生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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432.【ハル視点】果物市場

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 相変わらずの分かり難い道を、記憶だけを頼りに進んでいく。

 目印にしていたものが次に来たら無くなってるなんて事もよくあるのが、船着き場の嫌なところだ。道として覚えるよりも空間として覚えておいた方が迷わないんだが、それをするのにも慣れが必要なんだよな。

 普段なら多少迷ってもまた新しい道順を覚えられたなと思うだけなんだが、今日はそうもいかない。尊敬の眼差しで見つめてくれるアキトのためにも、絶対に迷うわけにはいかないんだ。

「あの、道案内お願いできますか?」
「もちろんです、どちらに行きたいんでしょうか?」

 不意に聞こえてきたそんなやり取りに、手を繋いでいるアキトの視線が止まった。一緒になって視線を向ければ、どうやら衛兵と観光客らしき人が話し込んでいるところだった。

 元々は別々だった衛兵の制服が、まったく同じ作りになったのはいつからだったかな。そんな事を考えながら、俺はアキトの手を引いて曲がりくねった道を進んでいった。

「アキト、後はこの先の坂道を下っていけば目的地の市場だよ」
「へぇ、そうなんだ。楽しみ!」

 ニコニコと楽しそうに笑うアキトを見ていると、自然と俺も笑顔になる。上機嫌のアキトと一緒にゆっくりと坂道を下っていくと、道の先に屋台がずらりと並んだ広場が見えてきた。

 良かった、少しも迷わずに無事到着できたみたいだ。

「うわぁー」

 アキトは市場の入口に立つなり、感嘆の声を上げた。色とりどりの市場の中をキョロキョロと見回して、目をキラキラと輝かせている。うん、思った通りアキトはこの市場の雰囲気が好きみたいだな。

「この辺りは果物が多いんだ。もう少し先に進めば野菜が、更に奥まで行けば川の魚や貝が、もっと奥までいけば肉類が売ってるよ」
「へぇーちゃんと分かれてるんだ!」

 市場の様子を観察していたアキトは説明を聞いて、更に興味深そうに市場の中を見つめだした。

「今日はこの辺りで良いかと思ったんだが…良かったか?」

 クルリと振り返った俺は、後ろを歩いていたクリスとカーディさんに尋ねた。

「ええ、ここまで案内ありがとうございました」
「ありがとうな、ハル」
「どういたしまして」

 律儀に礼を言ってくれるのが、この二人らしいな。俺は笑って礼を受け取ると、じゃあ行こうかとそのまま市場の中へと足を進めた。



 たくさんの人が行き来する市場の中は、今日も活気に満ち溢れていた。

「いらっしゃい、うちの果物は一味違うよ?」
「今日は特別価格で販売中だよー」

 そんな元気な呼び込みの声を聞き流しながら、俺達はのんびりと市場の中を歩いて行く。

 この市場は立地のおかげなのか、他の領と比べてもかなり品揃えが豊富だ。初めて見た果物に興味深そうにしているアキトの姿も、ここではあまり目立たない。知識は多い方だと思うが、俺でも初めて見る果物もたくさんあるからな。

「あ、チルー売ってる!ちょっと待って!」

 不意にそう声を上げたカーディさんに、俺達は揃って一軒の屋台の前で立ち止まった。チルーという名前は聞いた事があるが、見た目までは知らないな。

「いらっしゃい。チルーは今が旬だから、一番美味しい時期だよ」

 店員のおばあさんは、優しい笑みを浮かべてそう教えてくれた。

「まさかここで売ってるとは思わなかったよ!」

 嬉しそうなカーディさんは、既に鞄から財布を取り出していた。

「チルーって…確か南の果物だったか?」

 南の果物と言う事と、地元民を中心に消費されるためあまり出回らないという事ぐらいしか知らないな。

「ああ、俺の故郷の果物なんだ」

 俺の質問にカーディさんがそう答えると、おばあさんはあらと目を見張った。

「同郷の人だったの?チルーを知ってる方がいてくれて嬉しいわぁ。ねえ、ちょっと味見していく?」
「え、いいのか?」
「ええ、もちろん。お連れの方たちも良かったら」

 そういっておばあさんが手に取ったのは、手のひら大の茶色い果物だった。色も地味だし表面には凹凸がたくさんあって、何だか不思議な果物だ。お世辞にも美味しそうとは言えない見た目だな。内心でそう思いながら見つめていると、おばあさんは慣れた手つきで四つに切り分けてくれた。中の果肉は淡い黄色だった。

「さ、どうぞ」

 それぞれお礼を言って受け取ったは良いものの、これをどうやって食べれば良いんだろう。全員の視線が自然と集まったカーディさんは、楽し気に笑ってから口を開いた。

「皮の端をもってここに齧りついて、こうやって引っ張って食べるんだ」

 そう言いながら器用に果肉に齧りついたカーディさんは、キラキラと目を輝かせた。

「うっま!地元で食べてたのより美味い気がする…」
「あら、嬉しいわぁ」

 朗らかに笑うおばあさんの声を聞きながら、俺達は目の前のチルーに齧りついた。
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