生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
499 / 1,179

498.お試しスタート

しおりを挟む
 最初は大きな串焼きだけをメニューに載せてたんだけど、常連さんから懇願されたんだそうだ。

「他の味も食べたいのに、なかなか他のに手がだせないーってねー」

 俺も俺の伴侶も大食いだから、普通の人があの大きさの串焼きをいくつも食べるのは無理だって知らなかったんだーと苦笑しながら教えてくれた。

 この細身のお兄さんが大食いなの?とちょっと驚いてしまったけれど、口を挟む間もなくお兄さんの説明は続いていく。

「それでねーみんなの意見を聞いて回った結果、色んな味を試せるようにしようって決めたんだー」

 最初はただ切り分けたものを出していただけだったけど、それはちょっと味気ないと店員さん達は悩んだらしい。

 それで最終的には色んな種類の大きな串焼きを持った店員が個室を回って、それぞれの目の前で切り分けてくれる今のやり方になったらしい。

 うん、それってあれだよね、串焼きというよりむしろシュラスコってやつだよね。

「なるほど、それは良いな」

 どうやらハルも乗り気みたいだ。お兄さんはすかさず値段を教えてくれたけれど、本当にそんな値段で良いのかと聞きたくなる安さだった。

「あ、気に入ったのがあればそれだけ追加もできるしーもっと気に入ったのがあれば別料金になるけど大きな串で丸ごと追加なんて事もできるよー」

 苦手な物は食べないと断って良いとか、いっぱい食べたいのはもっと大きく切ってとお願いしても良いとか、お兄さんの教えてくれるこの店のルールを俺はワクワクしながら聞いていた。

 説明を聞いてて思ったんだけど、この店かなり自由だ。こんなの絶対に楽しいやつだ。

「俺はそれにしようかな。アキトはどうする?」
「うん、俺もそれが良い!」
「はーい、じゃあ二人ともまずはお試しだねー」

 お兄さんはしばらくおまちくださーいと明るく笑って、部屋から出ていった。

「どれにするか悩むかと思ったら、試せるのは嬉しいな」
「うん、でもハルはウカのステーキ串選ぶつもりだったでしょ?」
「バレてたか…そういうアキトはマルックスのグリル串と果物串だろう?」
「うん、当たりー」

 お互いの食べたいものを言い当てながら、俺達はシャルの果実水に口をつけた。よく冷えたシャルの果実水が、乾いた喉に染みわたっていく。

「ここのシャルの果実水も美味しいね」
「ああ、何か他の果物が入ってるのかもしれないな」
「色は普通だけど、特別って言ってたもんね」

 そう言い合っていると、不意にカーテンの向こうから声がかかった。

「待たせた」

 ぼそりと響いた重低音の声に、俺は慌ててカーテンの方へと視線を向けた。薄いカーテンの布地の向こうに立っていたのは、レーブンさんやギルマスにもひけを取らない巨体の男性だった。

 あの細身の明るい店員さんが来ると思ってたから、ちょっとびっくりしてしまった。

「入って良いか?」

 続けて極めて低音でそう尋ねた男性の手には、野菜が刺さった巨大な串と料理用らしきこれまた巨大なナイフを持っている。

「ああ、どうぞ」

 ハルがあっさりとそう答えると、男性はカーテンをかき分けて部屋の中へと入ってきた。

「これは今日の日替わり野菜串だ、いるか?」

 そう尋ねられた俺とハルは、何も考えずに反射的にすぐに頷いた。だって目の前にある野菜串から、あまりに美味しそうな香りが漂ってきてたからね。これは我慢なんてできない。

 男性はすぐに巨大なナイフを繊細に使いこなして、野菜を切り落としてくれた。

「ゆっくり食ってくれ」

「じゃあ折角だし、同時に食べようか」
「ああ、そうだな」
「「いただきます」」

 声を揃えてから口に放り込んだその野菜は、野菜本来の甘みとスパイスの塩梅が絶妙だった。じっくりと加熱されたせいかトロリと中がとろけているのに、皮のあたりはパリッと焼けているからその食感の違いまで楽しめてしまう。

「あっつい!でも美味しいっ!」
「っ!ああ、これは美味いな!」
「ところでハル、この野菜って何か知ってる?」
「ああニリーだな」
「二リーっていうんだ」

 ハルの説明を聞きながら待っていると、また男性がカーテンの前に立ち止まった。

「入って良いか」
「「どうぞ」」

 今度は二人の声がばっちり重なったな。

「次はマルックスのグリル串だ、いるか?」
「ああ、欲しい」
「あの、大き目にお願いします」

 まだ一周目なのにとか考える余裕は全くなかった。俺はもしこのマルックスだけでお腹いっぱいになっても後悔しないぞ。そんな事を考えながら、笑顔で切り分けられるマルックスを見つめていた。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...