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484.【ハル視点】トリク祭り

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「え、トリク祭り!?」

 驚いた顔のアキトの声に、青年は優しい笑みを浮かべて答えた。

「ええ今日からです。これに合わせてイーシャルに来られるという方も多いんですよ」
「なるほど、それで混んでるのか」
「はい、お二人ともトリク祭りは初めてでしょうか?」
「はい!」

 元気に答えたアキトが、ちらりと俺に視線を向けてくる。ハルはどう?と尋ねるような視線に、俺は笑って口を開いた。

「ああ、祭りに参加するのは初めてなんだ」

 トリク祭りが終わった数日後に任務で来た事はあったが、当日にイーシャルにいるのは正真正銘初めてだ。

「そうですか。お二人がもしよろしければ、すこしだけトリク祭りについて説明しましょうか?」

 忙しいだろうにそう申し出てくれた青年に、ありがたく甘える事に決めた。

「ああ、頼んで良いか?」
「お願いします!」

 俺達の返事を聞くなり、青年は嬉しそうにトリク祭りについて話しだした。

「トリク祭りが開催されるのは年に一度、今年は今日と明日の二日間だけです。これはイーシャル領の収穫を祝うために、はるか昔から今まで絶えず行われ続けている、伝統のあるお祭りです」

 職業柄なのか説明慣れしている様子の従業員は、流れるような口調で更に説明を続けた。

「祭りの期間中はイーシャルの街の至る所にトリクの花飾りが飾られます。街中にはたくさんの屋台や露店が並び、市場では珍しい果物や野菜なども特別価格で販売されますよ。それに、噴水広場では歌い手や踊り手の公演なども行われるんです!」

 こちらは恋人同士や伴侶、伴侶候補の方に特に人気の場所ですので、もし興味があれば足を運んでみて下さいねとさらりと教えてくれた。

 そういえば、昨夜帰って来た時に受付にいたのも彼だったな。

「他に、何か質問はありますか?」
「あのー日程がはっきり決まってないって聞いたんですけど、何か基準はあるんですか?」

 ああ、それは俺も気になっていた。他の祭りは日にち指定なのが普通なのに、この祭りだけ毎年バラバラの日に行われるんだよな。

「ええ、日程がはっきりと決まってないというのは事実ですよ。前提としてジャムなどに加工されるトリクの花は、イーシャルの北側にある大きな農場で栽培されています」

 アキトは急に話が飛んだなと、不思議そうに首を傾げている。青年はふふと微笑ましそうに笑って続けた。

「そこの農場のトリクの花が満開になるだろう日を目安にして、開催されるんですよ」
「ああ、なるほど、それで毎年日程が違うのか」
「そういう決め方だとは俺も知らなかったな」

 そうと知っていれば、花の情報さえ調べておけばまたトリク祭りには来れるって事だ。あまり出回っていないのが不思議なくらいには、重要な情報だな。

「メロウにもこの基準を教えてやらないとな」

 もし黙っていて後でバレたら報復が怖い。そう思っての発言だったが、アキトは嬉しそうに笑って頷いた。メロウと俺は仲良しだなーとか思ってそうだな。まあ、わざわざ否定する必要も無いか。

「説明はこんな所でしょうか」
「説明、ありがとう」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、また気になる事があれば、何でもお気軽にお尋ねくださいね。お勧め屋台からお勧めの店まで何でも答えますから」

 丁寧に言葉を添えてくれたその青年は、忙しそうな受付カウンターの中へと消えていった。押し付けがましくなく必要な情報だけを与えてくれるあたりが、一流だな。

「ハル、お祭りだって」
「トリク祭りは俺も初めてだ。とりあえずは歩きながらどこに行くか決めようか」
「うん、そうだね」
「アキト、手つなごうか」

 きっと街中はここ以上に混みあってると思うからと差し出した手を、アキトはすぐにきゅっと握り返してくれた。



 イーシャルの街は、驚くべき事にたった一晩で様変わりしていた。

 鮮やかな青色のリボンで束ねられたまるで花束のようなトリクの花が、街灯や街路樹に大きく飾られている。これがあの青年が言ってたトリクの花飾りってやつか。

 周りの家や店の入口などにも、同じ色のリボンが結ばれている。青いリボンにも何か意味があるんだろうな。

「飾り付けすごいね」
「ああ、本当にすごいな。昨夜は確実に無かったから…今朝つけたのか」
「昨日は一個も無かったもんね」
「無かった…よな?」

 アキトを抱えて歩いている時には確かに存在しなかった筈だが…うーん、考えてみても抱きしめていたアキトの体温ぐらいしか思いだせないな。

「ハル、あれ見て!水路!」

 不意にアキトが声をあげた。言われるままに視線を動かせば、水路を流れる透き通った水の表面を、トリクの花の花びらを模した紙のようなものがゆっくりと流れていくのが見えた。

「あれって何を流してるんだろう?」

 明らかに人工物だよなと思いながら、俺はそう口にした。

「んー何なのかは分からないけど、綺麗だね」

 嬉しそうなアキトの言葉に、何かを考える必要は無いのかと気づかされる。綺麗なものは綺麗。それで良いんだよな。

「ああ、綺麗だ」
「なんか、あっちは人が多いね」

 アキトが視線を向けたのは、たくさんの人でごった返す道だった。

「あれが屋台とか露店の辺りかな。行く?」
「うん、見て回りたい!」

 俺達は手を繋いだまま、人ごみへと足を進めた。
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