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457.【ハル視点】黄昏の館へ

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 四人全員が満足するまで噴水を眺めてから、俺達はゆっくりと歩き出した。

 もっと暗くなれば、この噴水は魔道具の灯りを使って照らしだされる。あえて少し暗めの照明だけを使っているこの広場の中で、唯一明るく照らされる噴水とトリクの花々はなかなかに幻想的だ。

 アキトは絶対に喜んでくれるだろうからぜひ見せてあげたいけれど、これからどんどん人が増えるんだよな。人気の観光地の一つだし、デートに訪れる人も多くなる。

 今日は無理だろうと判断して、俺達は混みあう前に噴水広場を後にした。



 噴水広場から黄昏の館までは、距離にすればそれほど遠くはなかった。迷う心配も無い道をゆったりと歩いていけば、昔ながらの赤いレンガで建てられた大きな建物が見えてくる。

 うーん、やっぱり百年以上前の建物だとは思えないほど保存状態が良いな。それともそう見えるほど、上手に補修されているんだろうか。そんなどうでも良い事を考えながら、俺は受付へと足を向けた。

 受付で出迎えてくれたのは、控えめながら優しげな笑顔を浮かべた男性だった。

「予約していたクリス・ストファーです」
「お待ちしておりました。ストファー様、ようこそ我が黄昏の館へ」

 我が黄昏の館――か。つまりこの男性がここの経営者なのか。もっと年配の人が管理してるのかと思っていたから、少しだけ意外だ。

「こちらに記入をお願いいたします」
「はい」

 すぐに手続きを始めたクリスの後ろで、アキトはきょろきょろと興味深そうに視線だけを動かしていた。別に顔ごと動かしても良いのに、気を使ってるんだろうか。

「なあ、アキト、ハル。今日の夕食は一緒に食べないか?」

 良い事を思いついたと言いたげに、カーディさんが不意にそう声を上げた。

「えーっと…」

 アキトは即答はせずに、ちらりと俺の顔を見上げてきた。ハルはどう思う?そう尋ねてくる雄弁な目に、俺はにっこりと笑ってから頷いた。

「クリスさんさえ良いなら、俺達も一緒に食べたいな」
「よっし、クリスは大丈夫だよ」

 ハルとアキトの事は本気で気に入ってるから絶対に反対しないよと、カーディさんは笑って続けた。

 俺達を気に入ってくれているとしても、カーディさんと二人きりで食事がしたいって可能性はあるんじゃないか。そう思ったけれど、俺は黙って一つ頷いた。もしどうしても二人きりが良いなら、クリスが上手く説明するだろう。

「手続き終わりましたよ」
「ありがと。なあ、クリス。今日の夕食は二人も一緒に食べないか?」
「ええ、良いですね。無事の到着を祝して皆で食べましょうか」

 美味しいお店に案内しますよと、クリスはあっさりとそう請け負ってくれた。クリスのお勧めの店か。それはかなり期待できそうだ。



「それではごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 部屋まで案内してくれた宿の従業員に礼を返し、俺とアキトは自分たちが泊まる部屋の中へと一歩足を踏み入れた。

 後ろ手に部屋の鍵を閉めれば、即座に防音結界が作動する。高級宿と言われるだけあって、こういう所は最新式を採用してるんだなと素直に感心した。

 アキトはふうーっと大きく息を吐いている。

「アキト、疲れた?」

 当たり前のように魔力を練ろうとしたアキトをそっと止めると、俺は呪文を口にして二人の身体に浄化魔法をかけた。疲れている時に魔法を使うのは、あまり身体に良くないからな。

「浄化魔法ありがと、ハル。正直に言うとちょっとだけ疲れたかも」
「どういたしまして」

 俺はそっと手を伸ばすと、アキトの頭を優しく撫でた。

「やっぱり夕食は別にしてもらう?今日以外にも一緒に食べる機会はあると思うし」

 疲れてるから二人で部屋で食べるって言いに行けば、あの二人なら怒ったりしないよと俺は続けた。いや、むしろ疲れているのに無理して食べに行った方が、確実に怒られると思うんだがそれは言わなかった。

「言いに行ってこようか?」
「ううん、イーシャルのごはんにも興味あるし、折角だから一緒に行きたい」
「そっか。アキトがいいならそうしよう」
「ハルは…疲れてない?」
「いや、俺はそこまで疲れてないかな」

 アキトのおかげで戦闘面でもかなり楽だったし、騎士の任務の時と違って休憩もたくさん取れた。元気だよと言いきったけれど、アキトはじーっと物言いたげに俺を見つめてきた。

「アキト、見すぎだよ?」

 まあいくら見つめてくれても良いんだけどねと笑って言えば、アキトは真剣な表情でもう一度尋ねてきた。

「本当に?」
「うん、本当だよ。アキトに嘘は吐かない」

 そう断言すれば、アキトは今度はまっすぐに俺の目を見つめてきた。しばらくしてようやく納得してくれたのか、アキトは少し申し訳なさそうに口を開いた。

「えと、疑ってごめんね?」
「いや、今のは疑われたんじゃなくてただ心配してくれだけだよ?」

 疑われたなんて思ってない。疲れているのを隠していないかと気にしてくれただけだろう。アキトの優しさと愛情のこもった、なんとも可愛らしい質問だった。

 ホッと息を吐いたアキトに、ベッドの上をポンポンと叩いて声をかける。

「アキト、夕食の時間までもう少し時間があるから、すこしだけ寝転がってみたら?」
「えー…でも俺寝ちゃうかも」
「寝たらちゃんと起こしてあげるから、安心して」

 誘惑に負けてベッドに寝転がったアキトは、すぐにすやすやと眠ってしまった。やっぱり疲れていたんだな。

「おやすみ、アキト」

 アキトの額に、小さく音を立てて口づけを落とす。一瞬で寝入ってしまったアキトの反応は無かったけれと、幸せそうな寝顔がなんとも微笑ましい。

 可愛い寝顔を近くで見つめるべく、俺もベッドに寝転がった。
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