上 下
471 / 1,121

470.【ハル視点】賑やかな店内

しおりを挟む
「でも、やっぱりここでその話をする必要は無いと思うんですが…?」
「おや、むしろ今ここで言わないで、いつ言うんです?」

 楽し気に言い合う二人の会話を見守っていると、不意に後ろのドアが開いた。ゆっくりと開いたドアの隙間からは、整った顔立ちの一人の男性がひょこっと顔を出している。

「あのーお話中ごめんなさい。マティウス、いい加減戻ってきて?」
「ああ、ごめんね、トリィ」

 柔らかい声でそう答えたマティウスさんは、蕩けるような満面の笑顔だった。うん、まず間違いなく、この人がマティウスさんの伴侶なんだろうな。

「予想外のお客様が来たから、つい話し込んでしまって」
「予想外のお客様?」

 トリィさんと呼ばれたその男性は、不思議そうにそう繰り返した。

「私の事ですよ、トリィさん」
「え、クリスぼっちゃん!?」
「トリィさん…ぼっちゃん呼びはやめてください…」
「あ、ごめんね。その、マティウスがいつもそう呼んでるのを聞いてるから…うつっちゃってて」

 本当に心の底から申し訳なさそうな顔をしたトリィさんには、さすがにクリスもそれ以上文句は言えなかったみたいだ。

「…いえ、全ての元凶はマティウスさんなので、お気になさらず」
「ごめん、ありがとう」
「トリィ、今日はクリスの伴侶も一緒らしいよ?」

 トリィさん相手にだけ砕けた口調になるんだな。マティウスさんは明るく笑うと、ちらりとカーディさんの方へと視線を向けた。

「え、あの!?ついに口説き落とせたの!?」

 悪気も悪意も無く素直にそう言い放ったトリィさんに、クリスはがくりと肩を落とし、カーディさんは遠慮なく噴き出した。俺とアキトは必死でこらえて何とか噴き出さずには済んだけれど、二人とも顔がひきつっていたと思う。

 マティウスさんとトリィさんも、なかなかの似た者同士なんだな。



「もう謝ってくれなくて大丈夫ですから!」

 自分の失言を必死になって謝るトリィさんを何とか宥めて、クリスは俺達の方を振り返った。カーディさんはまだ笑ってるし、マティウスさんは幸せそうにただトリィさんを見つめている。

「お待たせしてすみません」
「あ、気にしなくて大丈夫ですよ」
「ああ、面白いやりとりが聞けたしな?」

 揶揄うようにそう言えば、クリスは心底嫌そうな顔で俺を睨んできた。

「初めてのお客様なのに、失礼いたしました。店内へどうぞ」

 マティウスさんに促されてようやく足を踏み入れた店内は、活気に満ちていた。外に漏れていた声なんてほんの一部だったんだなと思う程度には賑やかだ。音に関する魔道具でも使ってるんだろうな。

 ぐるりと店内を見渡してみれば、明るくて温かみのある空間が広がっている。

「お、やーっと店主が帰ってきたぞー!」
「見送りだけで何でこんなに時間かかってるんだよ」
「まあいつもの事だよな」
「違いない」

 わっはっはと笑い合う集団に、マティウスさんはもうちょっと待ってて下さいとすぐに厨房へと足を向けた。

「マティウスー腹減ってんだから、頼むから早く俺の注文した料理を作ってくれ!」
「すぐ作りますから」

 常連の多い店なんだなと感心しながら店内を観察していると、入口近くに座っていた男性が不意に声を張り上げた。

「あ、トリィちゃん、こっちおかわりー」

 既にかなり飲んでいるのか真っ赤な顔をしたその男性は、手に持っている木のコップを掲げている。ただの注文かと視線を反らした瞬間、店内の空気が一気に変わった。無意識のうちに身体が身構えそうになってしまう程の、すさまじい威圧感だった。

「おや、一体誰の許可を得て、トリィにちゃん付けしてるんですか…?」

 低い音でぽつりとそう尋ねたのはマティウスさんだ。この威圧感をあの優し気で穏やかそうだった男性が出している事には、素直に驚いてしまった。

 まあ気持ちは分かる。勝手にアキトにちゃん付けして呼びかけられたら、俺もきっと威圧してしまうからな。

「あ、すみませんすみません。トリィさん、おかわりお願いします」
「はーい」

 何事も無かったようにてきぱきと動き出したトリィさんに、店内の空気もゆっくりと流れ始める。

「お前!気をつけろよ!」
「ごめん…ちょっと飲みすぎたかもしれん」
「マティウスさん、こっわ…」
「いやいや、名前だけだしすぐに謝ったから!」
「この程度で済んでよかったよー」
「前にトリィさん口説いたやつの話聞いた?」
「いや、その話は聞きたくない。絶対怖い!」

 酔っ払いたちがわいわいと騒ぐ反応からして、多分これはよくある事なんだろうな。

「こっちに座りましょうか」

 慣れた様子で勝手に席に着いたクリスは、驚きましたかと俺達を見回して尋ねた。

「これがこの店の普通なので、まあ気にしないで下さい」
「これで普通なのか…」

 カーディさんは苦笑しながらそう呟いた。

「トリィさんにちょっかいさえ出さなければ、料理も美味しいし良い店なんですよ。知り合いのひいき目無しで美味しいので」
「いや、そこは疑ってないんだが…長い付き合いなのか?」

 俺の質問に、クリスは笑って答えた。

「マティウスさんもトリィさんも、私の両親の友人なんですよ」
「へーご両親の友人なんですか」
「両親の友人…?」
「意外ですか?」

 本当の事ですよと答えたクリスに、俺はわざとらしく笑みを浮かべた。

「いや意外と言うか…どうすれば両親の友人からぼっちゃんと呼ばれるようになるのかって興味があるなと思っただけだ」
「ちょっと、ハル!揶揄わないで下さい!」
「あ、俺もそれ気になってた」
「カーディまで…アキトさんもですか?」
「えーと、はい。気にはなってます」

 全員が気になってるみたいだぞ?と視線を向ければ、クリスは苦笑しながらも口を開いた。
しおりを挟む
感想 320

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...