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508.黄昏の館の商談室

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「うわー綺麗な部屋ー」

 開いたドアの隙間からそっと部屋の中を覗いたカーディが、思わずといった感じでそう歓声をあげた。くすりと笑ったクリスさんが開ききってくれたドアから、俺達は四人揃って商談用の部屋の中へと足を踏み入れた。

 壁には小ぶりな絵がセンス良くいくつか掛けられていて、一際目を惹く大きな花瓶には色とりどりの花が活けられている。

「わ、ほんとだーすごいね!」

 綺麗だと声をあげた俺の後ろで、カートを押して室内に入ってきたハルはカチリと音を立てて部屋の鍵を閉めた。

 違いは俺には分からないけど、なんでもここの防音結界は部屋のものよりもさらに高度な物が使われていらしい。例えどんな魔道具を使ってもどんなスキルを使っても、絶対に盗み聞きができないんだって。

 そんなセキュリティ万全の部屋の中でこれから行われるのは、重要な商談じゃなくてただ甘い物を食べるだけなんだけど。

 クリスさんは部屋を使用する目的を何も隠さずに伝えてたんだけど、こうして部屋を貸してくれたんだから宿の人にとっても問題は無いんだろうな。

 しかも小さなカートにお茶のセットまで用意してくれたのには、正直驚いた。

「んーでも思ったよりは派手じゃないな?」

 俺はこのぐらいの方が好きだけど、ちょっと意外だとカーディは笑って続けた。うん、確かにちょっと意外だよね。有名な宿の商談用の部屋って聞いたから、もっと金ぴかだったりもっと派手で豪華なのを想像してた。

「俺もそう思った」
「お、アキトもか。だよなー」
「あー二人とも…派手じゃないだけで、かなりお金はかかってますよ?」

 二人で盛り上がっていた俺とカーディに、クリスさんは言い難そうにそう口を開いた。
 
「なんだ、そうなのか?」
「なかでも特にその花瓶とかな」

 ハルがそう言って指差したのは、たくさんの花が活けられているあの大きな花瓶だった。

「花を活けて使うなんてこの花瓶に失礼だと怒りだす奴がいるかもしれない。そんなレベルの花瓶だよ」
「さすが、ハルは目利きですね」
「へーこれがー」

 近くに移動してまじまじと花瓶を観察しているカーディから慎重に距離を取って、俺はそっと椅子の方へと近づいた。本来の用途で使ってるのに花瓶に失礼だと言われるかもしれない花瓶って、俺の世界なら博物館とかにあるレベルかもしれないからね。

 何かあったら怖いから、俺はもう絶対あの花瓶には近づかないぞ。



 ハルが入れてくれたお茶を飲みながら、俺達は椅子に座って向かい合った。今日は何をしてたのかなんて話題でひとしきり盛り上がってから、ハルはクリスさんに尋ねた。

「親戚に会いにいく予定が終わったって事は、あとは買い出しだけか?」

 ハルの質問に、カーディとクリスさんは笑って首を振った。

 あれ?ストファー魔道具店のための素材の買い出しも予定に入ってたよね?ハルと二人で顔を見合してから見つめれば、二人はすぐにその答えを教えてくれた。

「今回私たちが手に入れたかったのは、赤褐色の竜種の魔石なんです」
「竜種の魔石ってだけでも厄介なのに、よりによって色指定か…」
「ええ」

 どういう意味?と尋ねるよりも前に、ハルはすぐに竜種の魔石は個体差によってそれぞれ色が異なっているんだと教えてくれた。

 しかもこの魔石の色は、実際に手に入れるまで全く予想ができないものらしい。水竜系を倒しても赤い魔石が出ることもあるし、逆に火竜系を倒しても水色の魔石がでる事もあるんだそうだ。完全にランダムで色が決まるって、不思議なものだな。

「そもそも竜種そのものが少ない上に、倒すのも難しい。倒したとしても魔石が出ない事もあるんだ」
「更にその上に色指定…って事?」

 色によって用途も微妙に変わってくるから、繊細な魔道具を作るなら色指定がかかせないものなんだって。

「ええ、本当に入手困難な素材なんですよ」
「しかも熟練の冒険者に依頼したとしても、すぐに手に入るってわけじゃない」
「今回はイーシャルにあるという、不確かな噂を元に買いに来たんです」
「もし運良く見つけられたとしても、値段交渉にはかなりの時間がかかるだろう…」

 カーディは難しい顔でそう言ったと思ったら、にっこりと笑ってから続けた。

「そう思ってたんだけどな」

 カーディの言葉に、俺とハルはん?と揃って首を傾げた。

「思ってた?」
「思ってたんだが、まさかのムフィル商会が手配してくれてな」
「えーと、ムフィル商会?」

 どこかで名前を聞いたようなと悩んでしまった俺の隣で、ハルが嫌そうに呟いた。

「ああ、あいつか」
「え?」
「襲撃未遂犯の依頼人だ」
「あ…あの人か!」

 クリスさんは俺とハルがそう言い合うのを聞いてから、笑顔で話し出した。
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