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504.【ハル視点】串焼き屋の店内

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「いらっしゃいませー中へどうぞー!」

 声をかけてくれた店員に導かれるまま店内に入ると、俺達の後ろでゆっくりとドアが閉まった。人懐こい笑みを浮かべた青年は、先導するように俺達の前に立つと軽やかに歩き出した。

「俺達はここには初めて来たんだが…防音結界はともかく、消臭結界なんて珍しいものを使ってるんだな」

 長い廊下を進みながらそう尋ねてみたら、店員はくるりと俺達の方を振り返るとあっさりと笑って答えてくれた。

「それはねー深い理由があるんだよー」

 どことなくのんびりとした話し方だが、目の前にいるこの青年の柔らかい雰囲気にはよく合っている。

「深い理由って?差支えなければ教えてくれないか?」
「えっとねー店を開こうって決めた時、俺達はどうしても思い出深いこの場所に店を作りたかったんだー」
「思い出の地なのか」
「そう、だからちゃんと役所と交渉したんだー」
「交渉?」
「そうそう、でもねーお客さんの騒ぐ音とか食材を焼く香りが周りの迷惑になるって理由で断られたんだよー」

 この辺りは昔から住宅街だからまあ仕方ないとは思うんだけどさと、店員は苦笑を浮かべて続ける。

「そしたら俺の伴侶がねーただそれだけが理由なら、防音結界と消臭結界の魔道具を設置したら良いって用意してくれたんだー」

 照れくさそうにでも嬉しそうに話す店員に、俺とアキトも自然と笑顔になった。しかし伴侶が用意したのか。もしアキトがどこかでお店をしたいと言い出したら、俺だって全力で応援するからその伴侶の気持ちは分かる。確かに珍しいものではあるが、使い道があまり多くないから全く手に入らないって程でも無いだろう。

「なるほど、それで魔導具を設置するからと交渉したわけか」
「そうそう」

 店員の青年は明るく笑ってから前を向くと、またゆっくりと廊下を歩き出した。俺とアキトもその背中を追ってゆっくりと歩き出す。どこの部屋からなのかは分からないが、廊下にまで音楽や笑い声が聞こえてきている。

「うちはねー全部の部屋が個室になってるんだー」
「個室か、それは良いな」
「二人の席はここでお願いしまーす」

 そう言って案内された部屋の中は、外観から想像したものとは全く違う異国風の飾り付けで俺とアキトはまたしても戸惑ってしまった。



 外から見た時は確かに赤レンガの建物だった。だが、今俺達がいる室内の壁は一面が巨大な木の板で覆われていた。部屋のあちこちに飾られている植物は、大きな葉っぱや原色の花が多い。どこかの民芸品なのか、謎の仮面のようなものが壁の一部に飾られている。

 少々奇抜ではあるが、何故かくつろげそうな気もする。そんな不思議な雰囲気の部屋だった。
 
「まさかあの建物の外観で、中はこんな内装になってるとは思わなかったな」
「ね、びっくりした!」

 そんな風に話しながら、俺達は部屋の真ん中に置かれているテーブルへと足を進めた。テーブルの上にも原色の花が飾られていて、とても華やかだ。

「わざわざ壁まで変えてあるんだな」
「うん、でもこの雰囲気、俺は好きだな。異国情緒っていうのかな。ちょっと旅行に来た気分になれるっていうか」

 ああ、確かにこれは異国に旅行に来た気分になれるかもしれないな。そう答えた俺はすっかりこの店を気に入っていた。何よりもアキトが嬉しそうだからな。ワクワクした様子を隠しきれていないアキトの反応が、可愛くてたまらない。

「それに、個室なのも嬉しいな。ドアは無いみたいだが」

 ドアがあるべき場所には、ただ薄い布のようなものがかけられているだけだ。

 個室と言われてもこれでは外から丸見えじゃ無いのかと思ったんだが、たまたま廊下を歩いていた人を室内から見つめていたら謎は解けた。どうやら人影程度は分かるけれど顔までは見えない、絶妙な厚さのものを選んでいるようだ。

「でもゆっくりできそうで良いよね」
「ああ、それに周りの奴らにアキトを見られずに済むしな」

 どうしてもアキトは人目を惹く。まあ、本人に自覚は無いんだがな。今日の祭りの会場でもアキトをちらりと見てから伴侶候補の腕輪に気づいて残念そうにしている奴は結構いたんだが。まあ自覚をさせるつもりなんて無いんだが。

「いったいどんな料理なんだろうな」
「うん、気になるね」
「アッシュは舌が肥えてるから、期待はできると思うんだが」
「店に入った時の香りからして、絶対に美味しいよね」

 そんな風にのんびりと話していると、不意にカーテンの向こうから声がかかった。

「入って良いー?」
「ああ、どうぞ」

 さらりとカーテンをかき分けると、先ほど案内をしてくれた店員がトレイ片手に部屋の中へと入ってきた。

「まずはこれをどうぞーこれはトリク祭りだけの無料サービスなんだよー」

 うちだけの配合にしてあるから試してみてねーと笑った店員は、まずアキトの前にグラスを置いた。ひょこっと中を覗いてみたアキトの目が、シャルの果実水のあの色合いに釘付けになっている。前にシャルの果実水を飲んだ時も見つめてたから、きっとあの色が好きなんだろうな。

「あ、もしシャルの果実水が苦手なら、他のに変更もできるよー?」

 あまりにまじまじ見ていたから、苦手なのかと心配になったのだろう。気を利かせてそう聞いてくれた店員に、アキトは慌ててブンブンと首を振った。

「あ、いえ、シャルの果実水はすごく好きです!ただ色が綺麗だなーって見てしまっただけなので…すみません」
「いえいえ、好きなら良かったーどうぞー」
「ありがとうございます」
「はいそちらの方もどうぞー」
「ああ、ありがとう」
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