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483.【ハル視点】幸せな目覚め

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 窓から差し込む眩い光でふと目を覚ました俺は、一つ大きなあくびをしてからそっと視線だけを動かした。

 大きなベッドの向かい側、俺に寄り添うようにして眠っているアキトはどうやらまだ起きそうに無い。何か良い夢でも見ているのか、口元がふわりと笑っているのがたまらなく可愛い。なんて幸せな目覚めだ。

 さてどうしようかと俺はアキトの顔を眺めながら考える。俺はこのままアキトを眺めていても良いんだけど、寝起きで見つめられているのはもしかしたら嫌かもしれない。

 かといって起こしたくは無いんだよな。折角の休日なんだからアキトの気が済むまで寝かせてあげたい。動けば起こしてしまうかもと考えた俺は、腕輪にしまい込んだままにしていた本を一冊取り出した。

――旅する料理人の絶品料理。

 数年前に家族からの贈り物でもらったけれど、まだ一度も目を通していなかった料理に関する本だ。中には色々な地域や国ごとの料理や食べ物の紹介と、その作り方がずらりと載っている。

 アキトに食べさせるならどれが喜ぶだろう。そんな事を考えながら読み進めていくのが意外と楽しい。夢中になって読んでいると、不意に視線を感じた。

「あ、起きた?おはよう、アキト」

 俺はすぐに本をしまい込むと、そっとアキトの方へと手を伸ばした。まだ眠そうなアキトの前髪が、寝ぐせでぴょこんとはねているのに気づいたからだ。寝ぐせすら可愛いってアキトはすごいな。感心しながらも、俺はアキトの前髪をそっと指先で整えた。

「おはよ…ハル」

 眠気のせいかふにゃりとしたままの声で答えると、アキトはボーっと部屋の中を眺めた。そしてそのままゆるりと首を傾げる。昨日の事を思いだそうとして、思いだせずにいるって所かな。そう考えながら待っていると、アキトはハッと大きく目を見開いて俺を見つめてきた。

「…ね、ハル。俺って、普通に歩いて帰ってこれた?」
「ん?」

 普通に歩いて帰ってこれたかと聞かれると、答えはいいえだな。飲みすぎたアキトは、俺に恋人抱きで運ばれたからな。にっこり笑顔でごまかそうとしたけれど、アキトはごまかされてはくれなかった。何かあったのかと気づいたようで、ぎくりとそのまま固まっってしまった。

「ごめんごめん。大丈夫、大通りまでは普通に歩いてたよ」
「じゃ、じゃあ、大通りから後は?」
「うーん…そこでアキトが水路に落ちそうになったから、そこからは抱き上げて帰ったよ」

 まあ、水路に落ちそうになったというか、自分から飛び込もうとしたんだけどね。泳ぎたいって言い出した時は正直に言うとかなり焦った。

「抱き上げてって…えーと、どんな風に?」
「もちろん恋人抱きで運んだよ?」

 俺がアキトを抱き上げるのに他の運び方をするわけが無いだろうと答えれば、アキトは顔を真っ赤に染めてベッドの上を転がっている。そうか、これはアキト的には恥ずかしい行動に入るのか。一応覚えておかないとな。

 ひとしきりゴロゴロと転がったアキトは、申し訳なさそうに俺を見つめながら口を開いた。

「迷惑かけてごめんね、ありがとう」
「迷惑なんかじゃないよ?でもどういたしまして」

 そう答えた俺は、あまりに恥ずかしがっているアキトに助け船を出す事に決めた。クリス、すまない。アキトのために犠牲になってくれ。

 部屋の中には俺達しかいないけれど、それでも俺はアキトの耳元に口を寄せて囁いた。

「クリスなんてあの店から出る前に寝落ちしたから、店から黄昏の館までずーっとカーディさんに抱き上げられてたよ?」
「え…そうなの?」
「ああ、マティウスさんとトリィさんは、微笑ましそうにしながらも次に会ったら揶揄おうってワクワクしてた」

 うわー揶揄うつもりでワクワクしてるお二人が簡単に想像できるとぽつりと呟いたアキトは、それでもふふと笑みを浮かべた。よし、笑ってくれたな。

「それに恋人抱きで移動してる人なんて、別に珍しくも無いしね」
「え、どういう意味?」
「恋人と伴侶の街でもあるイーシャルでは、そのぐらいの事で動揺する人なんていないよ」

 もっとイチャイチャしてる奴がごろごろしてるからな。

「今日はクリスとカーディさんは別行動って決まってるけど…今からどうしようか?」
「うーん、どうしよう?」
「朝食というかもう昼食の時間だけど…アキト、食欲はありそう?」

 アキトが酒に強い事は知っているけれど、それでも心配になるぐらいの量を昨日は飲み干してたからな。念のためにと尋ねてみたけれど、アキトは普段通りの表情でふるりと首を振った。

「うん」
「ここ黄昏の館でも朝食は食べられるみたいだけど、折角なら街に出る?」
「そうだね、昼の街も歩いてみたいな」
「分かった。じゃあ俺が案内するよ」



 いそいそと二人で用意を済ませて受付へと足を向けた俺達は、予想外の事態に二人揃って目を大きく見開いていた。

 数組の客らしき人達の姿があって、受付前には列ができている。この時間帯だから受付は空いてると思ってたんだが、すこし読みが甘かったみたいだ。

「やけに混んでるな」

 ぽつりとそう呟いてから受付へと近づいていけば、すぐにカウンターの中から一人の青年が抜け出して来てくれた。こういう反応のはやさが、さすが黄昏の館だな。

「おはようございます。鍵をお預かりしますね」
「おはようございます」
「おはようございます、何だか…すごく混んでるんですね?」

 そう尋ねた瞬間、黄昏の館の従業員はきょとんと大きな目でアキトを見返した。ついでパチパチと瞬きをしてから、そっと口を開く。

「もしかしてお客様方は、何も知らずにこの時期にイーシャルに来られたんですか?」
「え?」
「どういう意味ですか?」

 横から口を挟んだ俺にも慌てずに、青年は柔らかい笑みを浮かべて続けた。

「知らずに来られたなら本当に幸運ですね。今日からトリク祭りが始まるんですよ!」
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