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441.【ハル視点】勝敗

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 誰から聞いた話だったか、極度の怒りは身体能力すら強化するとそう聞いた事がある。

 どこかの任務先だったような気もするし、どこかの酒場だったような気もする。誰の発言かも覚えていないのに、その内容だけは覚えているのは、そんな非現実的な事があるものかと思ったからだ。

 そんな事はあり得ない――そう思っていたのにな。

「ぐぎゃぁぁぁぁ」

 ファーレスウルフのけたたましい悲鳴に眉をしかめながら、俺は更に追撃をかける。

 さっきまでは細かい手傷を負わせるだけで精一杯だったのに、今の俺の攻撃は全く問題なく通るようになっている。

 言うなればアキトのかけてくれた補助魔法の上から、更に強化がかかっているような感覚だ。

――極度の怒りは身体能力すら強化する。

 ただの嘘だ、思い込みだと思っていたけれど、どうやら本当に存在するみたいだな。

 土魔法を発動する余裕すらなくなったのか、ファーレスウルフは今は苦し紛れに俺めがけて爪や牙での攻撃を繰り返してくる。

 これなら倒しきれそうだ。そう思った瞬間、ファーレスウルフはじわじわと後退し始めた。勝てそうにないなら撤退する――か。森に逃げ込めば擬態能力で逃げ切れると考えたんだろう。

 作戦としては間違っていないが、お前だけは絶対に逃がすつもりは無いぞ。



 力を失ったファーレスウルフの体が、どさりと地面に崩れ落ちる。

 勝ちこそしたが、どうやら怒りでの強化で身体を酷使しすぎたようだ。息がなかなか整わない。それにしてもやけに静かだな。荒い息を繰り返しながらも周りを見てみれば、何故か男達は両手で口を押さえて息をひそめていた。

 何をやってるんだか。まあ静かなら良いか。

「俺の勝ちだ」

 ぽつりとそう呟いた俺は、肩で息をしながらアキトの方を振り返った。

「アキト、怪我は無い?」
「俺は無いけど…ハル、腕の所怪我してる!」
「ああ、爪がかすった所だね」

 心配そうなアキトに大丈夫だと笑いかけると、俺はすぐに鞄から回復ポーションの瓶を取り出した。俺一人だったら水で洗って終わらせてただろうなと思うぐらいのかすり傷だが、こんなに心配そうなアキトの顔を見てしまったらすぐに治す必要があるだろう。

 小瓶をひとつ飲み干せば、傷はあっさりと消えていった。

「お疲れ様」
「アキトもお疲れ様。援護、助かったよ」
「それなら良かった。ハル、すごかったよ!」
「あー…ちょっとやりすぎたかな?俺の事、怖くなかった?」

 冷静になった今になって思えば、怒り過ぎだとかやり過ぎだとか言われても仕方ない行動だよな。そう思って尋ねてみたが、アキトはブンブンと思いっきり首を振りながら答えてくれた。

「そんな事ないっ!ハルは俺のために怒ってくれたんだよね?それに…怒ってるハルも格好良かったよ」

 格好良かった。あんなに怒りに支配されてた俺を見ても、そう言ってくれるのか。あれはいわゆる狂戦士状態だったと思うんだが、アキトは少しも気にしていないみたいだ。

「アキト…ありがとう」
「二人ともお疲れー」

 背後からかけられた声にアキトと二人揃って振り返れば、そこにはカーディさんとクリスが並んで立っていた。

 なんだ二人とも来てたのか。明るい声で俺達に話しかけながらも、カーディさんはきちんと男達を警戒をしている。もし飛び掛かって来たとしても一瞬で対処できるだろうから特に問題は無いんだが、襲われる危険があるのにまさかここまで来るとは思っていなかった。

「カーディ!クリスさんも!」
「お二人とも、すごい戦いっぷりでしたね」
「あー…いつから見てたんだ?」

 さすがに気配探知をしながら戦う余裕は無かったからと、俺はクリスにそう尋ねた。 

「えーと…アキトさんがファーレスウルフの土魔法を封じてた辺りからですね」
「なんだ結構前だな」

 気配探知まではしていなかったけれど、それでもあの男達への警戒はずっとしていたんだがな。

 これは二人が気配を消すのが相当上手いのか、それとも俺の警戒対象から外れていたのかどっちだろうな。

「本気でやばかったら飛び出す気だったんだが…その必要は無かったな」

 カーディさんはふわりと笑みを浮かべると続けた。

「ハルが尋常じゃなく強いってのは分かってたけど、アキトも同じくらいすごいな」
「え、同じくらいは言い過ぎだと思うけど…でも、ありがと」

 俺には魔法は使えないけどそれでもあの制御力がすごい事だけは分かるぞと、カーディさんは手放しでアキトを褒めてくれた。

 そうそう、本当にアキトの制御力はすごいんだよな。

「ええ、本当に素晴らしい魔法でした。ファーレスウルフは遠距離からの攻撃が厄介な相手なのに、それを封じ込めるなんて!」

 そうなんだよ。遠距離からの攻撃が無いだけですごく楽に戦えた。

「あ、えっと…ありがとうございます」
「相手の出した土塊を狙ってつぶてを放つなんて、よっぽどの腕が無いと無理だろう?」
「ええ、本当にすごかったですね!」

 キラキラと目を輝かせながら褒めちぎる二人の言葉には、アキトへの素直な尊敬の気持ちが滲んでいた。アキトの能力に怯える様子は全く無い事に、俺はこっそりと息を吐いた。

 アキトはどんな反応をしているかなと視線を向ければ、アキトはちょうど頬を赤く染めながら口を開く所だった。

「あ、あの…もうそれぐらいで勘弁してください」

 えーもっと褒めたかったのにとカーディさんは笑い、自慢しても良い程の戦いっぷりでしたよとクリスも続けた。俺も出来る事なら、アキトが誉められるのはもっと見ていたかったな。
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