生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
485 / 1,179

484.【ハル視点】トリク祭り

しおりを挟む
「え、トリク祭り!?」

 驚いた顔のアキトの声に、青年は優しい笑みを浮かべて答えた。

「ええ今日からです。これに合わせてイーシャルに来られるという方も多いんですよ」
「なるほど、それで混んでるのか」
「はい、お二人ともトリク祭りは初めてでしょうか?」
「はい!」

 元気に答えたアキトが、ちらりと俺に視線を向けてくる。ハルはどう?と尋ねるような視線に、俺は笑って口を開いた。

「ああ、祭りに参加するのは初めてなんだ」

 トリク祭りが終わった数日後に任務で来た事はあったが、当日にイーシャルにいるのは正真正銘初めてだ。

「そうですか。お二人がもしよろしければ、すこしだけトリク祭りについて説明しましょうか?」

 忙しいだろうにそう申し出てくれた青年に、ありがたく甘える事に決めた。

「ああ、頼んで良いか?」
「お願いします!」

 俺達の返事を聞くなり、青年は嬉しそうにトリク祭りについて話しだした。

「トリク祭りが開催されるのは年に一度、今年は今日と明日の二日間だけです。これはイーシャル領の収穫を祝うために、はるか昔から今まで絶えず行われ続けている、伝統のあるお祭りです」

 職業柄なのか説明慣れしている様子の従業員は、流れるような口調で更に説明を続けた。

「祭りの期間中はイーシャルの街の至る所にトリクの花飾りが飾られます。街中にはたくさんの屋台や露店が並び、市場では珍しい果物や野菜なども特別価格で販売されますよ。それに、噴水広場では歌い手や踊り手の公演なども行われるんです!」

 こちらは恋人同士や伴侶、伴侶候補の方に特に人気の場所ですので、もし興味があれば足を運んでみて下さいねとさらりと教えてくれた。

 そういえば、昨夜帰って来た時に受付にいたのも彼だったな。

「他に、何か質問はありますか?」
「あのー日程がはっきり決まってないって聞いたんですけど、何か基準はあるんですか?」

 ああ、それは俺も気になっていた。他の祭りは日にち指定なのが普通なのに、この祭りだけ毎年バラバラの日に行われるんだよな。

「ええ、日程がはっきりと決まってないというのは事実ですよ。前提としてジャムなどに加工されるトリクの花は、イーシャルの北側にある大きな農場で栽培されています」

 アキトは急に話が飛んだなと、不思議そうに首を傾げている。青年はふふと微笑ましそうに笑って続けた。

「そこの農場のトリクの花が満開になるだろう日を目安にして、開催されるんですよ」
「ああ、なるほど、それで毎年日程が違うのか」
「そういう決め方だとは俺も知らなかったな」

 そうと知っていれば、花の情報さえ調べておけばまたトリク祭りには来れるって事だ。あまり出回っていないのが不思議なくらいには、重要な情報だな。

「メロウにもこの基準を教えてやらないとな」

 もし黙っていて後でバレたら報復が怖い。そう思っての発言だったが、アキトは嬉しそうに笑って頷いた。メロウと俺は仲良しだなーとか思ってそうだな。まあ、わざわざ否定する必要も無いか。

「説明はこんな所でしょうか」
「説明、ありがとう」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、また気になる事があれば、何でもお気軽にお尋ねくださいね。お勧め屋台からお勧めの店まで何でも答えますから」

 丁寧に言葉を添えてくれたその青年は、忙しそうな受付カウンターの中へと消えていった。押し付けがましくなく必要な情報だけを与えてくれるあたりが、一流だな。

「ハル、お祭りだって」
「トリク祭りは俺も初めてだ。とりあえずは歩きながらどこに行くか決めようか」
「うん、そうだね」
「アキト、手つなごうか」

 きっと街中はここ以上に混みあってると思うからと差し出した手を、アキトはすぐにきゅっと握り返してくれた。



 イーシャルの街は、驚くべき事にたった一晩で様変わりしていた。

 鮮やかな青色のリボンで束ねられたまるで花束のようなトリクの花が、街灯や街路樹に大きく飾られている。これがあの青年が言ってたトリクの花飾りってやつか。

 周りの家や店の入口などにも、同じ色のリボンが結ばれている。青いリボンにも何か意味があるんだろうな。

「飾り付けすごいね」
「ああ、本当にすごいな。昨夜は確実に無かったから…今朝つけたのか」
「昨日は一個も無かったもんね」
「無かった…よな?」

 アキトを抱えて歩いている時には確かに存在しなかった筈だが…うーん、考えてみても抱きしめていたアキトの体温ぐらいしか思いだせないな。

「ハル、あれ見て!水路!」

 不意にアキトが声をあげた。言われるままに視線を動かせば、水路を流れる透き通った水の表面を、トリクの花の花びらを模した紙のようなものがゆっくりと流れていくのが見えた。

「あれって何を流してるんだろう?」

 明らかに人工物だよなと思いながら、俺はそう口にした。

「んー何なのかは分からないけど、綺麗だね」

 嬉しそうなアキトの言葉に、何かを考える必要は無いのかと気づかされる。綺麗なものは綺麗。それで良いんだよな。

「ああ、綺麗だ」
「なんか、あっちは人が多いね」

 アキトが視線を向けたのは、たくさんの人でごった返す道だった。

「あれが屋台とか露店の辺りかな。行く?」
「うん、見て回りたい!」

 俺達は手を繋いだまま、人ごみへと足を進めた。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...