本当にただの噂話なんだと思っていたんですが…最近になってその国の貴族が今も異世界人を探していると知ったんです」
「は…?」

 召喚を行った貴族が今も異世界人を探している?

 俺とアキトが出会った時、アキトはたった一人でナルクアの森にいた。もしそれが召喚に何らかの不具合があって召喚位置がずれたせいだとしたら――探されている異世界人は、もしかしたらアキトかもしれない。

「ハル、あなたにこの情報を伝えるかどうか…これでも悩んだんですよ」
「…そうなのか?」
「ええ、でも、もし今ここで知らせなかった事でアキトさんの身に危険が及んだらと思うと…せめて警戒して欲しいと伝える事に決めたんです」

 もしカーディを探している人がいるなんて情報があったら、たとえそれがただの噂話程度の信憑性だとしても、知っておきたいと思いますからとクリスは続けた。

「……うん、そうだな。知っておきたいと俺も思う。伝えてくれてありがとう」
「どういたしまして。一応言っておきますけど…私は愛しい伴侶の名前に誓って、誰にもアキトさんが異世界人だとは言いませんからね」

 真面目な顔で誓いの言葉を口にしたクリスに、俺は苦笑しながら答えた。

「そんな事、わざわざ言わなくても信じてるよ」
「それは良かったです」
「アキトには、俺から伝えるよ」
「その方が警戒はできるでしょうね」

 そう言ってくれたクリスに、それでも俺に判断を委ねてくれてありがとうともう一度礼の言葉を口にした。

「どういたしまして…ふう、この話はここで終わりにして、今度こそ飲みませんか?」

 そう言って魔導収納鞄から取り出したのは、濃厚な赤色の酒が入ったガラス細工の瓶だった。

「良い赤だな。セアーロの酒か?」
「正解です」

 クリスは手早くグラスを二つ取り出すと、すこしとろみを帯びたその酒を注いでいく。手渡されたセアーロの酒は、驚くほどに旨味のある酒だった。

「うまいな」
「ええ、本当に」
「アキトも好きそうな味だ」
「カーディも好きそうな味ですね」

 じっくり味わってから口にした言葉がぴたりと重なった事に、俺達は二人揃って声を上げて笑った。

「一本差し上げますから、今度二人で飲んだら良いですよ」
「良いのか?」
「本当に私たちは伴侶馬鹿ですね」

 伴侶自慢と伴侶候補自慢を繰り返しながら、俺達はのんびりと酒を酌み交わした。
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