上 下
476 / 1,112

475.ジャムの露店

しおりを挟む
 人混みに流されるようにして辿り着いたのは、昨日も通った覚えのある一本道だった。

 昨日まではどう見ても普通の住宅街のありきたりな道だったのに、今は完璧なお祭り会場へと変貌を遂げていた。

 たった一晩でここまで印象が変わるのかと、素直に驚いてしまった。

 そこかしこにトリクの花束が飾られた道には、たくさんの露店がずらりと並んでいた。道がそこまで広くないからか、片側だけに綺麗に整列しているのがちょっと見慣れない感じで面白い。

「あ、アキト、あそこ見て」
「ん?どこ?」
「あそこの店」

 ハルが指差したのは、ジャムらしきものが入った瓶がびっしりと並んだ露店だった。瓶の大きさも様々で、小さなおもちゃのような瓶から、誰が買うんだろうと思うほど巨大な瓶までがずらりと並んでいる。

 人混みをハルの誘導で歩きながら店に近づいていくと、店員のお兄さんがふと俺達の方へと視線を向けた。

「いらっしゃい!」
「どうも」
「こんにちは」
「ああ、こんにちはーゆっくり見て行ってくれ」

 優しそうなお兄さんだ。目の前に並ぶ瓶を遠慮なくまじまじと見つめてから、俺はハルをちらりと見上げた。

「種類も大きさもいっぱいあるね」
「ああ、ここまで品揃えがいいのは、さすがイーシャルだな」
「兄さん、嬉しい事言ってくれるねぇ」

 へらりと笑った店員のお兄さんは、折角のトリク祭りだからってうちの家族が張り切って用意したんだよと教えてくれた。

 小さな瓶はこどものおやつに、一番大きな瓶は飲食店が買っていく大きさらしい。

「わーこれだけあったら、何買おうか悩むなー」
「アキト。俺達が食べる用も、もちろん買ったら良いんだけどさ」
「うん?」
「これって、土産にしても良さそうじゃない?」

 あ、確かに。特に黒鷹亭のレーブンさんとかだったら、喜んでくれるかもしれない。

「しっかり付与魔法もかけてあるから、うちのはかなり日持ちするよ。他の街では珍しい果物を使ったのもあるし、しかも何より味が美味いんだ!」

 自慢げに笑ったお兄さんは、薄く切ったパンにジャムを乗せて俺とハルに差し出してくれた。

「まあ、まずは食べてみて」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 揃って口に放り込んだ俺達は、顔を見合わせた。

 ふわりと口内に広がったのは濃厚な甘みで、でもくどさは一切無い。バナナとパイナップルが合わさったような不思議な風味だ。

「これ買います」
「これをくれ」

 俺とハル二人の言葉が重なったのを聞いて、お兄さんはフハッと笑い出した。

「待って待って、他の味も色々あるから!決断が早すぎるから!」

 説明も味見もいっぱいしてから考えてよと続けた店員さんは、お兄さんたち息の合った伴侶候補だねぇとさらりと褒めてくれた。



「いやーいっぱい買ってくれてありがとうなぁ」

 ホクホク顔の店員さんに声をかけられながら、ハルは無造作に魔導収納鞄の中に買い込んだ瓶をしまい込んで行く。

「いや、どれも美味かったからな」
「うん、本当にどれも美味しかったです!」
「そりゃあ良かった」

 俺達は最初に食べたジャムはもちろん、他にも柑橘っぽいジャムとベリー系のジャム、更に名物であるトリクの花のジャムを選んだ。レーブンさんにも大きさこそ違うけれど、同じ種類のものを選んである。

「なあ、トリクの花は好みは分かれるけど、本当に味見しなくて良かったのか?」
「ああ、最初はやっぱりお茶に入れて飲ませたいからな」
「あーそれは分かる」

 トリクのジャム入りのお茶は特別なものだから、大事な人との時間に飲むものなんだよとお兄さんは教えてくれた。

「そうなんだ。じゃあハルの分のお茶は俺が淹れるね」
「ああ、ありがとう。アキトの分は俺が淹れて良いんだな?」
「うん、お願いしたいな」

 折角ならハルの淹れてくれたのを飲んでみたいと甘えてみれば、店員さんは頭をかきながらぽつりと呟いた。

「あー何故か急に俺も伴侶候補に会いたくなってきたわー」
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...