472 / 1,179
471.【ハル視点】我儘ぼっちゃん
しおりを挟む
「私の両親は雑貨を主に扱う商人なんです」
クリスは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディさんは俺達の方をちらりと見ると、今はクリスの弟さんが継いでるんだと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
俺はすぐに納得できたけど、アキトは少し不思議そうな顔をしていた。
「子連れで移動する事が無ければ知らないかな」
アキトが知らないのも無理は無いと思わせるために、俺はそう前置きをしてから話し出した。
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎる事。そもそもの体力が無いから、ただの移動でも体調を崩す可能性がある事。そんな不安定な状態に加えて魔物にも警戒が必要になる事。
さらりと説明した俺の言葉に、アキトはありがとうと言いたげに目だけで笑いかけてくれた。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
置いていくしかないけれど、まだ幼いこどもを一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったそうだ。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディさんの言葉に、クリスはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
言い淀んでいたクリスは、あっさりとカーディさんに懐柔された。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスは本当に恥ずかしそうに、うつむいたままそう続けた。
当時のクリスが何歳だったのか、どんな言い方だったのかまでは分からないけれど、それは我儘と言うほどひどいものには思えなかった。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
思わず言葉にして繰り返したのは、俺だけでは無かった。
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中だ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディさんを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスは呆然と見つめていた。あまりに予想外の言葉過ぎて理解できないと言いたげな表情だった。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけを一方的に言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
首を傾げてそう呟いたクリスにとっては、その頃の自分は我儘ばかり言っていた面倒なこどもという認識だったんだろうな。マティウスさんにとってはただの可愛い子どもだったみたいだけど。
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
穏やかなカーディさんの言葉に、クリスはまるで子どものようにこくりと小さく頷いた。
クリスは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディさんは俺達の方をちらりと見ると、今はクリスの弟さんが継いでるんだと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
俺はすぐに納得できたけど、アキトは少し不思議そうな顔をしていた。
「子連れで移動する事が無ければ知らないかな」
アキトが知らないのも無理は無いと思わせるために、俺はそう前置きをしてから話し出した。
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎる事。そもそもの体力が無いから、ただの移動でも体調を崩す可能性がある事。そんな不安定な状態に加えて魔物にも警戒が必要になる事。
さらりと説明した俺の言葉に、アキトはありがとうと言いたげに目だけで笑いかけてくれた。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
置いていくしかないけれど、まだ幼いこどもを一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったそうだ。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディさんの言葉に、クリスはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
言い淀んでいたクリスは、あっさりとカーディさんに懐柔された。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスは本当に恥ずかしそうに、うつむいたままそう続けた。
当時のクリスが何歳だったのか、どんな言い方だったのかまでは分からないけれど、それは我儘と言うほどひどいものには思えなかった。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
思わず言葉にして繰り返したのは、俺だけでは無かった。
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中だ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディさんを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスは呆然と見つめていた。あまりに予想外の言葉過ぎて理解できないと言いたげな表情だった。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけを一方的に言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
首を傾げてそう呟いたクリスにとっては、その頃の自分は我儘ばかり言っていた面倒なこどもという認識だったんだろうな。マティウスさんにとってはただの可愛い子どもだったみたいだけど。
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
穏やかなカーディさんの言葉に、クリスはまるで子どものようにこくりと小さく頷いた。
141
お気に入りに追加
4,204
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。

公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる