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486.【ハル視点】トリクの花の香水

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 普段から人が多いイーシャルだが、トリク祭り中はここまで混雑するなんて俺も知らなかったな。

 しかもいつもとは違うトリクの花飾りで飾られた街並みに見惚れていたり、露店や屋台に気を取られていたりと、誰がどんな動きをするかが全く予想できない。急に立ち止まったり急に方向転換したりと、予想外の動きに翻弄されてしまう。

「あ、アキト」

 驚かせないように声をかけながら、俺はそっとアキトの肩を優しく抱き寄せた。今まさにアキトにぶつかりそうだった男性を、ぎりぎりの所で何とか回避する。

「ありがとう、ハル」
「どういたしまして」

 周りに気を配りながら、俺はアキトに微笑みかけた。

「それにしても、さっきのジャムのお店すごい種類だったね」
「ああ。特にトリクのジャムは絶対買いたかったから、買えて良かった」
「うん、お茶に入れたらどんな感じになるんだろー楽しみ!」

 嬉しそうに笑ってそう答えてくれたアキトは、『あ』と小さく声をあげた。

「ん?どうしたの?」
「ハルはさ、他にも買いたい物ってあったりするの?」
「うーん、そうだな…トリクの花の香水は買いたいな」
「トリクの花の香水?」
「そう、あれは本当に良い香りなんだ。アキトにもぜひ試して欲しくて」
「えっとさ、実は俺、香水ってあんまり使った事が無いんだ…」
「そうなの?」

 あまり使った事が無いというって事は、存在はしていたけれど馴染みが無かったという意味だろうか。そう考えながら聞き返せば、アキトはさらりと俺の故郷でも使ってる人はいたけどと教えてくれた。

 周りにたくさんの人がいるからと、異世界人だとバレないようにきちんと配慮した伝え方をしてくれるのがアキトらしいな。

 ただアキトの世界の香水とトリクの花の香水は少し違うものかもしれないと、俺は口を開いた。

「もしかしたらなんだけどアキトが思ってるのとはちょっと違うかもしれない。このトリクの花の香水は普段から身に着けて使うってものじゃないんだ」

 アキトは不思議そうに首を傾げた。

「…え、じゃあどうやって使うの?」
「眠る前に枕に一振りだけかけるんだよ」
「え…」
「トリクの花の香水は、良い香りのおかげですぐに寝付ける上に、良い夢が見られるということで人気があるんだよ」

 使い道まで説明すれば、アキトはびっくり顔で俺の方を見返した。

「はー予想外の使い方だったよ」
「試してみたくなった?」
「うん、やってみたい!」
「じゃあ忘れずに買って帰ろうか」

 次の目標はトリクの花の香水だな。俺達はたくさんの人で混みあう道を、キョロキョロと視線を巡らせながら歩き出した。



 露店がずらりと並んでいるエリアは、どこを見ても珍しい物やお得な物がたくさんあった。ちょっと歩いただけでも、あれこれと気になるものがあって目移りしてしまう。

 興味深そうに一つのお店を見つめているのに何も言わないアキトに気づいた俺は、笑いながら口を開いた。

「香水は買いたいけど…急がなくても良いかな?トリクの花の香水はこの祭りの名物の一つだから、色んな所に売ってるし売り切れない筈だし」

 そんな言い訳を口にしながら気になるお店が多すぎるよねと声をかければ、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。

「うん、とりあえず俺はあの店が気になってるんだけど…」
「あ、そこの露店?じゃあまずはそこから行こうか」

 あっさりと目標を変更した俺達は、まずは露店での買い物を思いっきり楽しむ事に決めた。

 俺達好みの派手じゃなくて機能性重視な服屋ではお互いの服を選びあったし、古本を取り扱ってるお店ではそれぞれが掘り出し物を探してみた。あれこれとお店を見て回り、時々お土産になりそうな小物や自分たちの物を買い足しながら移動していく。

 うん、すごくデートって感じがしてこれは良いな。香水だけを探して歩くよりも楽しい時間が過ごせたと思う。

「あ、アキト、あったよ!」

 視界に飛び込んできた店を見て、俺そう声をあげた。

「え、トリクの花の香水?」
「ああ、ほら、あそこ!」

 どうやら露店の中でも端の方に、香水を扱うお店が集められていたみたいだ。香りで周りの露店の邪魔をしないようにという配慮なんだろうか。

「行こう」

 声をかけて露店の前まで移動したけれど、三つのお店を見比べていたアキトは困った顔で俺を見上げてきた。

「えーっと…ハル、これってどう違うの?」

 確かに目の前にある三つの露店には、リボンの色が違うだけの似たような商品がずらりと並んでいるからな。困惑するアキトの反応も仕方ないと思う。

「ああ、店ごとに少しずつ香りが違う筈だよ」

 トリクの花に限らずだが、香水というのは既に申請してある香水と全く同じ香りだと、商業ギルドの鑑定で弾かれる。そうなると商品としては一切取り扱えなくなるから、模倣品を売ろうとする奴はほとんどいない。

「へーそうなんだ」
「いらっしゃい、うちの香り試してみるかい?」

 無表情の男性にぶっきらぼうにそう尋ねられた俺は、ふるりと軽く首を振った。

「いや、折角なら二人で試したいから香りの試しはいらないよ。この瓶を貰えるか?」
「まいど」

 俺はさくさくと三つの露店を巡ると、一つずつトリクの花の香水を買い込んだ。

 手の上に並ぶ三つの瓶には、それぞれ違う色のリボンが結ばれている。これはただの飾りでは無く、どの店の物かきちんと区別がつくようにとつけられているらしい。よくよく見れば、リボンの端には作った人の名前まで入っているみたいだ。

 つまり気に入った香水があれば、リボンを保管しておけば良いという事か。商業ギルドの決めた規則なんだろうが、これはなかなかに良い手だな。

 感心しながらも受け取った瓶を魔導収納鞄に丁寧にしまい込んだ俺は、息を殺して見守っていたアキトを笑顔で振り返った。

「アキト、日替わりで試してみようね」
「うん、楽しみ!」

 ワクワクと嬉しそうなアキトは、俺と繋いだままの手をブンブンと振り回した。喜び方まで可愛いんだよなぁ。
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