上 下
521 / 1,112

520.【ハル視点】クリスの真意

しおりを挟む
 クリスはふうーとひとつ大きく息を吐いてから、俺の目をまっすぐ見つめながら口を開いた。

「もし仮にアキトさんが異世界人だとしても、私はその知識を自分のために利用するつもりなんて一切ありませんよ」
「その言葉は、本心からだと言いきれるか?」

 友人としてのクリス個人の事は信用できる――と思う。

 でも、こいつは商人だからな。商人というのは、利益のためなら何をするか分からないそういう怖さがある。もちろん全員がそうだというわけでは無いんだが、色んな奴を見てきたからな。

 もしこれが自分だけに影響がある事なら、とりあえず様子を見るかと信じたふりで流す事もできたかもしれない。だが、今回はアキトに関する事だからな、そうそう簡単に警戒を緩めるわけにはいかないんだ。

 真剣な表情で問い詰める俺に、クリスはあまりにあっさりと答えた。

「間違いなく本心からの言葉ですよ」

 うん、表情と口調から嘘は無いと思うんだが…とにかく返事が軽い。軽すぎる。何というかあまりに軽く答えられたせいで、嘘は無いと思うのに信じ難い。さてどうしようかと戸惑う俺に、クリスは続けた。

「これでも私はハルとアキトさんを気に入ってますからね。異世界の知識よりも、どちらかというと冒険者としての能力の方に期待してます」

 冒険者としての依頼は利用する事にはならないですよね?と恐る恐る尋ねてきたクリスに俺は小さく頷いた。

「それに…カーディの唯一の友人を利用なんてしたら、私がカーディに嫌われるじゃないですか。そんな恐ろしい事は絶対にしないですよ」

 そう続けたクリスのいつも通りすぎる言葉に、俺はようやく肩の力を抜いた。

「ああ、そうだな。うん、お前はそういう奴だよな」

 俺が警戒を解いたのに気づいたのか、クリスもふうと肩の力を抜いた。

「そういう奴って…ハルの中で、私はどういう奴なんです?」
「自分の伴侶が一番大切な、伴侶馬鹿だろ?」
「うーん、それは否定できないですね。私はカーディが一番大切な伴侶馬鹿です。でも、ハルもそうでしょう?」
「ああ、うん。それもそうだな」
「どんな理由だとしても信じて貰えて嬉しいですよ」

 そう言って小さく笑ったクリスは、テーブルの上に置いたままだったカップに手を伸ばすと冷え切ったお茶をぐいっと飲み干した。

「はー緊張してたので、お茶が美味しいです」
「緊張してたのか?それにしては落ち着いて質問してたと思うが」
「そう見えていましたか?ハルがそう思うなら、私の演技力もなかなかですね」

 殺気が飛んできた時はさすがに焦りましたよと苦笑するクリスに、俺はもう一度謝罪の言葉を口にした。

「もう謝ってもらいましたし、気持ちは分かるので気にしないでください」
「さっきの質問だが…確かにアキトは異世界人だよ」

 クリスに話したと、あとでアキトにはちゃんと言っておかないとな。そんな事を考えながら、俺はそう口にした。

「やっぱりそうでしたか」
「あの菓子はおそらくアキトの故郷のものなんだろうな」
「なるほど。本当に幸せそうに食べてましたからね」
「ああ。そういえば、その親戚の店はどこで開く予定なんだ?」

 あれほど嬉しそうに食べていた故郷の菓子だ。アキトのためにも店の情報は手に入れておきたい。そう思っての質問だったが、クリスは楽し気に声をあげて笑いだした。

「変な事を言ったか?」
「いいえ、アキトさんが第一でハルらしいですね」
「そうか?」
「とりあえず第一店舗は王都で探しているそうですよ」
「王都か」

 王都ならいつかアキトと一緒に行く事もあるだろうと、開店したら詳しい情報を教えてもらうように俺はクリスと約束を取り付けた。

「アキトさんの言ったミタラシという言葉なんですが」
「ああ」
「あれは本当に無意識の言葉だったと思うんです。これからもダンゴを食べたらそう言ってしまうかもしれないし、それを誰かに聞かれるかもしれませんよね」

 クリスの言葉を否定する事はできなかった。かといって無意識のうちに出るような言葉を、絶対に外では口にしないように気をつけろなんてアキトに言うのも嫌だ。

 黙り込んでしまった俺に、クリスはニッと笑って続けた。

「ですから、親戚にはせっかくならそのミタラシと言う呼び方も広めた方が良いんじゃないかとと助言をしようと思うんです」

 聞きなれない言葉だからこそ、面白い。ミタラシという呼び方が広まれば、同時にダンゴの名前も広がっていく。

「そんな風に誘導すれば、親戚はきっとその呼び方を広めてくれます」

 なるほど。今はその親戚と日記を読んだ人しか知らない呼び方を、商品と一緒に広めてしまうのか。それならアキトがミタラシと口にしたのを聞いた人がいても、気にもかけないだろ。

「クリス…ありがとう」

 俺は心からの感謝を込めて、クリスに向かって頭を下げた。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...