465 / 1,179
464.我儘ぼっちゃん
しおりを挟む
「私の両親は、雑貨を主に取り扱う商人でした」
クリスさんは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディは俺達の方をちらりと見ると、今はご両親は引退しててクリスの弟さんが継いでるんだーと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎるなんて事は良くある事らしい。そもそも体力が無いからただの移動でも体調を崩す可能性もあるし、そこに更に魔物の危険が重なるからねとハルはあっさりと納得している。
ああ、そっか。魔物も出るこの世界ではこどもの長距離移動はハードルが高いんだな。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
私を置いていくしかないけれど、一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったらしい。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスさんは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディの言葉に、クリスさんはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
あ、またいちゃついてる。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスさんは本当に恥ずかしそうにうつむいたままそう続けた。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスさんの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中みたいだ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスさんに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスさんは呆然と見つめていた。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけ言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
カーディの言葉に、クリスさんはこくりと小さく頷いた。
クリスさんは唐突にそう切り出した。
「ああ、クリスの実家の話か」
カーディは俺達の方をちらりと見ると、今はご両親は引退しててクリスの弟さんが継いでるんだーと笑って教えてくれた。
「両親は私を大事に育ててくれましたが…どうしても幼い子供連れでは行けない、そんな場所もあるでしょう?」
「ああ、連れていく方が危険だと判断する事は多いだろうな」
大人にとってはなんてことのない距離でも、こどもにとっては過酷すぎるなんて事は良くある事らしい。そもそも体力が無いからただの移動でも体調を崩す可能性もあるし、そこに更に魔物の危険が重なるからねとハルはあっさりと納得している。
ああ、そっか。魔物も出るこの世界ではこどもの長距離移動はハードルが高いんだな。
「ある日、どうしても両親が一緒に行く必要がある仕事が舞い込んだんですよ」
私を置いていくしかないけれど、一人で家に置いていくのも怖すぎる。そう悩んだご両親が頼ったのが、当時はまだトリィさんに出会う前だったマティウスさんだったらしい。近所に住んでいたから、頼りやすかったんだと思うとクリスさんは続けた。
「それでぼっちゃん呼びに繋がるのか?」
不思議そうに首を傾げたカーディの言葉に、クリスさんはうーと小さく呻いた。
「言いたくないんですけど…」
「俺は聞きたいな?」
「う、カーディが上目遣いでおねだりするなら叶えるに決まってるでしょう」
あ、またいちゃついてる。
「大人になってから考えたら、ただの友人のこどもを預かる事がどれだけ大変か分かったんですが…当時まだこどもだった私にはかけらも理解できなかったんですよ」
「それは仕方ないだろう」
「ありがとう、カーディ。むしろ両親から引き離した悪人ぐらいの気持ちでいたんですよね」
「それでどうしたんだ?」
「ううー…当時の私は我儘を言いまくったんですよ」
「我儘?」
「ええ、朝はウカの乳を温めたものが無いと嫌だーとか、夕食にはスープが無いと嫌だーとかですね」
クリスさんは本当に恥ずかしそうにうつむいたままそう続けた。
「それで、マティウスさんの反応は?」
「それが…完璧に私の我儘をこなした上で、我儘ぼっちゃんって呼び出したんですよ」
「「「我儘ぼっちゃん」」」
「三人で口を揃えてそう呼ぶのはやめてください!我儘を言わなくなったらぼっちゃんだけが残ってしまったんですよ!」
「おや、自分で話してしまったんですか?」
嘆くクリスさんの後ろからひょこっと顔を出したマティウスさんの表情は、どことなく残念そうだ。
「ええ、私が自分で話しておかないと!どうせ私の目の前であの頃の話をするつもりだったんでしょう?」
「ああ、バレてましたか」
楽し気に笑ったマティウスさんは、両手に持っていた料理をずらりとテーブルの上に並べ始めた。その後ろではトリィさんも料理を持って待機中みたいだ。
「おまかせと言われましたので、まずは日替わりのウカの乳を使用した冷製スープと葉物野菜と豆のサラダです」
「メインはもう少しおまちくださいね」
「トリィさん、おかわりお願いしまーす!」
「はーい!」
トリィさんはすぐに注文を受けて去ってしまったけれど、マティウスさんはその場に残ってまっすぐにカーディを見つめた。
「カーディさん。当時のクリスぼっちゃんの話、聞きたいですか?」
「聞きたいです!」
「ちょっ…」
「あの頃のクリスぼっちゃんは、見た目も中身もとっても可愛かったんですよ」
「は?か、可愛い!?あんなにいっぱい我儘ばかり言ってたのに?」
動揺してか珍しく敬語を忘れたクリスさんに、マティウスさんは柔らかい笑みを返した。
「でも、ぼっちゃんは絶対に叶えられないような我儘は一つも言わなかったですよね。しかも我儘を口にする度に、それはもう申し訳なさそうな顔をしていたんですよ」
「あー想像はつきますね」
「カーディ!」
「何より私の出した料理をあんなに美味しそうに食べられたら…あれで料理人になろうって決めたようなものですから」
ふふと笑ったマティウスさんを、クリスさんは呆然と見つめていた。
「…そんなの初めて聞きました」
「初めて言いましたからね、でも本当の話ですよ。ではごゆっくりどうぞ」
マティウスさんは言いたい事だけ言うと、すぐに厨房の方へと戻っていってしまった。
「可愛い…?」
「クリス、良かったな。我儘言ったの実は気にしてたんだろ?」
カーディの言葉に、クリスさんはこくりと小さく頷いた。
176
お気に入りに追加
4,204
あなたにおすすめの小説
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。
るて
BL
僕はシノ。
なんでか異世界に召喚されたみたいです!
でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう
あ、失明したらしいっす
うん。まー、別にいーや。
なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい!
あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘)
目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる