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489.【ハル視点】カゴ売りの少年

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「次は噴水広場にでも行ってみようか?」

 あの黄昏の館の従業員がわざわざお勧めするんだから、きっと盛大なものなんだろう。

「あ、歌ったり踊ったりする人が公演してるって言ってたね!」

 アキトは楽しそうに笑ってそう答えてくれた。

「ああ、こういう祭りには歌も踊りも欠かせない物だからな」
「へー見てみたいな!」
「じゃあ行こうか」

 小袋から取り出した飴をそれぞれもう一つ口に放り込んでから、俺とアキトは噴水広場を目指して歩き出した。

 噴水広場に近づくにつれて、祭りの賑わいは更に増していく。遠くから聞こえてくる楽し気な音楽に耳を澄ましながら歩いていると、背後から一つの気配が近づいてくるのに気づいた。

 一直線に俺達の方へと近づいてくるのは、まだ幼い一人のこどもだった。

「きれーなおにーさん!」

 自分が整った顔をしているという自覚の無いアキトは、こどもの呼びかけにも気づかずに歩いている。アキト呼ばれてるよと声をかけようとした瞬間、待ちきれなくなったのかこどもが勢いよくアキトの前に飛び出した。

「ねぇ、きれーなおにーさんってば!」

 え、俺の事?って顔をしてるアキトは可愛いけれど、まずは注意からだな。

「急に前に飛び出してきたら危ないだろう?」
「う…ごめんなさい」

 すぐに謝れる素直なこどもに、俺は苦笑を浮かべた。

「君も相手も怪我をするかもしれないんだからな、次から気をつけてくれ」
「わかったー」
「それで?アキトに何の用だったんだ?」
「あ、そーだ!ね、きれーなおにーさん、おはないらない?」
「おはな?」
「うん、おはな。みてみて、きれーなおはななんだよ」

 少年はそう言うなり、アキトと俺の視界に入るようにと頭の上にカゴを持ち上げてみせた。二人揃ってそうっと覗き込んだカゴに入っていたのは、白と水色の布で作られたトリクの花を模した造花だった。

「わ、綺麗だね」
「ああ、見事なつくりだな」
「でしょー?これはねーぼくのねーちゃんがつくったの!」

 えっへんと自慢げに胸を張った少年の姿に、アキトは微笑ましそうに笑っている。

「へーそうなんだ?これを売ってるの?」
「うん、そうだよー」

 ニコニコ笑顔でひとついらない?と尋ねられたアキトは、買ってあげたいけどと言いたげに俺の方へと視線を向けた。

 勝手に決めずに俺の意見を気にしてくれるのが、頼られてる感じでたまらないな。

 祭りの際には、本来なら露店か屋台でしか商売はできない。だが裕福では無い家庭や孤児などがカゴを手にする商売『カゴ売り』だけは、暗黙の了解で見逃されている。つまりこの少年から何かを買っても何の問題も無い。

「少年、それは俺が買うよ。ひとついくらだ?」
「んとね、ひとつ500グルだよ」

 細工の細かさから考えて、思っていたよりも破格の値段だな。

「じゃあ二つ貰うよ」
「ふたつも!ありがとう!」

 嬉しそうに笑った少年は、カゴの中から取り出した造花を渡そうとした所でぴたりと動きを止めてしまった。

「あれ、どうしたの?」

 固まったままの少年は、じーっと穴が開きそうなぐらいにアキトと俺の腕輪を交互に見つめている。

「あのさ、おにーさんたち、もしかしてはんりょこうほなの?」

 こっそりと尋ねられた言葉に、俺は笑顔で答えた。

「ああ、そうだよ。俺の愛しい伴侶候補なんだ」

 俺の言葉にアキトは恥ずかしそうにしていたけれど、頬を赤く染めながらもこくりと頷いた。

「じゃあ!じゃあさ!これじゃなくて、こっちは?こっちのおはなはどうかな?」

 そう言って少年がカゴの奥から取り出したのは、鮮やかな水色のリボン飾りがついたトリクの造花だった。さっき見た造花も精巧だったけれど、こっちは更に手が込んでるように見える。遠目でみたら本物かと思うぐらいに細かく作りこまれている。

「これは…?」
「あのね、こっちははんりょこうほか、はんりょのひとにしかうらない、とくべつなやつなんだー」
「へーそんなのがあるのか?」

 水色のリボン飾りには、なんと細かな刺繍まで施されている。

「あのね、りぼんにはぼくのねーちゃんのしあわせになってほしいっておいのりつきなんだよ」

 だからすっごく特別なものなんだと一生懸命教えてくれる少年に、俺はアキトの方をちらりと見た。アキトはどっちが良い?と判断を委ねれば、アキトは少しも迷わずに少年が差し出しているリボン付きの方へと視線を向けた。

「少年、じゃあそっちを二つ貰うよ。それはいくらだ?」

 これだけの細工なら三倍から五倍くらいだろうかと考えながら尋ねてみたが、少年は不思議そうに首を傾げた。

「ん?これもこっちとおなじねだんだよ?」

 嘘だろう?これとあれが同じ値段?そう思ったけれど、少年はこっちを買ってくれるのかなと期待に満ちた目で俺を見つめていた。

 俺的には五倍の値段を払っても良いと思うんだが、幸せになって欲しいという祈りを込めたものだと言われると勝手に値段を釣りあげるのもどうかと思う。それに、この少年が高い値段で売りつけたのではと、疑われる恐れもあるんだよな。

 どうしようかと考えを巡らせながら、俺は少年を見つめて口を開いた。

「そうなのか、じゃあそっちにさせて貰おうかな」
「うんっ!ねーちゃんもよろこぶよ!」

 にっこりと笑う少年の手に銀貨1枚を渡した俺は、小さな声ですぐにしまってと声をかけた。さすがにこの人混みでは、剥き出しのお金を持って歩くなんて危険すぎるからな。

「うんっ!」

 笑顔の少年は、慣れた様子でささっと鞄の中にお金をしまいこんだ。
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