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443.【ハル視点】商人らしさ

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 クリスの性格からして、未遂とはいえ全員を見逃がしてやるなんて選択肢があるとは思ってもみなかった。自分が標的にされた事に対してはともかく、その依頼の標的にカーディさんも含まれていたんなら余計にな。

 大事な伴侶を狙われたのに許すなんて事、クリスは絶対にしないと思ってた。もし俺がクリスの立場なら、アキトを襲撃する予定を立てていた相手を許す事なんてできないからな。

 だから最初に全員見逃すなんて言い出した時は、クリスにしてはやけに甘い対応だなとそう思った。

 だがにっこりと笑って続けられた言葉に、俺は苦笑しながらも納得してしまった。

 次は絶対に無いと言いきってから、しっかりと顔を覚えたと脅しをかける。これだけでこの冒険者達は、どこにいってもどこから見られているか分からないと常に不安に思うだろう。

 実質的な罰では無いが、精神的な罰を受けるってわけだ。まあ、俺達四人でこいつら全員を衛兵の前まで引きずっていくってのは、無理では無いが正直面倒だしな。
 
「本当にそれで良いのか?」

 困ったように眉間にしわを寄せた商人の男に、クリスはあっさりと答えた。

「私は本当にそれで良いと思うんですが…後は私の伴侶次第ですね。カーディ?」

 カーディさんの名前を呼ぶ時だけ、クリスの声が一気に甘くなった。俺もアキトの名前を呼ぶ時は、無意識のうちにこんな声を出しているんだろうか。

 柔らかく微笑みながら名前を呼ばれたカーディさんは、ハハと楽し気に声をあげて笑い出した。

「ああ、そういう事なら俺も文句は無いぞ。絶対に次は無いからな」

 俺も覚えておくよと男達の顔を見つめるカーディさんの表情は真剣だった。冷たい視線からして、もしかしてカーディさんの方が伴侶を狙われて怒ってるのかもしれないな。

「ハルとアキトさんも、それで良いですか?」

 クリスの質問は、わざわざ俺達にまで飛んできた。

 与える情報は制限していたくせに、ここでは俺達の意見も聞くんだな。どうしようかとちらりとアキトの方へ視線を向ければ、小さな頷きが返ってきた。アキトは異論は無いみたいだな。

「ああ、俺達は依頼人が良いならそれで良いよ」

 そう答えた俺は短く呪文を唱えると、浄化魔法で剣を綺麗にしてから鞘に納めた。もうこの剣はいらないだろう。そう思っての行動だったが、男達の方から一斉に安堵の息が漏れた。本気で叩き切られるかもとでも思っていたんだろうか。

 アキトの前ではそんな血生臭い行動は取らないんだがな。

「ええと、もう帰ってもらって良いんですが、一つだけ確認したい事があります」

 そんな言葉に、男達は揃ってクリスを見つめた。

「何だ?何でも聞いてくれ」
「……あの、あなたたち、回復ポーションは持ってないんですか?」

 ああ、そう言われれば確かに。男達に興味が無さすぎて今の今まで気づいていなかったが、誰も回復してないな。

 冒険者風の男達は今も擦り傷だらけだし、依頼人の男は片腕を怪我しているままだ。俺達がファーレスウルフと対峙してる間に回復する暇はあった筈なのに、まだ誰も回復してないのはポーションが無いからなのか。

「ああ、ポーションは用意してこなかった。襲撃と言っても、ただ話を聞くだけのつもりだったからな」
「俺たちは二本だけは用意してあったんだが…ファーレスウルフに割られちまったから」
「なるほど」

 クリスは少し考えてから口を開いた。

「ファーレスウルフは群れで行動すると聞いた事があります。つまり血の匂いにつられて集まってくるかもしれない…」

 ただの想像ですけどと呟いたクリスに、男達はブルリと体を震えさせた。

 ファーレスウルフは確かに群れで行動する魔物だ。見ためは木にしか見えないけれど、ウルフ種だけあって嗅覚も鋭い。ただ、この近くには一体もいないんだよな。気配探知だけに集中してみても見つからないって事は、おそらくさっき倒したあいつは群れからはぐれた個体だったんだろう。

 クリスは何も言うなよと言いたげに、ちらりと視線を向けてきた。分かってるよ、俺は何も言わない。

「そんな…」
「助かってない…のか?」
「もう嫌だ…」

 今にも泣き出しそうな男達を見つめて、クリスは続けた。

「幸いここに回復ポーションが五本あります。これを買い取りませんか?」
「え…?俺達に?」
「本当に、売ってくれるのか?」
「ええ、ただし、採取地での売買は通常よりも高値になりますが」

 高値と聞いて男達は怯んだようだった。

「分かった。全員分、俺が買おう」

 依頼人の男がそう口にした瞬間、冒険者の男達は大きく目を見開いて固まった。

「なっ…嘘だろう?」
「さっきも俺達だけは減刑とか言ってたし…」
「なんであんたがそんな事してくれるんだよ」

 面白そうに見守っているクリスの前に出てきた依頼人の男は、背後から口々にかけられる声に振り返って答えた。

「依頼をしたのは俺だからな、そのぐらいの責任はとる」

 男はそう言うなり、そーっと手を動かすとポケットから紙とペンの魔道具を取り出した。

 警戒するカーディさんを刺激しないようにそっと魔道具を取り出すその動きや、きちんと商人同士の取引として値段を聞こうとする姿勢に俺は少しだけ首を傾げた。

 あんな依頼をした依頼人とは思えないぐらい、まともに見えるな。

「クリス・ストファー、これに書いてくれるか?」
「ええ、分かりました」

 クリスは受け取った紙にさらりと魔道具を走らせると、そのまま男の手に返した。男はその紙を見つめて一つ頷くと、すぐにまたポケットの中に手を入れて小さな袋を取り出してクリスに手渡した。

「確かに。それではこれを」
「ありがとう。これとは別に今回の詫びはきちんと入れさせてもらう」
「分かりました」

 あ、甘い対応で済ませたのは、こいつが真面目な奴だって知ってたからか。見逃してもらった上に回復ポーションを売ってもらったとなれば、律儀に詫びを入れるような奴なんだな。

 満足そうなクリスの笑みをみながら、商人相手には油断しないようにしようと俺は認識を改めた。



 回復ポーションで無事に傷を癒した男達は、申し訳なさそうに頭を下げてからその場を去っていった。

「うん、気配は本当に遠ざかっていってるな」

 念のため気配を探っていた俺がそう告げれば、三人は揃ってふうと大きく息を吐いた。

「はー無事に何とかなって良かったな」

 すっかりいつもの明るい笑顔に戻ったカーディさんが、嬉しそうにそう口にした。

「ファーレスウルフにはさすがに焦りましたけどね」
「ああ、アキトのおかげで楽だったけどな」
「その話は終わりって言ったよ!」

 また褒めちぎられるのは嫌だと慌てた様子のアキトに、クリスとカーディさん、そして俺は顔を見合わせてから笑い出した。

「あ、なあクリス。あれ、結局いくらで売ったんだ?」

 遠慮なくつっこんで尋ねるカーディさんに、俺は思わず苦笑を洩らした。

 商人同士が紙に書いて取引するのは、その取引の証拠を残すためと、周りから値段を分からなくするためなんだが良いんだろうか?まあ伴侶の質問なら良いのか。

 俺達に聞かれたくなければカーディさんだけに答えるだろうと思っっていたら、クリスはあっさりと答えた。

「市場価格のほんの十倍ほどですよ」

 十倍!?確かに採取地で譲ってもらう時は割高でも買い取るものだが…十倍はちょっとふっかけすぎじゃないか?

 びっくりした俺とアキトは、思わず二人して顔を見合わせてしまった。

「ほんと、クリスってそういう所が商人だよなー」

 カーディさんだけは予想していたのか、明るく笑っている。

「ええ、商人ですから。こんな私は嫌ですか?」
「いいや、クリスらしくて惚れ直した!」

 うん、クリスとカーディさんは、本当にお似合いの伴侶だな。
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