生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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485.【ハル視点】ジャムの露店

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 人混みに流されるようにして辿り着いたのは、昨日も通った一本道だった。

 昨夜までは何の変哲もない民家が並ぶ道だったのに、今はすっかり祭りの会場らしい姿に変貌を遂げている。

 たった一晩でここまで印象が変わるのかと、驚いてしまうほどの変わりようだ。

 そこかしこにトリクの花束が飾られている道には、たくさんの露店がずらりと並んでいた。狭い道を有効に使うためか片側に寄せるようにして露店が並んでいるのが、あまり見ない形式で少し面白いな。

「あ、アキト、あそこ見て」
「ん?どこ?」
「あそこの店」

 そう言いながら俺が指差したのは、ジャムらしきものが入った瓶がびっしりと並んだ露店だった。瓶の大きさも様々で、小さなおもちゃのような瓶から、誰が買うんだろうと思うほど巨大な瓶までがずらりと並んでいる。

 トリクの花のジャムはぜひ手に入れたい。

「わー種類多いっ!」
「見にいこうか?」
「うんっ!」

 元気なアキトの返事に笑いながら店の方へと近づいていくと、ちょうど客足が途絶えていたのか店員が俺達の方へと視線を向けた。

「いらっしゃい!」
「どうも」
「こんにちは」
「ああ、こんにちはーゆっくり見て行ってくれ」

 明るい笑みを浮かべた店員の言葉に、アキトは安心したように笑ってから頷いた。目の前に並ぶ瓶を遠慮なくまじまじと見つめてから、アキトはちらりと俺を見上げてくる。

「種類も大きさもいっぱいあるね」
「ああ、ここまで品揃えがいいのは、さすがイーシャルだな」

 収穫の祭りでもあるトリク祭りならではだと口にすれば、店員の男性は嬉しそうにへらりと笑みを浮かべた。

「兄さん、嬉しい事言ってくれるねぇ。折角のトリク祭りだからってうちの家族が張り切って用意したんだよ」

 そう告げる笑顔の男性からは、家族への愛情が感じられた。

 なんでもあの一番小さな瓶はこどものおやつに、一番大きな瓶は飲食店経営者などが買っていく大きさだそうだ。誰でも買えるようにと大きさを色々取り揃えてあるんだな。

「わーこれだけあったら、何買おうか悩むなー」
「アキト。俺達が食べる用も、もちろん買ったら良いんだけどさ」
「うん?」
「これって、土産にしても良さそうじゃない?」

 そう提案すれば、アキトはキラキラと目を輝かせた。

「しっかり付与魔法もかけてあるから、うちのはかなり日持ちするよ。他の街では珍しい果物を使ったのもあるし、しかも何より味が美味いんだ!」

 自慢げに笑った店員は、薄く切ったパンにジャムを乗せてアキトと俺に差し出してくれた。

「まあ、まずは食べてみて」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 揃って口に放り込んだ俺達は、顔を見合わせた。

 ふわりと口内に広がったのは濃厚な甘みで、でもくどさは一切無い。これはパンにはもちろん、チーズにも合いそうな味だな。多分レーブンなら料理に使おうとするだろう。

 うん、美味い。

「これ買います」
「これをくれ」

 アキトと俺、二人の言葉が綺麗に重なったのを聞いて、店員はフハッと笑い出した。

「待って待って、他の味も色々あるから!決断が早すぎるから!」

 説明も味見もいっぱいしてから考えてよと続けた店員は、お兄さんたち息の合った伴侶候補だねぇとさらりと褒めてくれた。

 まあなと言いたい所をぐっと堪えて、俺はアキトと一緒に気になるジャムを選び始めた。



「いやーいっぱい買ってくれてありがとうなぁ」

 ホクホク顔の店員に声をかけられながら、俺は無造作に魔導収納鞄の中に買い込んだ瓶をしまい込んで行く。自分たち用とお土産用にと結構な量を買い込んでしまった。

「いや、どれも美味かったからな」

 お世辞抜きに、これは買っておいた方が良いと思える味だった。

「うん、本当にどれも美味しかったです!」
「そりゃあ良かった」

 俺の手がトリクの花のジャム瓶に触れるのを見ていた店員は、すこし心配そうに尋ねてきた。

「なあ、トリクの花は好みは分かれるけど、本当に味見しなくて良かったのか?」

 ジャムなのに花の香りがするのが苦手だという人も、結構いるんだよな。まあ多分、アキトは大丈夫だと思うんだけど。

 味見を断った理由はただ一つだ。

「ああ、最初はやっぱりお茶に入れて飲ませたいからな」
「あーそれは分かる」

 大事な人にこそ自分の手からってなるよなと同意した店員を、アキトは不思議そうに見つめていた。

 視線に気づいた店員は、笑いながらトリクのジャム入りのお茶は特別なものだから、大事な人との時間に飲むものなんだよと優しく教えている。

「そうなんだ。じゃあハルの分のお茶は俺が淹れるね」
「ああ、ありがとう。アキトの分は俺が淹れて良いんだな?」
「うん、お願いしたいな……折角ならハルの淹れてくれたのを飲んでみたい」

 そんな可愛いお願いをされたら、全力で入れるしかないな。そんな俺達のやりとりを見守っていた店員は、頭をかきながらぽつりと呟いた。

「あー何故か急に俺も伴侶候補に会いたくなってきたわー」

 店員の心底羨ましそうな声に、俺は思わず笑ってしまった。
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