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496.串焼き屋
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トリク祭り真っ最中の街中は、夕方になってもたくさんの人で賑わっていた。こども達の姿はさすがにちょっと減った気がするけど、その分恋人同士や伴侶なのだろう甘い雰囲気の大人が増えてきている気がする。
「ここを左だな」
祭りの雰囲気を楽しみながらものんびりと歩き続けていた俺達は、アッシュさんの教えてくれた店の前に辿り着いた。
「ここの筈…なんだが…?」
「え、ここ?」
二人して戸惑ってしまったのは、目の前にあるのが普通の住宅街にしか見えなかったからだ。イーシャルでは一般的な赤レンガの建物に、トリク祭りの花飾りが飾られている家がいくつも並んでいる。
「えーっと…どう見てもお店には見えないね?」
「ああ…だが道は間違えてないんだよな」
道を曲がって二軒目って言ってたなと呟いたハルと一緒に、そーっと二軒目の建物に近づいてみる。
「あ!あのドアの所、小さい看板がある!」
思わず指差してハルに声をかければ、ハルもまじまじと看板を見つめた。
「うん、串焼き屋って書いてあるな」
「店名ですら無いんだ」
「面白い店だな」
でもこういう名前にこだわらないのに人気の店は、絶対に美味いんだよなとハルは笑みをこぼした。そういうものなのか。
「アッシュさんに聞いてなかったら、お店だって気づかなかっただろうな」
「ああ、これはもし前を通ったとしても気づかないよな」
「だよね」
「アキト、とりあえず営業中にはなってるから入ってみようか?」
「うん、せっかく教えてもらったんだし入ってみよ」
そう決めた俺達は店のドアに近づいていったんだけど、近づけば近づくほど不安になってくる。だってここまで近づいても肉の焼ける香りとかもしないし、お客さんの声も一切聞こえてこないんだよ。もしかして営業中の看板が間違えててお休みしてるんじゃないかなーって思ってたんだ。
でも膨らみ続けていた不安はハルがドアを開いた瞬間、一瞬で吹き飛んだ。
うっすらと開いたドアの隙間からうっすらと聞こえてきたのは、楽し気な笑い声と軽やかな音楽だった。定休日じゃないみたいだと思った次の瞬間、今度は何かが焼ける香ばしい香りが辺りいっぱいに広がった。
「うわー良い香り!」
「これは防音結界の魔道具と、消臭結界の魔道具を使ってるのか?」
ハルがぽつりと呟いた声に、俺はへーと気の抜けた声を返した。防音結界は宿でも使ってるしハルも持ってるからもちろん知ってるんだけど、消臭結界なんてものもあるのか。中の香りを消す結界なんだろうか。
「いらっしゃいませー中へどうぞー!」
そう声をかけてくれた店員さんに導かれて店内に入ると、俺達の後ろでゆっくりとドアが閉まった。人懐こい笑みを浮かべたお兄さんは、俺達の前に立つと軽やかに歩き出した。
店に入ってすぐが廊下になってるお店は、この世界に来て初めてかもしれないな。
「俺達はここには初めて来たんだが…防音結界はともかく、消臭結界なんて珍しいものを使ってるんだな」
長い廊下を進みながらハルがそう尋ねたら、店員さんはくるりと俺達の方を振り返るとあっさりと笑って答えてくれた。
「それはねー深い理由があるんだよー」
のんびりとした話し方だが、それが目の前にいるこの人にはすごく合ってるように感じる。
「深い理由って差支えなければ教えてくれないか?」
「えっとねー店を開こうって決めた時、俺達はどうしても思い出深いこの場所に店を作りたかったんだー」
「思い出の地なのか」
「そう、だからちゃんと役所と交渉したんだー」
「交渉?」
「そうそう、でもねーお客さんの騒ぐ音とか食材を焼く香りが周りの迷惑になるって理由で断られたんだよー」
この辺りは昔から住宅街だからまあ仕方ないとは思うんだけどさと、店員さんは苦笑を浮かべた。
「そしたら俺の伴侶がねーただそれだけが理由なら、防音結界と消臭結界の魔道具を設置したら良いって用意してくれたんだー」
照れくさそうにでも嬉しそうに話す店員さんに、俺とハルも自然と笑顔になってしまった。
「なるほど、それで魔導具を設置するからと交渉したわけか」
「そうそう」
店員さんは明るく笑って前を向くと、またゆっくりと廊下を歩き出した。俺とハルもその背中を追ってゆっくりと歩き出す。
「うちはねー全部の部屋が個室になってるんだー」
「個室か、それは良いな」
「二人の席はここでお願いしまーす」
そう言って案内された部屋の中は、外観から想像したものとは全く違う南国風の飾り付けで俺とハルはまたしても戸惑ってしまった。
「ここを左だな」
祭りの雰囲気を楽しみながらものんびりと歩き続けていた俺達は、アッシュさんの教えてくれた店の前に辿り着いた。
「ここの筈…なんだが…?」
「え、ここ?」
二人して戸惑ってしまったのは、目の前にあるのが普通の住宅街にしか見えなかったからだ。イーシャルでは一般的な赤レンガの建物に、トリク祭りの花飾りが飾られている家がいくつも並んでいる。
「えーっと…どう見てもお店には見えないね?」
「ああ…だが道は間違えてないんだよな」
道を曲がって二軒目って言ってたなと呟いたハルと一緒に、そーっと二軒目の建物に近づいてみる。
「あ!あのドアの所、小さい看板がある!」
思わず指差してハルに声をかければ、ハルもまじまじと看板を見つめた。
「うん、串焼き屋って書いてあるな」
「店名ですら無いんだ」
「面白い店だな」
でもこういう名前にこだわらないのに人気の店は、絶対に美味いんだよなとハルは笑みをこぼした。そういうものなのか。
「アッシュさんに聞いてなかったら、お店だって気づかなかっただろうな」
「ああ、これはもし前を通ったとしても気づかないよな」
「だよね」
「アキト、とりあえず営業中にはなってるから入ってみようか?」
「うん、せっかく教えてもらったんだし入ってみよ」
そう決めた俺達は店のドアに近づいていったんだけど、近づけば近づくほど不安になってくる。だってここまで近づいても肉の焼ける香りとかもしないし、お客さんの声も一切聞こえてこないんだよ。もしかして営業中の看板が間違えててお休みしてるんじゃないかなーって思ってたんだ。
でも膨らみ続けていた不安はハルがドアを開いた瞬間、一瞬で吹き飛んだ。
うっすらと開いたドアの隙間からうっすらと聞こえてきたのは、楽し気な笑い声と軽やかな音楽だった。定休日じゃないみたいだと思った次の瞬間、今度は何かが焼ける香ばしい香りが辺りいっぱいに広がった。
「うわー良い香り!」
「これは防音結界の魔道具と、消臭結界の魔道具を使ってるのか?」
ハルがぽつりと呟いた声に、俺はへーと気の抜けた声を返した。防音結界は宿でも使ってるしハルも持ってるからもちろん知ってるんだけど、消臭結界なんてものもあるのか。中の香りを消す結界なんだろうか。
「いらっしゃいませー中へどうぞー!」
そう声をかけてくれた店員さんに導かれて店内に入ると、俺達の後ろでゆっくりとドアが閉まった。人懐こい笑みを浮かべたお兄さんは、俺達の前に立つと軽やかに歩き出した。
店に入ってすぐが廊下になってるお店は、この世界に来て初めてかもしれないな。
「俺達はここには初めて来たんだが…防音結界はともかく、消臭結界なんて珍しいものを使ってるんだな」
長い廊下を進みながらハルがそう尋ねたら、店員さんはくるりと俺達の方を振り返るとあっさりと笑って答えてくれた。
「それはねー深い理由があるんだよー」
のんびりとした話し方だが、それが目の前にいるこの人にはすごく合ってるように感じる。
「深い理由って差支えなければ教えてくれないか?」
「えっとねー店を開こうって決めた時、俺達はどうしても思い出深いこの場所に店を作りたかったんだー」
「思い出の地なのか」
「そう、だからちゃんと役所と交渉したんだー」
「交渉?」
「そうそう、でもねーお客さんの騒ぐ音とか食材を焼く香りが周りの迷惑になるって理由で断られたんだよー」
この辺りは昔から住宅街だからまあ仕方ないとは思うんだけどさと、店員さんは苦笑を浮かべた。
「そしたら俺の伴侶がねーただそれだけが理由なら、防音結界と消臭結界の魔道具を設置したら良いって用意してくれたんだー」
照れくさそうにでも嬉しそうに話す店員さんに、俺とハルも自然と笑顔になってしまった。
「なるほど、それで魔導具を設置するからと交渉したわけか」
「そうそう」
店員さんは明るく笑って前を向くと、またゆっくりと廊下を歩き出した。俺とハルもその背中を追ってゆっくりと歩き出す。
「うちはねー全部の部屋が個室になってるんだー」
「個室か、それは良いな」
「二人の席はここでお願いしまーす」
そう言って案内された部屋の中は、外観から想像したものとは全く違う南国風の飾り付けで俺とハルはまたしても戸惑ってしまった。
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